第68話 いざ、出陣です!
私達はブルトニア王国が宣戦布告を受けた報せを聞き、大急ぎで出発準備をしている。
もっとも、私自身の準備なんて、有って無い様なモンだ。
せいぜい着替えを持って行く程度。
対してミラーナさん達は、使い込んだ武器や防具をメンテナンスに出し、その間に馬を手配する。
さすがに徒歩で行くワケにはいかないからな。
私は準備が調うまで、アリアさんの教育を兼ねて治療を続ける。
全ての準備が調い次第、ブルトニア王国に向けて出発する。
「武器や防具のメンテナンスって、思ったより時間が掛かるんですね。もっと早く出来ると思ってました」
アリアさんは怪我の治療をしつつ、質問してくる。
治療に慣れてきたのか、治療中に会話する余裕もある様だ。
「多分ですが、多くのハンター達がメンテナンスを依頼してるんでしょうね。あれからミラーナさんがギルドに報告したら、その場に居たハンターの殆どが大慌てで出て行ったそうですから。あ、膝の軟骨が磨り減ってますから、そこも修復して下さい」
私も質問に答えながら治療のアドバイスをする。
「そ~ゆ~事だな。ブルトニア王国の防衛に行く連中は、使い込んだ武器や防具のメンテナンスをしてんだよ。さすがに傷んだ状態じゃ、自分がヤバいからなぁ。ところで、エリカちゃんもブルトニア王国に行くんだって? まぁ、魔法医としてなのは判ってるけど、戦場での怪我は見慣れた怪我じゃないぜ?」
「私なら平気ですよ♪ 人間としての原形を全く留めてない様な死体なんかも見慣れてますから♡」
にこやかに言う私に、アリアさんとハンターの兄ちゃんは…
「「どんな死体だよ」ですか…」
と、ゲンナリしていた。
いやまぁ、医科大学時代──前世──の『死体の解剖実習』の話なんだけどね…
最初は勿論、人間の状態。
しかし、実習が終わる頃には、バラバラ死体より遥かに細かく分解された状態なのだ。
説明されなければ、それが元・人間だとすら判らない。
しかも、その状態を自身の手で作り出して最初から平気だったのだ。
同級生からも『お前には神経が無いのかよ…』と、呆れられていた。
平気なモンは平気なんだ。
放っといてくれ。
「まぁ、それはともかく、ロザミアからは何人ぐらいが参戦するのか判りますか? 結構な人数にはなりそうですけど…」
「…千人前後ってトコじゃないかな? イルモア王国が攻められるワケじゃないから義務は発生しないが… 俺を含めたBランク以上のハンターは全員が参戦志願するみてぇだし、Cランクハンターの連中も、やる気満々みてぇだからな。もしかしたら、ロザミアからはCランク以上のハンターは全員参戦志願するかも知れねぇな」
なんなんだよ、それ…
そんなにロザミアのハンターは愛国心が強いのか?
確かに今回の戦争はイルモア王国が攻められるワケじゃない。
けど、友好国のブルトニア王国が負けたら次はイルモア王国が攻められるかも知れない。
ブルトニア王国の防衛戦への参加は、間接的にイルモア王国の防衛戦でもあるのだ。
感動する話じゃないか…
「まぁ、俺もだけど、本当の目的はブルトニア王国を守る事でイルモア王国を守る為って言うより、エリカちゃんに優しく治療して貰う為だと思うぜ?」
…は?
ど~ゆ~事?
