第70話 戦局を安定させる事には成功しましたが、油断は禁物です
戦場に着いた私達は、早速作戦司令部へと向かう。
司令部の前で止められ、ミラーナさんが代表して援軍である旨を伝える。
「たった4人で来たのか? しかも1人は子供じゃないか!」
「子供だと思って舐めちゃいけないよ? エリカ・ホプキンスの名前を聞いた事はあるかい?」
私の名前を出すミラーナさん。
「あぁ… 勿論、聞いた事はある。イルモア王国の王都ヴィランで凄い数の怪我人や病人を治したとか… えっ!? もしかして、その子供が!?」
「まぁ、そ~ゆ~事です。傷病兵は全て私が治療しますので、治療所へ案内して下さい」
騒がしくなる司令部。
「そうか! 噂の魔法医が来てくれたんなら安心だ! 早速、案内しよう! …ところでアンタ達は?」
「アタシはイルモア王国第1王女、ミラーナ・フェルゼン。友好国の危機に馳せ参じた次第だ。後ろの2人はアタシのパートナーで、ミリアさんとモーリィさんだ。頼りになるから安心してくれ」
2人を簡単に紹介するミラーナさん。
簡単過ぎるだろ…
「アタシ達3人は前線に案内してくれ。敵を蹴散らしてやるよ。エリカちゃんは怪我人の治療、頑張ってな♪」
言って司令部を出て行った。
何処までマイペースなんだよ、この女…
「まぁ、前線の事はミラーナさんに任せておけば大丈夫だと思いますんで、早速ですが傷病兵の所に案内して下さい」
「あぁ、分かった」
そして私は司令官らしい人と治療所へ向かった。
さ~て、気合いを入れて頑張るか!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この世界の戦争は、基本的に肉弾戦。
武器は主に剣か槍。
遠距離攻撃の手段は弓矢。
時折、魔法での攻撃も行われる。
が、5匹以上のオーガを相手に戦えるミラーナにとって、そんな攻撃は全く問題にならなかった。
「ヌルい! そんな攻撃でアタシを止められるかぁあっ!」
ミラーナは目の色を変えて敵の集団に突っ込んで行く。
まるで無人の野を行くが如く。
「ねぇ、モーリィ… 私達ってミラーナさんのパートナーよね…?」
「そう紹介されたんだけどねぇ… これじゃ、ミラーナさんに付いてってるだけじゃん…」
ミラーナの10m程後方を走りながら2人は愚痴る。
勿論『ラクで良いけど』とも思っている。
だが、そう思いつつも油断はしていない。
時折飛んで来る流れ矢は確実に弾いている。
程無くして、3人は足を止める。
三方を敵に囲まれた状態だ。
唯一、3人が突っ込んで来た方角だけが開いていたが、そこも敵が埋めていく。
「さ~て、ここからは2人にも活躍して貰うからね♪」
ニヤリと笑って言うミラーナに、ミリアとモーリィは苦笑する。
「ま、こうなるだろうとは思ってましたけどね」
「オーガの群れに比べたら可愛いモンだよね。殺ったろうじゃん♪」
3人はそれぞれに背中を向けて敵を睨む。
ハングリル王国軍の兵士達は、圧倒的な人数差にも関わらず、たった3人の気迫に気圧されていた。
「何をしている! 敵はたった3人だぞ! ビビるな! 一斉に掛かれ!」
ハングリル軍の司令官が叫び、兵士達が突っ込んで来る。
「はっ!? 何が『一斉に掛かれ』だ。マトモな策も無しに突っ込むだけで勝てると思ってんのか? 無能な司令官を持った兵士共は憐れだな!」
「連携が成ってませんね。そんな程度じゃ、ゴブリンの群れより質が低いですよ!」
「残念だったねぇ! 恨むんなら私達じゃなくて、作戦すら立てられない無能な司令官を恨みなよ!」
3人は口々に兵士達への憐れみの言葉を発し、剣や槍を振りかざして向かって来るだけのハングリル兵を斬り倒していく。
…………………………
まさに蹂躙だった。
ハングリル軍の司令官は青褪めるしかなかった。
