第83話 前言撤回せざるを得ませんでした…(泣)
やっとの思いで王都を脱出(?)した私は、お馴染みのマインバーグ伯爵と共に馬車でロザミアに向かっている。
王都へはマインバーグ伯爵家の馬車2台に分乗したのだが、帰りは何故か王家の馬車に乗っている。
もうすぐ社交シーズンなので国王一家は準備に忙しく、何処にも出掛ける予定が無いので貸してくれたのだ。
国王一家全員が乗れる仕様らしく、私達4人と伯爵が乗っても全く狭さを感じない。
何でも10人乗り仕様なんだとか。
国王一家は6人なので、護衛も同乗して丁度良いらしい。
そりゃ、私達5人が乗っても広々としてるワケだ。
そもそも私達に護衛は必要無い。
ミラーナさん達3人が護衛みたいなモンだからな。
そんなワケで、立場上進行方向を向いてミラーナさんとマインバーグ伯爵が座り、対面に私、ミリアさん、モーリィさんの3人が座っている。
さすがに国王陛下達が乗るだけの馬車。
見た目が豪華なだけでなく、その性能も抜群だ。
まず、揺れを殆ど感じない。
前後の席の間にはテーブルが在り、そこに置かれたコップ──万が一を考え、コップ等を嵌める窪みが在る──に注がれたジュースの表面に出来る波紋を見なければ、揺れている事に気付かない程なのだ。
この世界、前世の中世ヨーロッパ並と侮っていたが、発展する所はしっかりと発展している様である。
「ところで、表彰式で貰った剣だけど… 使えるのかな? 凄く豪華な造りだけど…」
鞘から剣を抜き、まじまじと眺めるモーリィさん。
「私のも同じ剣なのよねぇ… 確かに剣も豪華で鞘も豪華なんだけど…」
ミリアさんは鞘から抜かずに眺めている。
いや、多分それは…
「使えないよ。言っちゃ悪いけど、オモチャなんだよ」
だよねぇ…
オモチャと言うか、壁なんかに掛けて飾っておく為の物だろうからな。
「ミラーナ様、さすがにオモチャは言葉が過ぎますぞ。確かに刃引きの剣で、実戦には使えませんが… それでも王都で…」
「知ってるよ、王都で一番の鍛冶師に打たせてるってのはね。でもな、アタシからすりゃ敵を斬れないってだけでオモチャなんだよ。貴殿だって、心の底では『斬れない剣なんか何の役にも立たない』って思ってんだろ? なにしろ貴殿はアタシを除けば、イルモア王国でも一二を争う武闘派なんだからな」
どうやら図星だった様で、伯爵は腕を組んで何やら考え込んでいる。
身も蓋も無い言い方かも知れないが、ミラーナさんの言っている事に間違いは無い。
斬れない剣は単なる飾りであり、オモチャ。
せいぜい使えて鈍器扱い。
殺傷能力の高い重量級の鈍器ならまだしも、剣程度の重量では敵を昏倒させるのが関の山。
それも、兜越しでは大した効果も期待出来ないのが実情。
まぁ、活躍を讃える為の剣なんだから、それに性能を期待する方が間違ってるとも言える。
だからこそ、見た目に拘った造りなんだよなぁ…
「ところでさ、エリカちゃんは何を貰ったの?」
「そうそう、確か『特別功労賞』だっけ? 箱に入ってるから見れなかったんだよねぇ」
そう言えば、私も貰ってたな。
なんだかんだで開けてなかったし…
「まだ私も見てないんですよ。じゃ、ちょっと開けてみましょうか?」
言いつつ私は貰った箱を取り出してリボンをほどく。
中から出てきたのは…
「綺麗… 可愛い…」
目をキラキラさせて感動しているミリアさん。
「凄っご… 何なの、これ…?」
目を見開き、見入るモーリィさん。
「何だよこれ… こんなの作るのに、金貨何十枚要るんだ?」
現実的な事を言うミラーナさん。
おいおい…
「これは… エリカ殿に対する感謝の大きさがこれ程とは…」
マインバーグ伯爵は私を見ながら恍惚とした表情になる。
言っちゃ悪いが、おっさんの恍惚とした表情は気持ち悪い。
それにしても…
パッと見は銀のドレス。
フリルは多いが悪趣味にならず、要所要所に在る。
小さなリボンも同様に、ポイントを押さえた位置に付けられている。
今まで私が着たドレスと同様、腰の後ろには存在感抜群の巨大なリボン。
それだけなら、今までのドレスと変わらない。
問題は色。
銀ではあるが、光の当たり具合に依って虹みたいに変化するのだ。
まるで前世でのCDの記録面みたいに…
どんな技術だよ…
この世界の技術の全てを凝縮して作ったとしても、二度と作れないんじゃないかと思える様なドレス。
前世の技術でも再現可能かと問われれば、不可能と謂わざるを得ないだろう。
なにしろドレス本体とフリルやリボンの光反射が全く違うのだ。
本体は飽くまでも銀を中心にして、虹色の反射で輝いている。
対するフリルやリボンも同様の色と反射だが、決して主張し過ぎない。
ドレス本体の銀と虹色の反射を食わない色に反射するのだが、時折存在感をアピールする。
「これ程の物を贈られるとは… エリカ殿はイルモア王国に無くては成らない存在だと認められたのであるな…」
そ…
そうなのか?
