第33話 やっぱり無理でしょ?
およそ2ヶ月半振りにロザミアに戻って来たミラーナさんと共に治療院で夕食を食べた私は、やはり2ヶ月半振りに宇宙空間を遊泳する幻覚を見た。
変わってないな、最初の一口だけ幻覚が見える謎の料理は…
王都からの旅で疲れているミラーナさんは、食事の後片付けを済ませると早々に風呂に入って休んだ。
私は食後のお茶を飲みながら、翌日からの事を考える。
王都から来た魔法医達の実力は判らない。
なので、私の代わりの魔法医が何人来るかも判らない。
王都から来た魔法医達3人が、せめて朝の部だけでも任せられる程度の実力は持っていて欲しいけど…
あの3人が朝の部も終わらない内に全員が魔力枯渇する様だと、私が王都に行ってる間の治療を任せる魔法医達は、人数次第では翌々日──交代制だから1日置き──には使い物にならないかも知れないなぁ…
そんな事を考えてる内に、私も眠くなってきたので寝る事にした。
まぁ、考えても仕方無いしな…
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翌朝、ミラーナさんが作った朝食を食べて数秒間の宇宙遊泳の幻覚を見た私は、記帳台を出したり掃除をしたりして治療院を開ける準備をする。
今日はミラーナさんも一緒に居ると言って、手伝ってくれている。
「連中の実力をアタシも知りたいしね。それに、連中が魔力枯渇してブッ倒れるのを見るのも面白そうだし♪」
…悪趣味だよ、それ…
準備を整えて玄関のドアを開けると、昨日の魔法医達が並んで立っていた。
「おはよう、エリカ君。今日は1日─」
ゴンッ!
「おはようございますだ! 貴様等にはエリカちゃんに対して敬語で話す事を義務付ける! 呼び名はエリカ殿だ!」
今日は素手とは言え、痛そう…
殴られて困惑する魔法医達。
「いや、ミラーナ様。それは─」
「マインバーグ伯爵ですら、エリカ殿と呼んでいるぞ? 貴様等は彼より立場が上だとでも言うつもりか?」
「!?」
魔法医達は思わず息を呑んだ。
「じゃ、中に入れ。エリカちゃん、コイツ等に指示を頼むよ♪」
「あははは…」
私は苦笑いするしかなかった…
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待合室に患者が入って来る様子を感じながら、私は魔法医達に診療方針を説明する。
「とりあえず、患者を1人ずつ順番に診て貰います。私は後ろで控えてますから。何かあれば仰って下さい」
頷く魔法医達。
「アタシも奥で見てるからな。貴様等、真面目にやれよ?」
その言葉に魔法医達の緊張感が高まる。
…ミラーナさん、威圧感が半端無いよ…
「じゃ、9時になりましたんで、患者さんに入って貰います」
言いつつ私は待合室へと向かい…
「皆さん、おはようございます。ただ今より、朝の部の診療を始めます。本日は理由あって王都から来た3人の魔法医が皆さんの診療を行います」
すると、待合室がザワめく。
「大丈夫ですよ。私も居ますから」
静まる待合室。
なんか、魔法医達が気の毒に思えてきた…
私は気を取り直し、記帳台に書かれた名前を見て患者を呼ぶ。
「じゃ、まずはニールさん。ニール・カイヤさん。お入り下さい」
ニールさんは心配そうに聞く。
「エリカちゃん、本当に大丈夫かい?」
信用してやろうよ、王都から来たんだし…
「まあまあ、ミラーナさんが連れて来た魔法医達ですから」
言いつつ治療室に入る。
実際に診療を行って貰うと、誤診も無いし大丈夫そうだ。
予定通り、患者1人毎に魔法医を交代しながら診て貰う。
診療開始から1時間半が経過し、間も無く30人になろうかという頃…
ここで1人目の脱落者が出た。
「エ… エリカ殿… 私はもう限界で…」
早いなぁ…
まだ8人か9人しか診てないのに…
でもまぁ、ロザミアでの怪我人は王都の怪我人より重傷者が多いだろうからなぁ…
「おい、貴様は下がれ。残りの2人も限界が来たら言え」
ミラーナさんが奥からダウン寸前の魔法医を呼ぶ。
残った2人も、更に1人か2人を診療したところで限界を宣言して下がる事になった。
「フン。完全に魔力枯渇したら、これからのエリカちゃんを見れなくなるからな。この辺で良いだろ。貴様等、ここでエリカちゃんの診療を見ていろ」
魔法医3人は椅子に座り、グッタリした様子で私の診療を見る事になった。
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朝の部の診療が終わり、昼食を食べて休憩。
更に夜の部は、最初から私1人で全ての患者を診療する。
1日の診療が終わり、私は魔法医達の元へと歩み寄る。
「どうでしたか?」
「「「………………………………」」」
3人は言葉にならない様だ。
無理も無い。
自分達が1人で10人も診療できなかったのに、私は1人で80人近くを診療して平然としてるんだからな。
「これで理解しただろう? 貴様達程度の魔法医じゃ、何人束になってもエリカちゃんの足元にも及ばないって事をな」
…いや、言い過ぎだよ、ミラーナさん…
この人達も頑張ってたよ?
「さっさと王都に帰って報告するか? それとも、もう少しロザミアに残って頑張ってみるか? どうするかは貴様等の判断に任せる」
ミラーナさんに言われ、魔法医達3人は相談を始めた。
まぁ、王都に帰るとしても、変な報告だけはしない様に釘を刺しておいた方が良いだろうけど…
「どうするんでしょうね? このまま残って頑張っても、毎日同じ事の繰り返しになると思いますけど…」
「だろうなぁ… アイツ等の最大魔力容量じゃ、王都ならともかくロザミアでは1日に10人治せるかどうかだからなぁ…」
だよなぁ…
魔力が無制限で使える私には、治せる人数にも制限が無い。
対して魔力に限界のある普通の魔法医じゃ、治せる人数も持ってる最大魔力容量次第。
報告に帰るのが無難かな?
そう思っていると、1人の魔法医が口を開く。
「決めました」
「ほぅ? で、どうするんだ?」
3人は顔を見合せ頷き合い…
「「「弟子にして下さい!!!!」」」
言いつつ土下座した。
なんぢゃそりゃぁあああああっ!!!!
そんな事、出来るかぁああああっ!!!!
なんでそうなった!?
そんな事したら、私の平穏な生活はどうなる!?
いや、今でも平穏とは言えんけど!!!!
とにかく無理無理無理無理っ!!!!
その日、私は夜遅くまで3人の懇願を必死の思いで断り続けたのだった。




