第55話 ナッシュの失言と悲劇
「そんなに警戒しないで下さいよ。初めて晩酌した日だって大丈夫だったでしょ?」
「そりゃ、そうだけどさ…」
あれからミラーナさんは、私との晩酌時にハリセンを用意している。
「そもそもミラーナさんが挑発と言うか、何と言うか…」
「いや… まぁ、そうかも知んないけど…」
そうなんだよなぁ。
私が『私がキスするのは本当に好きな人』って言ったら、ミラーナさんが『じゃあアタシは?』なんて言うから、つい…
「じゃあ、エリカちゃんにはそのケは無いんだね?」
「それは無いです」
私はキッパリ、ハッキリ否定する。
「そりゃ、好きか嫌いかで言えば好きですよ? でも、それは『人として好き』なワケであって、男女間で言う様な『好き』とは別の『好き』ですから」
通じたかな?
たま~に曲解するからな、この女…
「うん。そういう意味なら、アタシもエリカちゃんの事は好きだな。勿論、ミリアさんやモーリィさんの事も好きだよな」
良かった、通じたみたいだ。
「…ミリアさんやモーリィさんも、分かってくれますかね?」
「大丈夫じゃないかな? あれからギルドで何回も会ってるけど、特に気にしてる様子は無かったよ?」
それなら安心かな?
明日の昼にでも顔を出してみるか。
翌日、朝の部の診療を終えた私はギルドへ向かった。
「こんにちは~♪」
明るく、明るく。
何も無かった様に。
「あら、エリカちゃん。いらっしゃい♪」
「今日のお昼、ギルドで食べるの?」
良かった。
2人共、変に警戒している様子は無いな。
「時々は顔を出さないと、ですからね~♪」
見たところ、ハンターの人達にも変わった様子は無いみたいだな。
一応2人に、私がキスした事を気にしてないか聞いておく。
「あ~、その事? まぁ、エリカちゃん酔ってたしねぇ…」
「私達の事が好きだから、酔った勢いでキスしちゃったんでしょ? ミラーナさんから聞いたよ?」
ミラーナさん、フォローしてくれてたんだな。
「エリカちゃ~ん… 俺の事、嫌いなのぉ~?」
ナッシュさん、いい歳こいて泣くなよ…
てか、まだ私を狙ってんのか?
「何を言ってんですか。そ~ゆ~意味の『好き嫌い』でキスしたんじゃありませんからね!」
「じゃあ、ど~ゆ~意味~?」
泣くなっつ~に…
「まぁ、信頼感と言うか安心感と言うか… 一緒に居てホッとするんですよね~」
ホッコリした表情になるミリアさんとモーリィさん。
「俺だとホッとしないの?」
「しません」
一瞬の間も置かずにズバッと言い切ると、脱力するナッシュさん。
アンタでホッとするワケ無~だろ。
「そんな事より、今夜どうですか? ギルドだと騒ぎになりそうなんで、どちらかの行き着けの店ででも♡」
2人は快くOKしてくれた。
ミラーナさんも誘うと、勿論こちらも秒でOK。
馴染みの4人で飲み会だ♡
なんだけど…
「で? なんでナッシュが一緒に来てるんだ?」
ミラーナさんがナッシュさんを睨み付け、続いて全員の視線がナッシュさんに突き刺さる。
「い… 良いじゃないっスか、ミラーナの姐御ぉ~… たまには一緒させて下さいよぉ~…」
そんなにビクビクするなら来るなよ…
まぁ、別に良いけど…
選んだ店は、モーリィさん行き着けの店。
その理由としては、店のマスターが私の年齢を知ってるんだとか。
て言うか、ロザミアの住人なら全員知ってた気も…
「ヤッホー、マスター♪ 今夜は少し騒ぐかもよ♡」
テンション高めのモーリィさん。
「おぅ、モーリィちゃん。何だい、騒ぐって?」
「今夜はエリカちゃんも飲むからね~♡」
「ほぅ? エリカちゃん、飲めたのかい?」
やっぱり見た目が子供だからなぁ…
「そりゃ飲めますよ。マスターも知ってるんじゃないですか? 私の見た目は子供でも、中身は成人してるって」
「そりゃ知ってるよ。でも、やっぱり抵抗感はあるよなぁ。子供に飲酒させてるみたいで…」
だろうなぁ。
でもまぁ、知ってくれてるだけに遠慮せず飲めるのは嬉しいかも♡
私達はそれぞれ席に座り…
「マスター、私はいつものワインね♡」
モーリィさん…
結構、ここで飲んでるんだな?
