第25話 話せば疲れる王女様
いつもの様に7時に起き、2階へ降りるとミラーナさんが朝食を食べていた。
「おはようございます、早いんですね」
私は目を擦りながら挨拶する。
「おはよう、エリカちゃん。アタシ、毎朝6時には起きるんだよ」
健康的だな。
「エリカちゃんの分も作ってあるから、顔を洗って食べな♪」
私の脳裏を昨夜の食事の際に見た幻覚が過る。
それを察したミラーナさんは、苦笑いしながら言う。
「アハハハ♪ 大丈夫、大丈夫。その内、慣れるって♪」
慣れたくないわいっ!!!!
ミラーナさんの『最初の一口だけ幻覚が見える料理』の腕も、ミリアさんの『壊滅的な料理下手』同様、魔法で治した方が良いかも知んない。
ミリアさんと違って不快感は無いし、幻覚が見えるのも最初の一口だけなのが救いだけど…
そんな事を考えながら歯磨きして顔を洗い、ダイニングに戻ってミラーナさんの作った朝食を食べる。
今回も私の意識は数秒間、宇宙空間を遊泳していた。
朝食を終え、2人で食器を洗って片付け、私は治療院を開ける準備をする。
ミラーナさんはライトアーマーを慣れた手付きで装着し、依頼を求めてギルドへと向かった。
いや、今回も最初の一口だけだったよ?
幻覚が見えたのは……
────────────────
8時半に受け付けを始め、9時から治療を開始する。
前日に怪我したハンターの人達、仕事で怪我したり風邪を引いた一般の人達なんかを次々と診察しては治療を施す。
あっと言う間に朝の部終了の13時になる。
一旦治療院を閉め、街の食堂街で昼食を食べようと外へ出ると、ミラーナさんがギルドから出て来るのが見えた。
ライトアーマーだけで無く、全身が赤黒く汚れている様に見える。
……って!
汚れてるんじゃなくて、全身血塗れじゃないか!
何があったんだ!?
大慌てでミラーナさんの元へ駆け寄り、問い質す。
するとミラーナさん、平然と…
「あぁ、これ? ただの返り血だよ。ニュールンブリンクの大森林… ここでは西の大森林って言うんだっけ。そこで魔物退治して来たからね」
と、何事も無かった様に笑いながら話した。
それにしても返り血って…
若い女性が全身に返り血を浴びて平然としてるのもどうかと思うけど…
まぁ、ミラーナさんだからなぁ…
「…とにかく無事で良かったです。で、魔物退治って事は、何人くらいでパーティーを組んで向かったんですか?」
私はホッとして聞いた。
「ん? アタシ1人だよ? 魔物がオーガ3~4体って事だったからね。その程度ならアタシ1人で片付けられるからさ♪」
をををををををををを~ゐっ!!!!
簡単に言うなぁああああああっ!!!!
他のハンターの兄ちゃんから聞いた事があるけど、この世界のオーガって熟練のハンターでも1体を倒すのに最低でも3人は必要って言ってたぞ!!!!
それが3~4体も居て、たった1人で倒しただとぉおおおおお!!!!?
しかもその程度だと!!!!?
「ん? そんなに驚く様な事かい? あ、でもギルドの連中や他のハンター連中も、アタシが初めてロザミアに来た頃は同じ様な反応をしてたっけ」
ダメだ、この王女の感覚には付いて行けん…
いや、付いて行く気なんか無いけど…
それにしてもミラーナさん、とんでもない実力の持ち主なんじゃ…
「そんな事よりエリカちゃんも食事だろ? 丁度良いから一緒に食べないか?」
そんな事って…
それよりミラーナさん、血塗れのまま食事に行くのは平気なんだろうか?
