第76話 ミラーナさん、全力で動かないで下さい
「ただいま~♪ やっと帰ってこれたよ♪」
「落ち着くわね~♪ やっぱり治療院が一番ね♪」
「お腹が減った~… 何か作るのも面倒だし、何処かの食堂で何か食べようよ~…」
久し振りのロザミアに安心したのか、すっかり寛いでいるミラーナさん達。
「お帰りなさい♪ お疲れ様でした♪ 皆さんが帰って来るって聞いたんで、お粗末ですが食事を用意しておきました♡ 沢山食べて、疲れを癒して下さいね♡」
アリアさん、ナイスですよ♪
モーリィさんなんか、ヨダレを垂らしながら『マジで!?』なんて言ってるし。
「じゃあ、皆さんは先に食べてて下さい。私はアリアさんに話がありますから。アリアさん、少し良いですか?」
「ハイ。私は構いませんよ♪」
ミラーナさん達はダイニングへ、私とアリアさんはリビングへ向かう。
「2ヶ月近く留守にしましたが、問題は無かったですか?」
王都からの応援があったとは言え、アリアさんにとって初めての私抜きでの仕事だったのだ。
私が留守にしている間、一番気にしていた事なのだ。
「特に何も無かったですよ? 王都からは3人の魔法医さんが応援に来てくれましたけど、何も教える事が無いってブツブツ言ってました」
あら?
私の教育って、そこまでのレベルじゃ無かった様な気がするけど…
「エリカさんに教えて貰った事は全部覚えましたし、それ以外は図書館で勉強しました。本に書かれている内容とエリカさんに教えて貰った内容を吟味して、色々と私なりに調整して治療に活かしてみました」
…天才かよ…
さすがに150年以上生きてるだけの事はあるな…
「それなら何も問題無し… 私から言う事は何も無いですね。完璧です」
「えっ? それじゃ…」
うん♪
ハッキリ言ってあげよう。
「もう私から教える事は何もありません。卒業です♪ アリアさんは、私と肩を並べる立派な魔法医ですよ♡」
アリアさんは満面の笑顔だ。
目にうっすらと涙が浮かんでいる。
てなワケで御褒美♡
ムッチュゥウウウウウウッ!!!!
私はアリアさんを抱き締め、思いっ切りキスをする。
「んむぐぐぐぐぐっ! …ぷはぁっ! エ… エリカさん!?」
顔を真っ赤にして離れるアリアさん。
「まさかと思いますけど、エリカさんってレズ…」
「違うわぁっ!」
すぱぁああああああああんっ!!!!
久し振りに炸裂するハリセン・チョップ。
「あ痛っ!」
「これは私なりの愛情表現と言うか、アリアさんの頑張りに対する御褒美と言うか… とにかく私はレズではありませんっ!」
そう。
外見は8~10歳の少女だが、精神は26歳の男性なのだ。
断じてレズではないっ!