「ミラーナさんが言ってたんだよなぁ。『この防衛戦にはエリカちゃんも軍医として参加する! 死にさえしなければエリカちゃんが治してくれるから安心して戦える! だから、どうしても参加出来ないハンターを除いたCランク以上のハンターは参加して欲しい! って言うか、全員参加しろ! 普段、無茶してエリカちゃんに怒られながら治療して貰ってる連中も、今回ばかりは優しく慰めて貰いながら治療して貰えるぞ!』ってね♪」
……………………
ミラーナさん…
後で殴ろう…
「はぁ… そりゃまぁ、戦争に怪我は付き物ですから怪我したって怒りませんけど… 皆さん、それが目的ですか? それなら目的に関しては怒らせて貰いますよ?」
第1の目的がイルモア王国の防衛で、第2の目的が私の治療ってんなら目を瞑る。
が、第1の目的が私の治療で、第2の目的がイルモア王国の防衛なら…
治療は行うが、死なない程度に殴ってからの治療になるな。
「エリカさん、皆さんから愛されてるんですねぇ… そんなエリカさんと一緒に働ける私は幸せです♡」
何故か頬を赤らめるアリアさん。
なんなんだよ、この緊張感の無さは…
その時、バタバタと外が騒がしくなり…
「エリカちゃん、出発するぞ! 武器と防具のメンテナンスも終わったし、馬の手配も…」
すぱぁああああああああんっ!!!!
毎度お馴染み、ミラーナさんの顔面に炸裂するハリセン・チョップ。
「な… なんで…?」
「今、聞きました。私をダシにハンターの皆さんが参戦する様に仕向けたそうですね?」
ミラーナさんは私の隣に居るハンターの兄ちゃんを見て…
「あぁっ! バーツ、テメェ! アタシがギルドで言った事、バラしやがったな!」
「いや、俺が言わなくても誰かが言ってるでしょ? 後でバレるより、早い内にバレた方が良いんじゃないですかい? 後からだと、エリカちゃん手加減しなさそうだし…」
「うっ…」
言われて黙り込むミラーナさん。
確かにバーツさんの言う通り、後からバレたら手加減しないだろうなぁ…
それこそ『私をダシに参戦を募るなぁあああっ!!!!』とか言って、全力でハリセン・チョップを叩き込むかも知んない。
そう言う意味では、バーツさんのファインプレーとも言える。
どっちにしてもミラーナさんはハリセン・チョップを食らう事になるし、実際に食らったけど…
「まぁ、それは置いといて、準備が調ったから出発するって事ですね? ところで、それは私達だけでも先行するって事ですか? それとも、ハンターの皆さんの準備が調うのを待ってから揃って出発ですか?」
私の希望としては前者だ。
少しでも早く戦場に赴き、怪我人の治療を始めたい。
ミラーナさんは私の意図を察っしてか、ニヤリと笑う。
「当然、アタシ達だけで先行するよ。敵は待っちゃくれないからね。少しでも早く行って、エリカちゃんは怪我人の治療、アタシ達は参戦して敵と対峙する」
ま、当然と言えば当然。
敵であるハングリル王国軍には、嫌と言う程ミラーナさんの恐怖とイルモア王国軍の強さを味わって貰おう。
強さと言うより、これも恐怖かな?
ついさっき負傷させて戦線離脱した敵が、たいした時間も経過してないのに再び戦線復帰して襲い掛かって来るのだ。
それも一度や二度ではなく、何度も何度もだ。
敵の顔を覚えてる者には、恐ろしい事この上無いだろう。
敵にも魔法医は居るだろうけど…
しかし、敵の魔法医には限界がある。
軍医として何十人参戦しているのかは判らないが、戦場での怪我の治療は普段の治療とはワケが違う。
対する私は無限に治療可能。
王都ヴィランでは失念していたが、自分自身に回復魔法を掛ければ気力・体力を気にせず、死んでさえいなければ、どんな重傷でも一瞬で治せるのだ。
ハングリル王国軍がイルモア王国とブルトニア王国の連合軍に勝とうと思ったら、全ての連合軍兵士を即死させるか、確実に殺さなければならないのだ。
例え瀕死の状態にしたとしても、私の元に運ばれた時点で死んでさえいなければ、確実に復帰するのだから。
また、ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんと対峙する敵も、不幸としか言えない。
なにしろ死なないんだから。
ゾンビを相手に戦う様なモンか?
いや、ゾンビより質が悪いかも知れない。
ゾンビでも頭を破壊すれば活動を停止するが、この3人は頭を破壊しようが心臓を切り裂こうが関係無いのだ。
私もだけど…
こうして私達は、ブルトニア王国に向けて出発したのだった。




