第85話 私の説教って、怖いんですか?
ミラーナさんが7月の社交シーズンに向けて帰郷準備しているのだが、いつもと違って楽しそうだ。
いつもは王都に帰りたくないのか、ブツブツ言いながら面倒臭そうに準備するのに。
今回は表彰式から帰ってきて半月しか経っておらず、更に面倒だと思うんだけどな。
まぁ、理由は想像出来るけど…
「ミラーナさん、今回は随分と嬉しそうに準備するのね…」
「だよねぇ… いつもは社交シーズンが近付くだけで憂鬱そうなのに…」
ミリアさんとモーリィさんも、不思議そうにミラーナさんを見ている。
「私達の監視の目が無くなるから、好きなだけ肉を食べれるのが嬉しいんでしょうね」
ズバリ言ってみると、ギクッとするミラーナさん。
やっぱりか…
「な… 何を言ってんのかな…?」
図星だったか。
目が泳いでるぞ?
「まぁ、あれから便秘もしてないみたいですし、そろそろ普通に肉を食べても良いでしょうね。ただ、食べ過ぎには注意して欲しいですけど」
私はジッとミラーナさんを見て言う。
…多分、ジト目になってるかも…
「ヤ… ヤダナァ、ソンナノ解ッテルッテ。えりかチャン、気ニシ過ギダヨ…」
おいおい…
怪し過ぎるだろ。
これ、絶対に肉を爆食するつもりだったな?
「そんなに警戒しないでも大丈夫ですよ? 実はコッソリ魔法を掛けておきましたから。毎食、300g以上は肉を食べられない様にしておきました。1食で300g、1日に最大900gも食べれば充分でしょ? これからも、バランスの良い食事を心掛けて下さいね♪」
私はミラーナさんに、ニッコリと微笑みかける。
対するミラーナさんは…
「あ…… 悪魔ぁああああっ!!!! 何て事してくれたんだぁああああっ!!!! 肉がっ! アタシの肉がぁああああああっ!!!!」
いや、1日最大900gも食ったら充分だろ…
悶絶するミラーナさんを尻目に、私はノンビリとコーヒーを飲むのだった。
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ミラーナさん出発の朝。
にこやかに見送る私達に対し、ドンヨリした表情のミラーナさん。
そんなに肉を制限されたのが辛いんかい。
体調を崩すのと、どっちが辛いと思ってんだよ。
王都の魔法医じゃ、私みたいに簡単に治してくれるとは限らないんだぞ?
「まぁ、魔法の効果で私達が居なくてもバランス良く食事出来そうですし、心配は無さそうですね。元気に帰ってきて下さいね♪」
「帰ってくる頃には… ガリガリに痩せてるんだろうなぁ…」
そんなワケ無いだろうが。
むしろバランス良く食べてたから、少しだけど太り気味だったのが理想的な体重になってんだぞ?
「そうなのか!? 肉を食わない方がダメだと思ってたけど…」
ハッキリ言うけど、肉の食い過ぎで贅肉が付いてたんだけどな。
特に内臓脂肪が…
野菜中心の食生活にしたお陰で、余分な贅肉が落ちて引き締まってきてる。
今なら、前の戦争に参加した時より早く動ける筈だ。
「マジかよ… あの時より早く動けるってか? あの時だって、誰もアタシの動きに付いて来れなかったのに? バランスの良い食事って凄いんだな!」
納得したのか、さっきまでのドンヨリとした表情は何処へやら。
意気揚々とロザミアを去るミラーナさんだった。
…チョロいな。
まぁ、嘘は言ってないが。
ともかく、無事にミラーナさんを送り出した──追い出したとは言わないで欲しい──私達は、日常に戻るのだった。
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「エリカちゃ~ん… 痛いよぉ~…」
左上腕を骨折したモーリィさんが訴える。
ミラーナさんが王都に向けて出発した翌日、2人では心許無いからと臨時パーティーを組んだミリアさんとモーリィさん。
組んだ相手は5人のCランクハンターのパーティー──ただし、2人はDランク──で、特に問題は無かった筈なのだが…
受けた依頼が悪かった。
何を勘違いしたのか、ミラーナさんが居る時と同じ感覚でオーガの群れを退治する依頼を受けたらしい。
ハンターパーティーのランクは、メンバーのランクに因って決まる。
パーティーのランクがCなら、メンバーの半数以上がCランク以上であるのが原則となる。
5人パーティーなら、3人がCランク以上であるのが原則。
パーティーメンバーが偶数なら、半分がCランクである必要がある。
下位ランクが半数を超えている場合、パーティーのランクは下位メンバーのランクになる。
例えばDランク3人にCランクが2人のパーティーなら、パーティーランクはDなのだ。
ミリアさんとモーリィさんが臨時に組んだパーティーは、Cランクが3人でDランクが2人。