「私も同じの貰おうかな?」
ミリアさんは付き合い酒って感じかな?
「アタシは、この店で一番強い酒を頼むよ♪」
アルコール度数が高けりゃ何でも良いんか、アンタは…
「私はエールにしとこうかな?」
私は無難が一番って事で♪
「じゃあ俺は…」
「お前は水だ」
さすがにそれは可哀想だろ、ミラーナさん…
「姐御ぉ~…」
泣くなよ、お前も…
「まあまあ、ミラーナさん。ナッシュさんにも何か飲ませてあげましょうよ♪」
「エリカちゃ~ん♡」
だから泣くなって。
それと、その『♡』は止めろ。
それは置いといて、食事は何にしようかな?
「私はいつものにしようっと♪ マスター、いつものね♪」
「あいよ!」
違う物も食えよ?
栄養が偏るぞ?
「私は… 季節野菜の盛り合わせと鶏モモ肉にするね♪」
うんうん。
野菜とタンパク質をバランス良くね♪
「アタシは酒だけでも良いけど…」
少しは食え。
身体に悪いぞ?
「やっぱ、ステーキにするか♡」
野菜も食え。
肉食獣じゃあるまいし。
「私は彩り野菜の盛り合わせとレッドビーンズで♪」
野菜と植物性タンパク質でヘルシーなのが一番かな?
「俺は…」
「塩でも舐めとけ」
をいをい…
ナッシュさん、かなりミラーナさんに嫌われてるなぁ…
「姐御ぉ~…」
だから、泣くなっつ~の…
「ナッシュさん、嫌われてますねぇ~…」
さすがに同情するよ…
まぁ、良いか…
「とりあえず皆さん、乾杯でもしましょう♪」
「だな♪ ナッシュ、テメーは乾杯に参加するなよ?」
徹底してるなぁ…
まぁ、良いけど…
「「「「かんぱ~い♪」」」」
こうして楽しい飲み会は始まった。
1人、悲しそうなのが居るけど…
「……なんですよぉ。それで私、吹っ飛んじゃったんですから!」
「いや、まさかアタシの蹴りで……」
「でね♪ ミリアったらさぁ……」
「なによぉ~、それならモーリィだって……」
盛り上がる4人の女性陣。
対照的に塩を舐めながらチビチビとエールを飲むナッシュさん。
律儀だな、おい。
「ナッシュさんは~、何か面白い話は無いんですか~?」
さすがに可哀想なので話を振ってやる。
「そうだなぁ~… エリカちゃんの治療院って、屋上が在るだろ?」
「まぁ、在りますねぇ…」
何だろ?
「円形広場からだと分からないけど、ギルドの屋上からだと望遠鏡で見えるんだよなぁ…」
「何がですか~?」
わざわざ望遠鏡を使ってまで、何見てんだろ?
「エリカちゃんとか、ミラーナの姐御の…」
…まさかと思うけど…
「パンツとかブラジャーとかが干してあるの♡ いやぁ~、良いモン見させて貰ってるよ~♡」
…………………………
「けど、エリカちゃんのパンツって白ばっかりなんだな♪ 少しは違う色の…」
どばきゃぁあああああああっ!!!!
次の瞬間…
私とミラーナさんが全力で投げ付けた椅子がナッシュさんの顔面と後頭部に炸裂したのだった。
もう二度とコイツとは飲まないからな!
この腐れボケ!!!!
翌日から、私とミラーナさんの洗濯物を干す時は、ギルドの屋上から見えない様に目隠しを設置したのだった。
~追記~
私とミラーナさんの椅子攻撃の結果、ナッシュさんの頭蓋骨は顔面と後頭部に亀裂骨折を負っていた事が判明。
下着覗きの罰として、通常なら銀貨1枚の治療費を小金貨1枚に増額。
更にミラーナさんの関節技の実験台にさせられて数ヶ所の靭帯断裂の激痛を味わった上、打撃の実験台にもさせられて半死半生になっていたのだった。
…アーメン…




