第32話 王都の魔法医がやって来た
王都から試験的に数人の魔法医が来ると知らされてから、私は陰鬱な日々を過ごしていた。
そんな2月25日の休日。
ミリアさんとモーリィさんが、気晴らしにと私をショッピング&食事に連れ出した。
「最近、エリカちゃんの元気が無いって聞いてね♡」
「そうなの。で、めでたくモーリィも5の付く日が休みになったから、2人でエリカちゃんを元気付けようって話になったの♡」
心配してくれてたんだな…
「気遣ってくれて、ありがとうございます」
私は素直に礼を言う。
「カタいなぁ。ま、それがエリカちゃんなんだけどね♡」
「殆どの休みを一緒に過ごしてるけど、エリカちゃん未だに敬語だモンねぇ」
まぁ、実年齢は上でも、見た目は大人と子供だからなぁ…
「見た目は子供、中身は大人なのにねぇ…」
言いつつ、しげしげと私を眺めるモーリィさん。
…私は何処ぞの名探偵かよ…
言えんけど…
「私達、見た目は少し歳の離れたお姉ちゃんって感じなんだから、もっと普通に話して欲しいんだけどなぁ…」
ミリアさんが残念そうに言う。
「いやいや、『親しき仲にも礼儀あり』って言いますから」
私が言うと、モーリィさん不思議そうに聞いてきた。
「そんな諺、あったっけ?」
あ、この世界にこの諺は無いのか…
マズいかな?
「あれかなぁ?」
お、ミリアさん。
何か似た様な諺でも?
「確か『真の友には3年掛かる』ってヤツ。あれが近いんじゃない?」
「あ~、なるほどねぇ。『親友・他人は紙一重』とも言うし、他には『金に汚きゃ親友離れる』ってのもあったかな?」
…いや、モーリィさん…
最後のヤツ、違うと思うよ?
もしかしてモーリィさんって天然なのか?
そんな事を話しながら商店街をブラブラしつつ、1軒の服飾雑貨店に入った。
状況次第では王都に拉致… じゃなくて招聘される可能性も考えられるので、それなりの服を数着買おうと思ったのだ。
以前、ミリアさんが見繕ったヒラヒラドレスも在るのだが、王族や貴族と会うのに相応しいとは思えない。
パーティー会場とかなら別だろうが…
て言うか、ヒラヒラドレスって動き難いから、あんまり着たくないんだよなぁ…
どうしてもの時は仕方無いけど…
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「あれ~、エリカちゃん? それにミリアさんにモーリィさんも?」
服を選んでいると、不意に声が掛かった。
誰だ?
振り返ると、そこにはライトアーマーを着たミラーナさんが、法衣を着た3人の男と共に立っていた。
「久し振り♪ ちょっとコイツ等の服を買おうと思って寄ったんだ♪」
と、相変わらずの人懐っこい笑顔で話す。
「ミラーナ様、我々はこの法衣で…」
ゴンッ!
言うが早いか、ミラーナさんの鉄拳が脳天に落ちる。
いや、ミラーナさん…
外側が鉄板で被われてるんですけど、そのグローブ…
「貴様、まだアタシの事を『ミラーナ様』と…」
「お… お許しを… ですが、我々の立場としても…」
殴られた男は頭を擦りながら懸命に許しを乞う。
「チッ! 貴様等もあの侍従長と同じか…」
〝あの侍従長〟ってのが何なのか解らないけど、他にもミラーナさんの犠牲者が居るんだな…
私達3人は、その様子を唖然として見詰めていた。
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「なるほどねぇ。それで服飾雑貨店に居たのか。確かに謁見の間で国王達と会う可能性を考えると、ヒラヒラドレスよりはピシッとした服装の方が良いかな?」
私達は食堂街へと移動し、昼食を食べながらミラーナさんとの久し振りの会話を楽しむ。
私達3人が並んで座り、向かい側にミラーナさんと法衣を着た3人の男達が並んで座る。
それにしても、さっきのミラーナさん達の会話…
ロザミアに来る途中で叱らなかったのかな?
「あぁ、コイツ等とは別の馬車で来たんだ。王宮を出た瞬間からアタシは一介のハンターだからね。1人で乗り合い馬車に乗って来たんだ。で、コイツ等は王宮からの馬車」
「王宮からの? じゃ、もしかして…」
ミラーナさんはニッと笑って答える。
「そう、コイツ等が試験的にエリカちゃんの治療院で働く魔法医だよ。無謀だとしか思えないけどな」
その言葉に魔法医達はムッとした表情になる。
まぁ、気持ちは解る様な…
「ミラーナ様。お言葉ではありますが、我々にもそれなりのプライドがあります。この様な子供に我々が引けを取るとは思えませんが?」
ミラーナさんは頬杖を突きながら黙って食べている。
…行儀悪いなぁ…
「その通りですぞ。王都に流れる噂など、本気に出来ませんな」
あぁ、子供が1人で毎日大勢の人を治療してるってアレか…
「仮に事実だとしても、我々3人なら何も問題ありますまい」
…事実を知ったら、どう思うんだろ…
そんな事を考えていると、私の隣でミリアさんとモーリィさんが口を開く。
「王都での噂って?」
と、モーリィさん。
知らんのかい…
「エリカちゃんが毎日大勢の人を治療してるって噂よ」
と、ミリアさん。
男達3人は頷く。
「へぇ~、噂になってたんだ。でも、本当ですよ? 特にエリカちゃんがロザミアに来てすぐの頃なんて、毎日200人くらいが押し寄せて大変だったんですから♡」
…いや、『♡』ぢゃないし…
マジで大変だったんだからね?
「まさか… そんなに治せるワケが…」
信じられないといった表情の3人。
更にミリアさんが苦笑しながら続ける。
「まぁ、最近は1日100人程度みたいですけどね。最初の頃は、エリカちゃん目当てでワザと怪我を作るハンターまで居ましたからねぇ」
そうだったなぁ…
マークさんがハンター達を怒鳴り付けてくれたから減ったけど…
「それでも多い日は200人程度は居るんじゃなかったっけ? 大規模な魔物討伐とかの後だと怪我人も多いしさ」
「そうよねぇ… 季節の変わり目なんかで風邪が流行った時も多かったわね」
魔法医達は顔を見合せ、1人がおずおずと聞く。
「それを… たった1人で… ですかな?」
「そうですよ?」
「だって他に魔法医は居ないモンねぇ?」
驚愕する魔法医達。
ミラーナさんは、それを横目にニヤニヤしながら言う。
「信じる気になったか? まぁ、今日は早く宿に戻って英気を養っておくんだな。明日の朝、9時から治療が始まるからな。ホラ、早く行け」
言われて魔法医達は店を出て行く。
私はミラーナさんに確認する。
「王都からの手紙には試験的って書いてありましたけど、私はどうすれば?」
「あぁ、連中にエリカちゃんの代わりに治療させてやってくれ。それぞれ限界までね。エリカちゃんは近くで見張っててくれれば良いよ。連中がブッ倒れたら、後は普段通りにね♡」
アンタも『♡』かい…
まぁ、別に良いけど…
「連中には治療院の場所は教えてあるから9時前には来るだろ。遠慮は要らないから、こき使ってやってくれ」
…大丈夫かな?
私は一抹の不安を抱えたまま休日を過ごし、ミラーナさんと共に治療院へ帰ったのだった。




