第26話 ミラーナ王女は誰にも抑えられませんか?
ミラーナさんと話し込むのはその日の仕事が終わってからと、休日のみにすると心に誓ってから数日。
なんとか平穏な気分で毎日の診察・治療を行う事に成功していた。
仕事が終わってからと、休日に関しては聞かないで下さい…
朝は無難な話にする事で心の平穏を保っている。
昼はミラーナさんに出会わなければそれで良いし、出会って一緒に食事する事になっても、可能な限りミラーナさん自身の話題に触れないでおけば、ショックと精神的ダメージは最小限で済む。
夜は……
うん、夜は仕方無いよね…
こちらがミラーナさん自身の話題に触れなくても、話の流れでミラーナさん自身の話題になる事もあるし、そこはもう諦めるしかない。
その時はダメージを最小限に抑える事を考えよう…
そんなミラーナさんも、毎年2回の社交シーズンには王都に帰らなくてはならない。
あまりの破天荒と言うか傍若無人振りについつい忘れがちだが、あれでもイルモア王国の第1王女様だからな。
未だに信じられんけど!
とりあえず次の社交シーズンは1月の年始から。
当然、シーズンが始まるまでに王都に到着する必要があるので、ミラーナさんの場合は最低でも12月の半ばにはロザミアを出発しなければならない。
ロザミアから王都までは馬車で10日掛かるし、着いてからの準備もあるだろうからな。
そして社交シーズンは1ヶ月間だから、1月いっぱい王都に滞在する。
そして再びロザミアまではまた馬車で10日。
王都での後片付けを考えると、出発は2月に入って少ししてからかな?
だとするとロザミアに戻って来るのは2月の半ばだから、2ヶ月はロザミアに居ない事になるか…
1ヶ月の滞在に20日の移動期間で合計50日。
更に前後数日は準備や後片付けに必要だから、やっぱり実質2ヶ月の不在だな。
その間、久々の平穏を満喫しよう。
…満喫… 出来るよね?
11月も終わり、12月に入ると世間は新年に向けて忙しくなる。
この世界でも、それは変わらない様だ。
5日の休日、この日の私は休日を利用してミラーナさんの帰郷準備を手伝う事にした。
ミラーナさんと親しいミリアさんも手伝いに来てくれた。
「またしばらく寂しくなりますね」
ちょっぴり残念そうに言うミリアさん。
まぁ、寂しくないと言えばウソになる… かな?
そんなミリアさんに、ミラーナさんは明るく応える。
「まぁ、新年と夏の始まりの社交シーズンは毎年の事だから仕方無いさ。本音を言えば帰りたくないけど、王族に生まれちまった以上は義務だからなぁ…」
義務だから帰りたくないけど帰る… か…
なんとなく解る様な、解らない様な…
「確か、今回のメインイベントは妹さんの成人披露パーティーなんですよね? 妹さん… 第2王女様って、どんな方なんですか?」
うん、それは私も気になった。
なにしろミラーナさんの妹だからな。
同じ様にハチャメチャな性格だったら…
いかん、考えただけでもゾッとするぞ!
いや待て、いくらミラーナさんでも王都では大人しくしてると思いたい。
「妹ねぇ… まぁ、普通っちゃ普通だよ。典型的な王女様とでも言えば良いのかな? その下の第3王女も似た様なモンだよね」
良かった、妹2人は普通だったか…
いろいろ考えていると、ミラーナさんが不意に話し掛ける。
「エリカちゃん、どうかしたかい? さっきから何も喋らないけど」
うわわわわっ!
急に話し掛けないでよ!
「いやいや、何でも無いです! ちょっと気になって…!」
慌てて言いつつ考える。
「今の話で気になる事なんかあるかい?」
「た… 例えば名前とか!」
焦らせないでよ!
「ふ~ん、そんなのが気になるんだ」
「いや、だって私達平民は王族の方達の名前なんて知りませんし!」
なんとか誤魔化せるか?
「あ~、なるほどなぁ。そんな事、今まで考えた事も無かったよ」
どうやら誤魔化せたみたい…
ミリアさんもコクコクと頷いている。
ミラーナさんの帰郷準備は一旦休憩する事にし、妹達の話をする事になった。
今回成人する第2王女の名前はキャサリンで、間も無く15歳。
第3王女の名前はロザンヌで13歳になったばかり。
第1王子の名前はフェルナンドで5歳になって3ヶ月程。
第2王子のローランドは前年の夏前に生まれたばかりなので、1歳になって半年だ。
妹の王女2人は両者共ミラーナさんに似ず物静かな性格で、既に何人かの婚約者候補が居るらしい。
勿論、幼い王子2人に婚約者はまだ居ない。
成人する第2王女はともかく、第3王女にも婚約者候補が居る事に驚く私を見て、ミラーナさんは平然と…
「王族や貴族なら普通の事だよ。慣例的に10歳前後で婚約者候補を募るんだ。だから今回の成人披露パーティーで、キャサリンには正式な婚約者が決まるかも知れないね。もしかしたらだけど」
と言ってのけた。
そんなモンなのか?
早過ぎないか?
いや、ちょっと待て。
そう言えばミリアさんに教えて貰ってたな。
私は山奥育ちの世間知らずって設定で、世の中の仕組みを聞いた筈だ。
うん、早い人なら17~19歳、遅くても24~25歳頃には結婚するって聞いたぞ。
確かミリアさんの料理特訓を始める少し前だ。
それを考えると、王族や貴族なら成人と共に婚約者を決めても不思議じゃないか。
ん?
ちょっと待て。
なら、ミラーナさんに婚約者が居ても不思議じゃないんだけど…
疑問に思う私に気付いたミラーナさんはサラッと言った。
「あぁ、勿論アタシにも居たよ。全員ブッ飛ばしたけど♪」
ちょっと待ったらんかぁあああいっ!!!!
ブッ飛ばしただとぉおおおおおっ!!!!?
しかも全員んんんんん!!!!?
何人居たかは知らんっ!!!!
知りたくもないっ!!!!
どゆ事!?
ど~ゆ~事!?
困惑する私にミラーナさんは平然と続ける。
「だってさぁ、アタシより弱いヤツと結婚なんて勘弁してくれって感じだよ。アタシより強いか、せめて互角に渡り合える相手じゃなきゃ御免だね。だから今のアタシにゃ婚約者は居ないんだ♪」
呆気にとられる私の肩をミリアさんがポンポンと叩きながら…
「ミラーナさんってロザミアに赴任する前に、体術自慢の伯爵様を一瞬で倒してロザミア赴任を認めさせたらしいわよ?」
と、さすがに事実らしく、ミラーナさんにも聞こえる様に言った。
それを聞いたミラーナさんは明るく続けた。
「そう言う事さ♪ アタシは実力でハンターの街の領主になる事を父上や貴族連中に認めさせたんだ。確かにアタシの実力を知らない連中はロザミアの領主になる事を不安に思ってたみたいだけど、何て名前だっけかな? とにかく、その伯爵を叩きのめしてやったら誰も文句を言わなくなったよ♪」
ぬをあぁあああああ!!!!
誰でも良いから、この王女の抑止力になってくれぇええええええええっ!!!!
無理かも知れんけど!!!!
そんな人、永久に現れんかも知れんけど!!!!
その後、私は何も考えられないままミラーナさんの帰郷準備を黙々と続けたのだった………