ギリギリでCランクに相当するパーティー。
当然、Dランクメンバーへのフォローが必要になる。
そんな事も考えず、気軽にパーティーを組んだ結果がモーリィさんの骨折だった。
「何やってんですか… 臨時パーティーを組むのは良いですけど、自分がフォローに回る側だって事も考えて下さいよ…」
骨折の治療はアリアさんに任せ、私はモーリィさんに説教(?)する。
「クセなのかなぁ~… つい、ミラーナさんが居るつもりになっちゃうんだよねぇ…」
「悪いクセですね。普段からミラーナさんを頼らない様にしないと、今回みたいに臨時パーティーを組んだ時に怪我しますよ?」
ミラーナさんを頼り過ぎるあまり、自身の危険に無頓着になってるかも知れないな。
「私達も、ミリアさんやモーリィさんに頼り過ぎてましたね。あのミラーナさんとパーティーを組んでる2人だからと思って…」
パーティー・リーダーのリンダさんも反省してる様だ。
まぁ、人間離れし過ぎているミラーナさんと平気で組んでる2人だから、勘違いされるのも仕方無いけどな。
「ミラーナさんと組んでる2人だから安心したんでしょうけど、ミリアさんもモーリィさんも普通の人ですからね。ミラーナさんとパーティーを組めてるだけに、普通の人より身体能力が高いのは間違いありませんけど…」
「そこまで身体能力が高いとは思ってないけどね。あ~… 痛かったぁ~…」
治療を終えたモーリィさんが、左腕をグルグル回しながらボヤく。
思っちゃいないかも知れないが、ミラーナさんの動きに合わせられるだけでも大したモンだと思うんだけどな。
「それにしても不思議ですね。2人共ミラーナさんには及ばないとしても、かなり身体能力は高いでしょ? 他人のフォローに回る必要があったにせよ、骨折する様な状況だったんですか?」
アリアさんが聞く。
確かにオーガの群れを7人で倒すのは難しいだろうが、Sランク試験に受かる自信のあるモーリィさんが大怪我するとは…
ミリアさんだって居るし…
「それは… その~…」
口ごもるモーリィさん。
まるで先日のミラーナさんみたいに目が泳いでるぞ?
私はミリアさんに視線を移す。
「……………………」
私の視線に気付いたミリアさんは、黙って視線を反らす。
仕方無い。
「リンダさん、何があったんで…」
モーリィさん…
なんでリンダさんの口を押さえてんだ?
鼻を一緒に押さえられて呼吸が出来ず、もがいてるみたいだけど…
「モーリィさん… 私に聞かれたくない様なドジ、したんですか?」
「イヤァ~… どじッテ言ウ様ナもんデモ無イ様ナ~…」
アンタはミラーナさんか…
まぁ、良いや。
こうなるだろうと思って、手は打ってある。
「アリアさ~ん。ヨロシク~♪」
「は~い♪」
にこやかに治療室へと入ってくるアリアさん。
「で、どうでした?」
「他のメンバーの皆さんに聞いたところ… 大森林の中でオーガの群れと出会して戦闘状態になり、数体を倒した時の事だそうです。残ったオーガが激昂し、それまで以上の暴れ方だったそうなんですよ。その前に立ったミリアさんとモーリィさんですが… オーガを撹乱しようとしたんですかね? モーリィさんがオーガに向かって走り、間を抜けて反転しようとして… 勢い余って大木に激突したそうです。その時に左腕を骨折したみたいですね」
うん、だいたい思ってた通りかな?
慎重に動くミリアさんならともかく、大雑把なモーリィさんが撹乱しようとするから…
ならば、私が取る行動は一つ。
すぱぁああああああんっ!!!!
ボテッ!
「あ痛ぁっ!!!!」
ミラーナさんにはお馴染みのハリセン・チョップを初めて食らい、床に倒れ伏すモーリィさん。
「オーガの撹乱を自ら買って出る姿勢は評価します。でも、どちらかと言えばモーリィさんは攻撃型なんですから、撹乱するのはミリアさんに任せるべきでしたね。モーリィさんは『パワー・ファイター』と呼ばれて、ミリアさんは『スピード・ファイター』って呼ばれてたんでしょ? それぞれの役割を各々が理解してないと、しなくて良い怪我をしてしまうんです。今後は気を付けて下さいね?」
ニッコリ笑顔で言う私の説明に、何故か冷や汗をダラダラ流しながら頷く3人。
アリアさんは苦笑いしつつ、私の肩をポンポンと叩き…
「エリカさん… 笑顔なのに殺気が駄々漏れです… ハッキリ言いますけど、こうして話し掛けるだけでも死ぬ程… とまでは言いませんが、かなりの覚悟が…」
と、顔を真っ青にして言う。
へっ?
私、そんなにビビらせてた?
結構、優しく話し掛けてたと思うんだけど…
その後、ある噂がロザミアに広まった。
曰く、身の程に合わない行動で怪我をしたら、治療の際にエリカから〝死神の笑顔〟で説教されて悪夢に魘されるんだとか…
なんじゃ、そりゃぁあああっ!!!!




