第61話 自分を基準に考えるのはダメですね
アリアさんの特訓は過酷そうだ。
慣れるまでの間だけという条件で受け付けを無くし、以前と同じ様に私が患者を呼んでいる。
アリアさんは私の後ろで治療を見学する間、透視能力を常時発動している。
しばらくすると、アリアさんは廊下に出て2階へ上がる。
「アリアちゃん、どうしたんだい?」
「いえ、彼女には色々用事があるんですよ♪」
人間の内部を見るのに慣れる訓練をしているとは言えないので誤魔化す。
多少慣れてきたとは言え、まだ2~3人毎に2階のトイレに駆け込んでいる。
患者さんに不信感を抱かせない為に、廊下に出るまでは走らない様に言ってある。
階段は走っても良いが、静かに昇る。
アリアさんは胃の中の物を吐き出し、フラフラしながら階段を降りて来る。
しかし、治療室に入る時はシャキッとしている。
これも患者さんを不安にさせない為に、私が厳命している事だ。
かなりキツいと思うが、真面目な性格のアリアさんは言い付けを懸命に守っている。
「具合はどうですか? 最初から無理しないで、夜の部は受け付けしてても良いですし、休んでても良いですよ?」
「正直言ってキツいです… けど… 慣れたら平気なんですよね? 少しでも早く慣れたいんです…」
やっぱり真面目だなぁ。
なんとかしてあげたいけど、こればっかりは慣れて貰うしかないからなぁ…
「お昼、どうします? 私は街の食堂街にでも行って食べようかと思ってますけど」
「私は………」
「無理しなくて良いですよ?」
「いえ、ご一緒させて下さい。これも慣れる為の修行だと思ってますから」
思い込んだら一途なのかな?
気負い過ぎてなきゃ良いんだけどなぁ。
「アリアさん。医学の勉強も本格的に始まってませんし、焦らなくても良いんですよ? 一気に慣れようとして身体を壊しでもしたら、余計に時間が掛かるし勉強も捗りませんよ?」
「う………」
「ですから今後の方針として、夜の部は受け付けするか休んで下さい」
休む事も大切だからな。
根を詰め過ぎると、反って逆効果だし。
「でも、休むと言っても何をすれば…」
「じゃ、図書館にでも行って医学書を読んだらどうですか? 解剖図なんかが載ってるとは思いますが、実物より絵の方が気分もラクでしょうし」
考え込むアリアさんを誘い、私達は食堂街へ向かった。
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「どうですか? それなら今のアリアさんでも無理せずに食べられるでしょ?」
「ハイ♪ それに、とっても美味しいです♡」
現状、アリアさんが固形物を食べても胃が受け付けないと思った私は、スープの種類が多くて美味しい店をチョイスした。
いや、他の店も美味しいんだよ?
スープの種類が多いって事で選んだだけだからね?
「早くエリカさんみたいに、普通に食事できる様にならないといけませんね」
慣れるまでの辛抱だけどね。
まぁ、慣れるまでの期間は人それぞれだけど…
ついでなので気になってた事を聞いてみるか。
「ところで、私からアリアさんに質問があります。アリアさん、私の作った肉料理食べましたよね? 私の中ではエルフって菜食主義ってイメージなんですけど、違うんですか?」
「それ、アタシも聞きたいな。実は気になってたんだよね」
うをっ!?
ミラーナさん、いつの間に!
「あぁ、驚かせたかな? ギルドへ行く前に何か食べようかと思ってさ。どの店にしようか考えてたら、2人が見えたんで来ちゃったよ♪」
それは良いけど、気配を完全に消して来るなよ。
オマケにドアに付いてるベルも鳴らさないなんて、アンタは暗殺者か…
「肉を食べるエルフも居れば、食べないエルフも居るってトコですね。人間社会に関わりたくない排他的なエルフは食べない、と考えて貰っても良いかと思います」
排他的かぁ…
人間にも居るけど、エルフにも居るんだな…
「そんな考え、私には全く無いので普通に食べますね。人間の菜食主義とエルフの菜食主義は根本的に違うと思います。飽くまでも私の考えですが」
「まぁ、人間の菜食主義って、基本的に健康を考えての菜食主義ですからね。エルフの菜食主義が何を基本にしてるかは知りませんが、大筋でアリアさんの考えは間違ってないと思いますよ?」
健康志向から菜食主義になる人は意外に多い。
羊の肉を食べてる時に子羊を見てショックを受け、肉食を止めて菜食主義になった超大物ミュージシャンの奥さんが居たな。
旦那さんのミュージシャンも、その影響で菜食主義になってたが…
誰とは言わんが、元・世界的に有名な4人組バンドのメンバーの1人とだけ言っておこう…
「偏見を持ってるエルフって多いんですよ。全ての人間が悪い人間じゃないのは明白なんですけど…
人間=悪。
エルフ=善。
なんて、バカげた思考のエルフって多いんですよねぇ…」
それは人間も同じだな。
肌の色が違うだけで、優劣を付けたがるクズも居るし…
勿論、私にそんな考えは無い。
肌の色が白いから優れている、肌の色が黒いから劣っている…
正直、アホかと思う。
そんなモンで人間の優劣が決まるワケ無かろうが!
「ふぉへはわかふ。ファカファカひいへほ、ひんへんひほひはほうはふぉふぉほひゅうひゃふひふふぁははぁ」
ミラーナさん、食いながら喋るなよ…
何を言ってるのかサッパリ分からないだろ。
「そうなんですね? エルフだけの考えじゃないって判って安心しました♪」
通じたんかい。
エルフ特有の固有能力じゃ無かろうな。
それはともかく、この様子だと夕食は普通に食べてくれるかな?
「まぁ、夜の部の診療時間、アリアさんは図書館で医学の勉強ですし、ミラーナさんも精神的ダメージからは回復してるみたいですね?」
「…………………」
「…………………」
「だから今日の夕食は、より精力を付けて貰う為にも肉をタップリ使った肉フルコースを考えてるんで、楽しみにしてて下さいね♡」
すぱぱぁああああああああんっ!!!!
私の後頭部にはミラーナさんの、顔面にはアリアさんのハリセン・チョップが炸裂した。
なんで…?
「そんな簡単に回復するワケないだろ!」
「まだマトモに食べれませんし、食べても嘔吐すのがオチです!」
なんかスイマセン…
自分を基準に考えてました…
その日の夜の部の診療は、顔面にクッキリ残ったハリセンの痕を患者さんに突っ込まれながら行いました(泣)




