第69話 反撃の狼煙を上げろ! その前に、私のお尻を守れ!
私達は今、ブルトニア王国に向けて馬を走らせている。
馬は3頭。
身体が小さくて馬に乗れない私は、ミラーナさんの駆る馬に同乗している。
位置はミラーナさんの前。
なのだが…
「あだっ! あだだだだっ! 痛いっ! 痛い痛いっ! ミラーナさん! ストップ、スト~ップ!!!!」
ミラーナさんが手綱を引いて馬を止めると、後ろを走っていたミリアさんとモーリィさんが心配そうに聞いてくる。
「エリカちゃん、どうしたの?」
「なんか、叫び声が聞こえたけど?」
全員に向かって私は涙を流しながら叫ぶ。
「お尻が痛いっ!」
「「「………………」」」
しばしの沈黙の後、3人は爆笑した。
「笑い事じゃありません! お尻が鞍にガンガン打ち付けられて、メチャクチャ痛いんですから!」
ミラーナさん達は鐙に足を乗せ、膝で鞍を締め付けてるから馬の動きに合わせられる。
しかし私は鐙は無いわ、膝で鞍を締め付けられないわで身体が浮き上がり、馬の激しい動きで鞍に尻がガンガン当たるのだ。
「とは言ってもなぁ… 鐙は無いし、我慢して貰うしか…」
「我慢なんて無理です! せめてクッションか、クッションの代わりになる物は無いんですか!? てか、こうなると分かってたらクッション持って来てましたよ!」
最初はゆっくり走らせてたから気付かなかったのだ。
ゆっくりだと揺れも少なく、お尻を打ち付ける事も無かった。
が、小1時間程してミラーナさんが突然馬を駆けさせたのだ。
曰く、馬にウォーミングアップさせてたとの事。
ウォーミングアップが済んだと見るや、全力では無いものの疾走させた。
その結果が、私のお尻に起きた悲劇である。
「2時間ぐらい今のペースで走れば、最初の宿場町に着くけど… そこで何か買えないかしら?」
2時間も我慢できるかいっ!
違う意味で尻が割れてしまうわっ!
「ミラーナさんに背負って貰えば? ミラーナさんだけじゃ大変だから、私やミリアと交代しながらさ♪」
「それ、イケるかも。とりあえず宿場町まで急ごう。何か売ってるかも知れないしね。エリカちゃん、アタシの後ろに回って掴まってな」
言われて私はミラーナさんの後ろに回る。
「じゃ、しっかり掴まってなよ。…出発!」
馬が勢い良く走り出す。
そして…
「ぐぇええええ~っ!!!! 首っ! 首が絞まるぅううう~っ!!!!」
慌てて馬を止めるミラーナさん。
いけね…
首に腕を回してた…
「せめて肩に掴まってくれ! 死んじまったらど~すんだ!?」
いや、ここに居る誰も死なないけど…
ま、良いか。
「なんか、スイマセン… ミラーナさんなら大丈夫かな~と…」
「そんなワケ無いだろ… じゃ、改めて出発!」
「やっと… やっと着いた…」
あれから3時間、やっとの思いで宿場町に到着したのだ。
…2時間じゃなかったのかって?
理由があるんだよ…
「エリカちゃ~ん、何度もゴメンねぇ~… 大丈夫だった?」
私に向かって手を合わせ、謝罪するモーリィさん。
「…まぁ… 死なないから大丈夫と言えば大丈夫ですけど… さすがに予想外でした…」
最初はミラーナさんの背中、次はミリアさんの背中。
そこに問題は無かった。
問題なのはモーリィさんの背中。
…3回振り落とされた…
不老不死じゃ無かったら死んでるぞ…
「死なないから良いですけどね。とりあえず、モーリィさんの馬に同乗するのは拒否します」
「エリカちゃ~ん…」
泣くなよ…
仕方無えだろ。
アンタの馬の扱い、乱暴なんだよ…
それはともかく、クッションだ。
もしくはそれに代わる物。
宿場町には馬具を扱う店が在るから、子供用の鐙も売ってれば買って鞍に付けたい。
売ってて欲しいと願いつつ店に入る。
「ごめんくださ~い。子供用の鐙とクッションとかって売ってますか?」
意外な事に両方売っていた。
これで馬での移動がラクになる♪
特にお尻が♪
鐙を買ってミラーナさんの馬の鞍に付けて貰い、私達は先を急ぐ。
何故かミリアさんとモーリィさんも、自分の馬の鞍に子供用の鐙を付けてたけど…
私を乗せる気、満々だな…
別に良いけど…
乗り心地が改善され、順調にブルトニア王国を目指して馬を駆けさせる。
馬に疲れが見えると私が回復魔法を掛け、馬の体力と気力を復活させる。
食事休憩と宿場町や街での宿泊を除けば、常に馬を走らせてる状態。
普通なら半月は必要な距離を、私達は半分の日数で駆け抜け、戦場となっているブルトニア王国とハングリル王国との国境に到着したのだった。
………………………
戦況は良くない。
ハッキリ言って負けている。
それは仕方無い事だろう。
ハングリル王国は中規模の国で、ブルトニア王国は小規模の国。
単純な兵力だけでもハングリル王国の方が3倍に近い。
イルモア王国の援軍が揃って、ようやく互角の兵力になるかならないか。
だが、援軍が全て揃うまで半月は必要。
普通なら敵の数に圧倒されて、援軍が揃うまでに負けてしまうだろう。
しかしである。
これから私が全ての負傷兵を完治させるのだ。
更に、殺されても死なない3人が突撃する。
ハングリル王国にとって、今まで優位に進めていた戦争が突然膠着するのだ。
混乱が起こる事は間違い無いだろう。
そうこうしている内に、イルモア王国からの援軍が到着する。
そうなると、一気に形勢が逆転する。
そう簡単には行かないだろうが、まずは戦場を混乱させてやるかな?
反撃への序章が、これから始まるのだ。




