第84話 食事は肉と野菜をバランス良く食べましょう
今日も私はアリアさんと傷病人の治療を行っている。
ロザミアは〝ハンターの街〟なので、怪我人を治療する割合が圧倒的に多い。
なので私が病気の治療をする時、アリアさんは私の説明を聞いて勉強している。
「…なので、虫垂炎はありふれた疾患なんですが、正確な診断は非常に難しいんです。腹痛を起こす疾患は数限りなくあり、右下腹部痛だけとっても腸炎、大腸憩室症、卵巣炎、卵管炎、さらには単なる便秘なども考えなくてはなりません。透視で炎症性に腫大──炎症などが原因で、身体の組織や器官の一部が腫れ上がる事──した虫垂が描出されれば診断はほぼ確定しますが、すべての症例に診られるわけではありません。したがって、虫垂炎の診断はあらゆる情報を総合的に判断した結果〝最も可能性の高い疾患〟として下されることになります」
「なるほど… 右下腹部痛だからと言って、単純に虫垂炎だと判断するのは危険って事なんですね?」
患者さんもアリアさんの勉強に協力的で、誰も文句は言わない。
「それで、アタシの腹痛の原因は何なんだい…? そのあっぺとか言うヤツなのか…?」
「違いますよ… 単なる便秘です。ミラーナさん、普段から肉食中心で野菜の摂取量が極端に少ないからですよ」
何やってんだか…
「とにかく! 食物繊維を摂る為に、もっと野菜を食べて下さい! 平時だから良かったですけど、これが大森林での依頼遂行中だったら大事ですよ!?」
「解ったよぉ… 気を付けるから、早く治してくれないかな…」
…まぁ、辛そうだから早く治してやるか。
「仕方無いですね。じゃ、2~3分後にスッキリする様にしておきますから、すぐにトイレに入って座ってて下さい」
言って私は治療魔法を施しつつ、説教も続ける。
「とにかくミラーナさんは、食事のバランスが悪過ぎるんです。ミリアさんやモーリィさんも良いとは言い難いですけど、ミラーナさんは特に悪いんです。治療院では野菜を多く食べる様に指導・調整してますけど、外食の時は…」
「待った! これ、治療費! 続きは後だぁあああっっっ!!!!」
叫んでミラーナさんは奥のドアから飛び出し、階段を駆け上がる。
これで少しは食事に気を使ってくれたら良いけど…
「言っちゃ悪いとは思うんですけど、ミラーナさんって…」
「そうですね… 言っちゃ悪いとは思いませんけど、反面教師としては優れてるかも知れませんね」
「それ、思いますなんじゃ…」
アリアさんの突っ込みは置いといて、何かとミラーナさんが悪い例になっているのは間違い無い。
今回の原因になった食事にしてもそう。
私が肉ばかり食べるミラーナさんを注意するのを見て、ミリアさんやモーリィさんは野菜を多く食べる様になってるし。
「ま、今後も似た様な事でミラーナさんが反面教師になるのは、充分に起こり得るんじゃありませんか?」
「それ、否定出来ないのが残念ですね…」
肩を竦めて言う私に苦笑するアリアさんだった。
「あ~… 酷い目に遇った…」
ソファーに横たわり、ゲッソリ&グッタリするミラーナさん。
帰ってきたミリアさんとモーリィさんが私に聞く。
「…で、ミラーナさんの腹痛の原因、何だったの?」
「結構、辛そうだったからねぇ… やっぱり何かの病気だったとか?」
「ただの便秘でした」
私はズバリ答える。
「はっ…?」
「便秘…?」
思いもしなかったんだろう。
マジで目が真ん丸になっている2人。
「そんなにハッキリ言わないでくれよぉ… 恥ずかしいじゃんかぁ…」
「生理現象なんですし、誰にでも起こり得る事ですから、何も恥ずかしい事はありませんよ。恥ずかしいと思うんなら、今後は食事のバランスを考えて食べる事ですね」
力無く抗議するミラーナさんに、私は何度目かの注意──と言うか説教──をする。
まぁ、〝喉元過ぎれば熱さを忘れる〟とも言うし、ミラーナさんが似た様な事を繰り返す可能性は〝無きにしも非ず〟だが…
アリアさんはエルフだからか、肉よりも野菜中心の食生活なので心配は無い。
ミリアさんとモーリィさんも、普段から肉中心の食生活を送るミラーナさんを注意する私を見てるからか、意識して野菜を多く食べる様になってるし。
結局、一番問題なのは、いくら私が注意しても肉中心の食生活を改めないミラーナさんなのだ。
「でもさぁ、やっぱり筋肉を付けたりスタミナを付けるには、肉を食べるのが一番なんじゃないか? 野菜だとたんぱくしつだっけ? 摂れないだろ?」
知識が偏ってるな。
まぁ、中世ヨーロッパ並の文化が大部分を占める世界じゃ、仕方無いけど…
「獣肉や鶏肉だけがタンパク質を摂取出来るワケじゃありませんよ? 豆類でも植物性タンパク質は摂取出来ますし、魚でもタンパク質は摂取出来ます。更に魚はカルシウムも摂取出来るので、骨が丈夫になりますね」
「へぇ~… じゃ、お寿司を食べたらたんぱくしつとかるしうむが摂れるの?」
なんだか違う方向に反応するミリアさん。
まぁ、間違ってはいないけど。
「それだけじゃ無いですよ? 生の魚を食べるとビタミンも豊富に摂取出来ます。ビタミンには様々な種類があるので説明が難しいんですが、人が生きていくのに必要な栄養素ですね。私達は様々な栄養素を様々な動植物から得て、生きているんです。だからこそ、バランスを考えた食生活が大切って事ですね」
なんだか説教っぽい感じもするが、これで私とアリアさん以外の3人がバランスの良い食事を考えてくれる切っ掛けになればと思う。
「問題なのは好き嫌いですね。幸いな事に、私達の中に食べず嫌いな人は居ないみたいですけど… 酷い人になると〝何を食べて生きてるんだ?〟って言いたくなる程、好き嫌いが激しい人も居ますからね。アレルギーがあるならまだしも、アレルギーも無いのに〝あれが嫌い、これが嫌い〟って言って食べない人も居るんです。皆さんは何でも食べれるんですから、バランスの良い食生活を心掛けて下さい」
「「「解りました~♪」」」
声をハモらせて答えるミリアさん、モーリィさん、アリアさん。
ミラーナさんは…
「それでも肉が食べたいよなぁ… 寿司は旨いけど、魚肉じゃ獣肉のジューシーさに劣るって言うかさ…」
…まぁ、言いたい事は解るけど…
魚肉は獣肉に比べてサッパリし過ぎてるからな。
鶏肉も似た様なもんか…
魚肉よりはジューシーだけど…
「とりあえず獣肉をガッツリ食べて便秘になってもエリカちゃんが治してくれるし、恥ずかしさを我慢すれば問題無いよな? 好きなモノを好きなだけ食べるのは身体には悪いかも知れないけど、我慢は精神的に良くないと思うんだよ! てなワケで、アタシはやっぱり肉中心の食生活で…」
「誰の為に説明してると思ってんですかっ!」
ずどぱぁああああああんっ!!!!
ビッタァアアアアアンッ!!!!
私はハリセン・チョップをフルスイングし、ミラーナさんは壁まで吹っ飛んだ。
その後の10日間、私はミラーナさんに肉食禁止を言い渡し、ミリアさんとモーリィさんにもミラーナさんの監視を言い付けた。
ミラーナさんは食事の度に『肉~… 肉が食べたい~…』と泣きながら、豆類と野菜だけを食べていたのだった。




