第242話 ジャックさんとパティさんの長男の誕生と、パティさんのネーミング・センス…
パティさんとジャックさんに男の子が生まれ、ミリアンちゃんがお姉ちゃんになった翌日。
ロザミアのギルドを通じてタルキーニの役所に出生届を送る事になった。
ちなみにだがロザミアには役所等の施設は無く、ギルドが役所としての役目も担っていたりする。
ちょっと業務が多岐に渡り過ぎてる気もするけど…
「ロザミアのギルドには色んな部門が在るんだよ。ギルドとしての部門は、大まかに分けて『ハンター』『冒険者』『商業』『工業』だな。これらは1階に在るから、エリカちゃんも知ってるだろ?」
マークさんの説明に、私は頷く。
「ちなみにエリカちゃんの治療院は、医療部門に登録してある。エリカちゃんがロザミアに来るまで長い間魔法医が居なかったから、有名無実化されていた部門だな」
ミリアさんやモーリィさんが幼い頃は魔法医が居たってマークさんは言ってたけど、あまりの激務に耐え切れず逃げ出したんだっけ?
まぁ、解らないでもない。
毎日毎日、100人前後… 多い時には200人を超える怪我人や病人を治すのに、普通の魔法医が1人や2人…
いや、10人居たとしても全員を治すなんて不可能だろうからなぁ…
普通の街ならまだしも、ロザミアは〝ハンターの街〟なんだから、怪我の度合いは普通の街とは比べ物にならないぐらい重いのが標準。
骨折なんて日常茶飯事。
むしろ、骨折で済めば運が良いとさえ言われているんだから。
魔物や魔獣を相手にして、腕や脚が捥げる・千切れるなんて珍しくもない。
そんな患者を毎日相手にしていたら、逃げ出すのも無理はない。
…と、話が逸れたな。
「まぁ、私がロザミアに来た事で、ギルドに医療部門が復活したのは良い事ですよね? で、今回のパティさんの1件を踏まえ、私の治療院を〝総合医療施設〟として登録したいんですけど大丈夫でしょうか?」
私の提案に、マークさんは少し考え…
「それって、つまり… ホプキンス治療院を、今までの怪我や病気を治すだけの施設から、それ以外の… あらゆる症例に対応可能な施設として運営するって事だよな…? エリカちゃんとアリアちゃんの能力的には可能だろうけど、さすがに2人だけってのは人手が少なくないかい?」
と、現実的な問題点を指摘してくる。
私も気にはなっていた。
怪我や病気を治すだけなら、私とアリアさんだけでも何とかなる。
が、そこに今回の様に産婦人科としての業務が入ってくる事を考えると、確かに人員不足は否めなくなる可能性は否定出来ないだろう。
かと言って、安易に魔法医を雇うワケにもいかないし…
私はともかくとして、せめてアリアさんぐらいの最大魔力容量と医学知識を持った人物じゃないと…
「ホプキンス治療院を総合医療施設するなら、今回の産科・婦人科は勿論、それ以外の診療施設もって事だよな…?」
私はコクリと頷く。
医科大学時代(前世)には、小児科学、産婦人科学、精神医学、眼科学、整形外科学、放射線医学等、全ての臨床医学を学習した。
私はそれだけでは飽き足らず、歯科医を目指している友人からは歯科学を、耳鼻咽喉科医を目指している友人からは耳科学、鼻科学、咽頭科学、喉頭科学を教えて貰った。
勿論、相応の謝礼は払ったよ?
だからこそ、何日も〝ご飯に塩を振っただけ〟なんて悲惨な食生活を送った時期もあったワケで…
「ど… どうしたんだい、エリカちゃん? 急に泣き出したりして…?」
「あらっ?」
私は慌てて涙を拭き…
「ちょっと昔の事… 医学を勉強してた頃の事を思い出したら、感傷的になっちゃったんですかね? まぁ、気にしないで下さい。たいした事じゃありませんから」
言ってマークさんに笑顔で応える。
「それにしても、あのジャックが2児の父親とはなぁ… パティはエリカちゃんも知っての通り、明るくて人当たりの《い》性格だから早くに身を固めるだろうとは思ってたし、事実そうなったしな。だが、ジャックは…」
「私の感想としては、パティさんの尻に敷かれてる感じは無かったですね。ハッキリ言って相思相愛… ジャックさんの方が4つ下ですけど、どっちかと言うパティさんの方がジャックさんにベタ惚れって印象でしたね…」
私の感想に、マークさんは大きく頷く。
「そうなんだよな… お世辞抜きにして、パティは成人する前から婚姻の話が絶えなかったからなぁ-… まぁ、一時期ギルドの食堂でアルバイトしてたんだが、真っ先に売り切れてたのはパティの作った定食だったしなぁ…」
フム、パティさんは料理の腕前も申し分なかったんだな?
だからこそモテてたとも言えるのかな?