杞憂でした…
一軒の食堂に入った時、一瞬のざわめきが起こったものの、血塗れの女性剣士がミラーナさんだと判ると、何事も無かったかの様に客は食事を続け、店員は働きだした。
…慣れてるんかい…
時間的に客はまばら。
まぁ、これはいつもの事だ。
大概の人の昼休憩と食事は12時~13時。
治療院は朝の部の終了時間が13時なので、何処の食堂も空いている。
私とミラーナさんは窓際の席に向かい合って座り、それぞれ食べたい物を注文する。
食事が運ばれて来るのを待つ間、ニュールンブリンクの大森林について聞いてみた。
その大きさに私は驚いた。
北は王都近くまで続いている。
王都までは馬車で10日の距離だから、かなりの長さだ。
南は海の近くまでだから、ロザミアが殆ど南端近くって感じか。
そして東西も同じぐらいの長さなんだそうだ。
なら、イルモア王国全体の6分の1近くがニュールンブリンクの大森林って事になるな…
「かなり大きいんですね。魔物も居るワケだし、奥深くなんかは危険なんでしょうね?」
運ばれて来た食事を食べつつミラーナさんに話し掛ける。
「かなり危険なんじゃないかな? 今回アタシがロザミアに来る時、護衛の連中を撒くのに大森林の奥深くを突っ切って来たけど、誰も付いて来なかったからね」
ちょっと待てぇええええええ!!!!
たった1人で危険な大森林を突っ切って来ただとぉおおおおお!!!!?
…良かった、何も口に入れてなくて…
入れてたら間違い無く吹き出してるぞ!
と、そこで疑問が浮かぶ。
例えそれで護衛の人達を振り切ったとしても、行き先がロザミアだと判っていれば護衛の人達も来てる筈じゃないか?
それっぽい人は見掛けないけど…
「あぁ、それなら大丈夫。王都を出る時、今回の行き先はロザミアからニュールンブリンクの大森林の反対側… 王都からだと馬車で5日だったかな? ここからだと大森林を迂回するから半月は掛かるか… ルグドワルドって侯爵の領地を訪問するってウソ吐いて来たから♪」
なんぢゃ、そりゃあぁああああああっ!!!!
今度は口の中の物を吹き出しそうになったぞ!!!!
さすがに吹き出したらミラーナさんに掛かるから必死に耐えたけど…
もしかしてミラーナさん、王都でもこんなキャラなのか?
それにしてもルグドワルド侯爵って人、今頃大変な思いをしてるんじゃ…
食事を終え、食後のお茶を飲みながらルグドワルド侯爵への同情を口にすると、またもミラーナさんは平然と…
「あぁ、それも大丈夫。領地を訪問って言ったろ? ルグドワルド侯爵に会うワケじゃないから。本人は王都に居るよ」
なんだ、それなら気の毒なのは護衛の人達だけか。
ミラーナさんがロザミアに居ると気付くか、あるいは『もしかしたら』と思ってロザミアに来るかは不明だけど、日程的にはそろそろ何かしらの手を打つ頃かな?
それでも気の毒なのは変わらないけど…
「まぁ、そろそろ護衛の連中も、アタシがルグドワルド侯爵領に居ない事に気付いて侯爵を呼び出してるだろうな。今頃きっと、ルグドワルド侯爵は大慌てで王都を飛び出して領地に向かってる頃だろ、アハハハハ♪」
ばふぅうううっ!!!!
今度はさすがに吹き出したぞ!
いや、なんとかミラーナさんに掛からない様、横を向いたけど!
人の迷惑を考えないのか、この王女様はぁあああああ!!!!
その後、ミラーナさんは別の依頼を求めてギルドへ向かい、私は脱力し切った状態で夜の部の診察・治療を行ったのだった。
大怪我した人や重病の人が居なかったのが幸いだった。
そんな人が居たら、誤診や治療ミスしてたかも知んない。
今後、ミラーナさんと話し込むのは、夜の部の診察・治療が終わってからと、休日だけにする事を固く心に誓った私だった。
~追記~
その日の夕食でも私は数秒間、宇宙空間を遊泳しました。