数百人は居たハングリル兵が全滅したのだ。
定義での全滅ではない。
文字通りの全滅である。
定義では、3割の損失で全滅とされる。
だが、ハングリル軍司令官の目の前に広がる光景は、全く信じられない事だった。
自分の周りに味方は1人も居ない。
ただ、3人の敵兵士が居るだけである。
しかも、全員が女である。
たった3人の女兵士に、自身が指揮する数百人の兵士達が1人残らず殺されたのだ。
信じられない。
だが、全て現実なのだ。
自身が指揮する数百人の兵士が全滅した事も。
自身が自身の指揮する兵士を全滅させた3人の女兵士に囲まれてる事も。
司令官は気が狂いそうだった。
いや、狂ってしまいたかった。
しかし、その願いは叶わなかった。
ハングリル軍司令官は3人の女兵士に捕えられ、ブルトニア軍司令部に連行されて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「目が! 目が見える! 斬られた目が見えるぞ!」
「脚が! 斬られた脚が繋がった!」
「もう… ここで死ぬんだと覚悟していたんだ… これで… また家族に会えるんだな…」
治療所のあちこちから歓喜と安堵の声が聞こえる。
瀕死の者は死の淵から脱し、重傷の者は完治していた。
私は喜びの声を聞きつつ、次々に治療を施していく。
疲れを感じたら自身に回復魔法を掛けて、休む事無く治療を続ける。
兵士達の感じた恐怖や痛み、絶望感を思えば、私の疲労など無に等しい。
「次の患者を! 何度も言いますけど、死にかけてる兵士が優先ですからね! ヤバそうな兵士が最優先です! 次に重傷!」
私は何度も念を押す。
そうしないと、軽傷のクセに割り込むバカ野郎が居るからだ。
勿論、そんなヤツにはミラーナさん直伝の蹴りを食らわせて黙らせる。
それで怪我が悪化する場合もあるけど…
その場合は、順番を繰り上げて納得させる。
とにかく死なせない事が重要。
それだけでも敵には脅威なのだ。
倒しても倒しても敵の数が減らない。
その内に気が付く。
この兵士、さっき斬り倒して戦線離脱したヤツじゃなかったか?
この兵士、さっき戦って俺が斬ったよな?
1回や2回なら不思議に思わないかも知れない。
腕の良い魔法医が治してるんだろう。
だが、3回も4回も同じ敵と遭遇する。
あるいは、それ以上に。
何度斬り倒しても少し時間が経てば、また同じ顔の兵士が向かって来る。
こちらの兵士が怪我で戦線離脱しても、こんなに早く回復して戦場には戻れないのに。
敵の兵士は不死身なのか?
そんな疑問が生まれても不思議ではない。
その上、少し前の情報で、たった3人の女兵士に数百人の部隊が文字通りの全滅をさせられたとの報せが入った。
自分達は、何かとんでもない連中を相手にしているのではないか?
簡単に勝てると思っていた。
最初は確かに快進撃を続けていた。
しかし、突然形勢が逆転し、今では逆に圧倒されているのだ。
戦意を失うのも当然だろう。
ハングリル兵は次々と投降し、捕虜となっていた。
「油断は出来ませんが、勝敗は決したと見ても良いかも知れませんね。まだ到着していない援軍には気の毒かも知れませんけど…」
「仕方ありますまい。これから到着する援軍には、事後処理の手助けを頼みましょう。…それにしても、エリカ殿の治療には感服致しましたな。お陰様で我がブルトニア軍の死者は、エリカ殿が来てからは皆無の様です。本当に、ありがとうございました」
そうか…
私が来てから1人の死者も出さなかったのなら、尻を痛めながらも駆け付けた甲斐があったってモンだ。
鐙とクッションで軽減したとは言え、お尻のダメージはキツかったからなぁ…
とりあえず敵の侵攻を退けたって事で、今夜は私達と司令官達とで祝杯を挙げたのだった。
まだ油断は禁物だったが、戦局は一旦安定したのである。