私は普通に医者としての責務を果たしただけだぞ?
「マインバーグ伯爵の言う通りだな。ここまで父上はエリカちゃんを認めているのか…」
あの~…
凄えプレッシャーを感じるんですけど…
まぁ、王都に行く事は当分無さそうだから良いけど…
とにかく金貨が何十枚も掛かる様なドレス、そうそう気軽に着れないよなぁ…
なんて思ってたけど、何故か私にドレスを着せたがるミリアさんに因って、毎晩の様に虹色に反射する銀のドレスを着て宿場町で夕食を食べる事になったんだけどね…
場違い過ぎて、メチャクチャ恥ずかしかったぞ!
そんなこんなで漸くロザミアに到着した私達は、遠慮すると言うマインバーグ伯爵を無理矢理治療院に招いた。
道中を共に過ごしてくれた事を労う為に、私の得意料理である寿司をご馳走する事にしたのだ。
当然だが、御者さんも一緒だ。
勿論、私達の留守に頑張ってくれたアリアさんへの労い意味も込めている。
「これは! 生で魚を食すなど考えもしなかったが、これほど旨いとは!」
「確かに、これは絶品ですな!」
うんうん。
伯爵も御者さんも満足そうだ♪
前回治療院で食べた料理はミラーナさんも作ったから、幻覚が見えたしねぇ。
今回の料理は純粋に私が握ったお寿司のフルコース♪
幻覚とは無縁だし、追加で食べたい魚を言えば私が腕に縒りを掛けて握る。
「そう言えば、アリア殿の労いも兼ねてとの事であったが、やはりエリカ殿の代わりは大変であったのであろうか?」
アリアさんを見て伯爵が尋ねる。
「う~ん、大変と言えば大変でしたけど… 私はエリカさんの王都での活躍を聞いて魔法医になるのが夢になって、それなりに勉強してから来ましたし… ここに来てからエリカさんに教えて貰った事で、更に知識が深まりましたから… 思っていたよりは大丈夫でしたね♪」
「ならば貴殿はエリカ殿の弟子であり、一流の魔法医であるのかな? そうで無くてはエリカ殿の代わりは務まるまい」
「いえ… そんな… 私なんてエリカさんに比べたら…」
伯爵は目を丸くして驚き、アリアさんは褒められて照れている。
まぁ、私の代わりが務まる魔法医なんて、王都にも居ないからな。
「ホント、大したモンだよ。前に王都から来た魔法医共なんて、20人ずつの交代制だったのに毎日バテバテだったからな」
そりゃ、最大魔力容量が違い過ぎるんだから仕方無いと思うぞ?
私は別格としても、アリアさんはエルフだから人間より遥かに最大魔力容量は大きいし。
でも、ミラーナさんの最大魔力容量も意外と大きかったな。
身体能力も人間とは思えない程に高いし。
もしかしたら、先祖にエルフが居るのかも知れないな。
「うむ、実に素晴らしかった。食材は米と魚、調味料は醤油と酢のみとシンプルなのに、これほど旨い料理は初めてであった。エリカ殿、馳走になり申した」
うんうん、満足して貰えた様で良かった良かった♪
二度と王宮には宿泊すまいと思っていたが、また王都に行く事があったら国王一家にも振る舞ってあげたくなったな。
材料が揃えばだけど…
「ホント、お寿司って美味しいわよねぇ♡」
「たまにしか食べないから余計に美味しく感じるかもだけどさ、エリカちゃんが当番の日は毎回お寿司でも良いよね~♡」
ミリアさんとモーリィさんも満足してくれている。
こんなに喜んでくれたら、こっちも嬉しくなるな♪
「ところでマインバーグ伯爵、修練は怠ってない様だな。ロザミアまでの道中、宿場町でも部屋の中で剣を振るっていた様だが?」
「はっ! さすがにミラーナ様には及びませぬが、日々の鍛練は欠かしておりませぬ!」
…おい。
まさかと思うが…
「そうか、ならば腹ごなしに、ここで貴殿の上達振りを確かめて…」
「止めんかぁああああああいっ!!!!」
すぱぁああああああんっ!!!!
ベシャァアアアアアアッ!!!!
私は全力でハリセン・チョップをミラーナさんに叩き込む。
「ダイニングで暴れるんじゃありませんっ!」
「…エリカ殿、聞こえていないと思うのであるが…」
「へっ?」
見れば、踏み潰されたカエルみたいな格好で床に倒れ伏すミラーナさんの姿。
力加減を間違えたかな?
「まぁ、こうなってしまったからには仕方ありませんね。伯爵様は今の内に出発なさった方が宜しいかと…」
「…エリカ殿の仰る通りであるかな? では、私はこれにて。また、お会い出来る日を楽しみにしておりますぞ」
そう言ってマインバーグ伯爵は、御者さんと共にロザミアを後にした。
その後、目を覚ましたミラーナさんがブチ切れそうになったのを宥める為に、私は泣く泣く──二度と洗わせないと言った──前言を撤回し、風呂で好き放題に身体を洗わせたのだった。
ちなみにミリアさんとモーリィさんも、ここぞとばかりに参加しやがった。
覚えてろよ…