そう言えば、治療院で私が作る料理も積極的に作り方を聞いてたっけ…
「そんなパティが家庭に入ったんなら、ジャックやミリアンは、毎日美味い飯を食ってるんじゃないかな?」
「そうですねぇ… 確かにパティさん、料理の腕前には何の問題もありません… けど、ネーミング・センスは…」
私が肩を落とすと、マークさんも眉を顰める。
「確かになぁ… ジャックとも相談したんだろうが、ジャックは何も言わなかったのかい?」
私は首を振る。
「ミリアンちゃんの時は、ジャックさんが決めたらしいんです。なので、今回はパティさんが『絶対に私が決める!』って言って…」
「それがこれって事かい? マトモそうな名前もあるが…」
マークさんは、名前の候補が書かれた紙をペラペラと振りながら呆れている。
ユーリ、ホイコー、チャーハ、チンジャオ、ハッポー、シューマ、ショーロン…
どれもこれも、私が作ってパティさんが絶賛した中華料理の名前を少し短くしただけ…
ユーリだけは何とかマトモに聞こえるが、結局は〝油淋鶏〟から来ているのだ。
フルネームは〝ユーリ・ローレン〟となり、悪くはないのだが…
将来、名前の由来を知った本人がどう思うか…
「これってエリカちゃんが作る料理の名前の一部じゃないのかい? ルディアから聞いた覚えがあるんだ。確か、ゆーりんちー、ほいこーろー、ちゃーはん、ちんじゃおろーす、はっぽーさい、しゅーまい、しょーろんぽー… だったかな? それを少し短くしただけじゃないのか?」
「そうなんですよねぇ… 勿論、私は反対しましたよ? けど、パティさんは『エリカちゃんの料理に感動したの! その思いを息子の名前に込めたいの!』って言って…」
私が言うと、マークさんは疲れた様に椅子に凭れる。
「まぁ、〝ギョーザ〟や〝ラーメン〟、〝スシ〟なんて名前じゃないだけマシと言えばマシだが… この中でパッと料理を連想させないのは〝ユーリ〟だけかな? 他の名前も、今はエリカちゃんの料理が広まっていないから連想しないだろうが… 実はルディアがエリカちゃんの〝ちゅーか料理〟ってのを再現しようと試行錯誤してるんだ。〝ユーリ〟も『もしかしたら』って思うヤツも出てくるかも知れないが、普通に無くもない名前だし、ロザミアにも何人か同名のヤツが居るからなぁ…」
なるほど…
ユーリってのは、前世でもプロボクサーに同名の選手が存在してたし、特に不自然でもないだろう。
が、さすがにホイコー、チャーハ、チンジャオ、ハッポー、シューマ、ショーロンはなぁ…
ショーロンなら漢字… と言うか前世での中国人風に書けば〝小龍〟となり、前世での有名な香港の映画俳優と同じで問題無いとは思うが…
この世界は地球とは大きく違うし、漢字を使う国も無いからなぁ…
私は一旦治療院に戻り、登録可能な名前が〝ユーリ〟だけである事をパティさんに伝える事にした。
────────────────
「…てなワケで、マークさんとの話し合いの結果、中華料理名を短くしただけの名前で登録可能なのは〝ユーリ〟だけでした。勿論、他の名前も登録可能ではありますが、ギルドでルディアさんが私の作る中華料理を再現しようと試行錯誤してるそうなんです。で、再現してギルドのメニューになった場合… 油淋鶏からユーリ、回鍋肉からホイコー、炒飯からチャーハ、青椒肉絲からチンジャオ、八宝菜からハッポー、焼売からシューマ、小籠包からショーロンって名付けたのは明らかになりますよね? まぁ、ユーリはロザミアにも何人か同名の人が居るそうなんで珍しくない名前だし、語呂も悪くありませんからね。これならタルキーニの役所でも受理されるだろうって事です」
私の説明を聞き、ジャックさんは『やっぱりなぁ…』ってな感じで苦笑。
パティさんは納得出来ないって表情だったが…
「パティさん… 仮にですが、自身の名前が〝ラーメン〟とか〝ギョーザ〟だったとして、納得しますか? 略してるとしても、その名前が料理を連想する名前だとして嬉しいですか? 名前って、一度登録すると簡単には変更出来ないんですよね? 正当な理由が無ければ尚更ですよね? 仮にですけど、私達の間だけでラーメンやギョーザが知られてて、パティさんの名前がラーメンとかギョーザだったら、どう思います? ラーメンやギョーザって料理が広まらなければ気にする必要は無いと思いますけど、後からでもラーメンやギョーザって料理が広まったら─」
「言わないでぇえええええっ!!!! 今、話を聞いて後悔してるからぁああああっ!!!!」
その後、パティさんはジャックさんが必死に慰める程、安易な名付けを後悔していたのだった。
【追記】
ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさん、ライザさん、ルディアさん、アリアさんは、事の顛末を聞き、パティさんのネーミング・センスを非難。
『あまりにも安直』とか『子供の将来を考えていない』等と言われ、落ち込んでいた。
最終的に、ジャックさんとパティさんの長男は〝ユーリ〟に決まったのだが、3人目が生まれた場合の名付けはパティさん以外の親族に一任される事が満場一致で可決。
パティさんは『親なのに名付けに参加出来ないのは不当』と訴えたが…
ネーミング・センスの酷さを理由に訴えは却下されたのだった。




