第71話 キレてないですよ!?
夕方になり、ミラーナさん達が司令部に戻って来た。
1人の将兵が一緒だ。
その将兵の顔は憔悴し切っている。
「お疲れ様でした。ところで、その人は?」
「あぁ、敵の司令官だと思うよ。数百人の部隊を全滅させて、捕虜として連れて来た」
…とんでもない事をサラッと言いやがるな…
でもまぁ、僥倖と言って良いだろう。
情報を聞き出せれば、こちらが更に有利になる。
問題は、どうやって情報を聞き出すかだが…
この世界の常識がどうなってるのかは知らないが、さすがに拷問は論外だろうな。
「さて、まずは拷問だな♪ 敵の情報を聞き出さなきゃ♪」
ちょっと待てコラ。
「拷問はダメでしょ? 戦後、捕虜虐待とかで問題になりませんか?」
ブルトニア軍司令官の手前、ハリセン・チョップを我慢して聞く。
「いや、これが普通だよ。捕虜になったら拷問を受ける覚悟はしないとね」
司令官は頷き、更にミリアさんやモーリィさんも頷く。
やっぱり元の世界の常識は通用しないのか。
それとも、この世界の常識が元の世界に追い付いていないのか。
まぁ、日本でも明治時代に入る以前は拷問が普通だったみたいだしな。
この世界はそ~ゆ~世界なんだと割り切るしかないか…
「…それが常識なら仕方無いですね。だけど、無茶苦茶しないで下さいよ? 殺しちゃったら、何も情報を掴めませんから」
「分かってるって♪ ミリアさんとモーリィさんは休んでてくれ。アタシ1人で充分だからね♪」
そう言ってミラーナさんは、敵の司令官を司令部の奥へと連行して行った。
マジで殺すなよ…?
夕食の仕度が出来た頃、ミラーナさんが戻って来た。
「司令官だけあって、しぶとかったな。けど、いくつかの情報は聞き出せたよ。詳細はメシを食ってから話すとして、エリカちゃんはヤツに回復魔法を掛けてやってくれ」
「分かりました。…さっきも言いましたが、無茶苦茶しませんでしたか? 私が行った時には事切れてました、なんて事はないでしょうね?」
しぶとかったって事は、手加減なんかしなかったって事だろうしな…
「それは大丈夫。殴る蹴ると… 少し切り刻んだだけだから♪」
……………………
「切り刻まないで下さいっ!」
思わず私はダッシュしていた。
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「無茶苦茶されましたね… 大丈夫ですか?」
私が駆け付けた時、司令官は虫の息だった。
何が大丈夫だよ…
殆ど死にかけてたじゃないか…
「た… 助かったのか…? き… 君は…?」
「私はイルモア王国から援軍に来た魔法医です。まさか敵の司令官を治療する事になるとは思いませんでしたが…」
司令官は目を丸くして驚く。
「君の様な子供が魔法医だと!? いや、確か噂で聞いた覚えが… だが、噂とは全く違うな… 噂などアテには出来んと言う事か…」
どんな噂を聞いたんだか…
どうせロクでもない噂だろうけど。
「噂では… 見た目は子供だが、実は何百年も生きているロリババアだとか… 子供の死体に悪魔を憑依させて契約魔法で縛り、その絶大な魔力で無理矢理治療させているのだとか… いや! ちょっと待て! 何なんだ、その殺意に満ちた笑顔は!?」
私は無言で司令官に歩み寄る。
司令官が言う様に、笑顔の中に殺意を漲らせて。
後退る司令官。
だが、ここは狭い牢の中。
すぐに司令官は追い詰められる。
「私が言ったんじゃないっ! 落ち着け! いや、落ち着いてくれ! やめろぉおおおおおおおおっ!!!!」
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私は敵の司令官を連れて夕食の席に戻る。
司令官は虚ろな目をして私の隣の席に座る。
死ぬ寸前まで全身を炎に包んでやったのが効いた様だ。
諸説あるが、焼死が一番苦しい死に方と言われている。
全身が焼かれるだけでなく、呼吸すれば肺が焼かれる。
まさに地獄だろう。
「エリカちゃん、そいつ治してくれてサンキューな♪ でも、なんか様子が変だけど?」
ミラーナさんの問いに、司令官は涙を流しながら答える。
「…貴女の拷問の方がラクでした… 私は5回、エリカ殿に焼き殺されました… いや、正確には殺されてはおりませんが… 貴女の拷問では、死んだ方がマシだと思いました… ですが、エリカ殿の場合は… 頼むから殺してくれ! …と、生き返らされる度に懇願した程です…」
司令官の話を聞き、4人──ミラーナ、ミリア、モーリィ、味方司令官──はドン引きしていた。
「エリカちゃん… 何が貴女をそうさせたの…?」
「5回も焼き殺すって… いや、死んでないけどさ…」
「アタシに無茶苦茶するなって言ってたの、誰だよ…」
「エリカ殿… さすがに拷問の範疇を超えてますぞ…」
非難轟々…
仕方無いじゃん…
ロリババアっつったんだぜ?
いや、コイツの言葉じゃなくて噂だけど…
なんかムカついてさ…
「そんな事より! 食事しながら、この司令官の話を聞きましょう! 今なら何でも答えてくれる筈です! ですよね!?」
私は司令官を笑顔で睨み… 見詰める。
「そ… それは勿論! 何でも答えさせて頂く所存です!」
何故かビビりまくる司令官。
解せん。
ハングリル軍司令官、名を『ゲオルグ・ルーデンス』と言う。
どうでも良い事だが42歳。
爵位持ちで伯爵。
ハングリル軍の本隊は彼の軍の後方約10kmの位置で待機しており、彼の軍は様子見程度の気分だったらしい。
ところが意外にブルトニア軍は脆弱に思え、然程の苦労も無しに軍を進める事が出来た。
そこへミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんの襲撃。
ブルトニア軍を舐めていたのは間違い無い。
実際、舐めてしまうのも仕方無い程度の反撃しかなかった。
自身の指揮する軍の損害は無視しても良い程度。
対するブルトニア軍の損害は重傷者続出で、まるで相手にならない状態。
舐めるなと言う方が無理だったらしい。
そこへミラーナさん達の襲撃である。
遊び半分でも勝てていた相手。
それが突如として負け戦に変わったのである。
すぐに体勢を整える様指示を出したが、時既に遅し。
あれよあれよと言う間に兵士達は斬り倒され、気が付けば戦場に立っているのは自分1人。
そして今に至ると言うワケである。
「運が悪かった… では済まないと思いますけど、ミラーナさん達が戦場に着くまでに決着を付けられなかったのが悔やまれるでしょうね」
とりあえず同情してあげるよ。
ミラーナさんが来た時点で負けが確定…
とまでは言わないけど、それまでの優位性は無くなったと言えるだろうから。
それでもミラーナさん1人なら、何とかなったかも知れない。
しかし、ミラーナさんにはミリアさんとモーリィさんという頼りになる仲間が居るのだ。
更に、この3人は不老不死。
どう足掻いても勝ち目は無い。
アンデッドを相手にしているのと同じである。
3人が暴れている間にイルモア王国からの援軍も到着する。
そうなると、ハングリル王国に勝ち目は無くなったと言っても過言ではない。
「それは仕方無い事ですな… 本部には詳細が報告されているでしょうから、それを聞いた本部がどの様な判断を下すか… 全ては本部の判断次第でしょう。願わくば、即時停戦して和平交渉に入って欲しいと思いますが…」
私も同感だ。
敵であれ味方であれ、不幸になる人が増えない事を願いたい。
そんな私の思いは叶うのだろうか?