「す… すみません… って、女同士の御褒美にキスしないで下さいよ!」
「とにかく! 一人前の魔法医として私が認めます。と言うワケで、私達も食事にしましょう♪」
「…何がと言うワケなのかは分かりませんが、エリカさんに認めて貰えたのが嬉しいです! これからも精進しますね!」
そうして私達はダイニングへ向かい、ミラーナさん達と食事を楽しんだのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハングリル王国の王宮は大騒ぎだった。
当然である。
ブルトニア王国攻略に向かわせた30万もの軍が壊滅したのだ。
当初は過剰戦力との批判すらあったのだ。
それが戦闘開始から2ヶ月も経たずに文字通りの壊滅。
誰もが信じられない思いだったが現実なのである。
辛うじて戦線離脱した数名の兵士からの報告が、全てを物語っていた。
帰還した数名の兵士の所属していた軍はバラバラで、帰還ルートも帰還した日や時間もバラバラ。
口裏を合わせるのは不可能だった。
更にはブルトニア王国からの降伏勧告や、捕虜となった司令官達からの降伏勧告を受諾する事を要請する文も届いたのだった。
ブルトニア国王は顔面蒼白になり、万が一に備えて待機していた公爵達も同様だった。
「これは… どうすれば良いのだ…?」
公爵の1人が問う。
だが、それに答える者は居ない。
誰も想定していなかった。
圧倒的有利な筈の戦争で負ける事は。
しかし、現実は負け。
それも完敗。
敵を圧倒する筈が、逆に圧倒されて負けた。
現実味を帯びてくる敗戦国に課される賠償金の支払い。
他人事では無い。
自らにも降りかかって来る問題。
国王1人に背負わせれは良いという立場でも無い。
公爵という立場は、国王に連なる立場なのだ。
ハングリル国王も、思ってもみなかった事態に困惑していた。
多少は苦戦する事もあるだろうが、最終的には勝利を掴めるだろうと思っていた。
それが、まさかの全軍壊滅。
絶対的な自信を持って送り出した軍隊が、文字通りの全滅。
王宮に集った全員の思考が停止していた。
いや、公爵達は国王の責任を追及する考えを、誰もが決めていた。
そしてハングリル王国は、最終的に解体の憂き目を見る事になるのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
久し振りのロザミアで私とアリアさんは治療に勤しむ。
私が留守にしていた2ヶ月で、アリアさんの手際も良くなったみたいだ。
これでラクが出来る…
じゃなくて、より多くの患者さんが来ても安心だな♪
治療室の中央には間仕切りが置かれ、私とアリアさんは別々に患者を診ている。
同時に2人の患者を治療するから、待合室が混雑する事もなくなった。
そして私が次の患者を呼びに行くと…
「あれっ? ミラーナさん、どうしたんですか?」
「いや~、ちょっとドジってさ… 名前は書いといたから、順番通りに治療してくれたら良いよ…」
「はぁ… 分かりました。じゃ、ナタリー・デイビスさん、お入り下さい」
気にはなるが、本人が順番を待つと言ってるんだから、待って貰うか…
「何があったんですか? 右の肋骨が3本と、右上腕骨が折れてますよ?」
ミラーナさんが、こんな大怪我するとは珍しい。
そんなに強い魔物でも相手にしたんだろうか?
ギルドで依頼達成の報告と換金してきたミリアさんとモーリィさんも合流したのだが、共に困惑した表情だ。
「だからさぁ… ドジったんだよ…」
「ドジって言うより… ねぇ?」
「そうそう。見てた私達が驚いたよねぇ?」
何があったんだ?
なんか嫌な予感がするんだけど…
「この間の戦争、広い場所での戦闘だったでしょ? その時の感覚だと思うんだけど…」
「ミラーナさん、全力で動いちゃったんだよねぇ… 大森林の中で…」
それって、もしかして…
「で、動いた瞬間に大木の幹にドーンって…」
「結構、太い木だったんだけどね。それがヘシ折れるんだもん。かなりの衝撃だったと思うよ?」
ミラーナさん…
何やってんだよ、アンタ…
「そりゃ、骨折もしますよ… 不老不死だから死にませんけど、身体の耐久力は普通の人と同じなんですからね?」
私は呆れつつも治療を施し、骨折を完治させる。
「いや… まぁ… オーガがね… 回り込もうと思って…」
さすがに恥ずかしいのか、口ごもるミラーナさん。
そりゃ恥ずかしいだろ。
「オーガもねぇ♪」
「そうそう。何が起こったんだ? みたいな顔して固まってんの♪」
……………………………………
「ミラーナさん… オーガにまで呆れられたんですね…」
「言わないでくれぇええええっ!!!!」
頭を抱え、ベッドに突っ伏すミラーナさん。
その日の夕食でミラーナさんはヤケ酒を飲み、暴れそうになったのを私が『ミラーナ仕様ハリセン』で失神させたのだった。




