第241話 ミリアンちゃん、お姉ちゃんになる
私は木工業者のグランツさんの元を訪れ、全体の建設よりも分娩室の完成を優先して貰う事を提案。
グランツさんもパティさんの出産予定日が近い事を理解してくれて、最優先で分娩室の完成に尽力してくれた。
その甲斐あって、出産予定日の前日には分娩室が完成する事になっている。
そしてパティさんの出産予定日も近付き、私達…
と言っても、殆ど私とアリアさんに限られるのだが、忙しい日々を送っていた。
なにしろホプキンス治療院としては、全てが初めての事なんだからな。
「一応、何も問題が無ければ来週には生まれると思いますけど… 今の時点で、お腹に痛みはありませんか?」
「う~ん… 痛みと言うより、たま~にお腹が張る感じかな? これはミリーちゃんを産んだ時も感じたわね。この感じの間隔が短くなっていって、だんだん痛みに変わるのを〝陣痛〟って言うんだっけ?」
私の質問にパティさんが答える。
その答えに私は頷く。
「そうです。で、徐々に痛みの間隔が短くなりつつ強くなりますね。まぁ、パティさんは2度目ですので、ミリアンちゃんの時よりは軽いと思いますよ? それに、私が痛みを軽減する魔法を掛けますしね♪」
言って私はウインク一つ。
すると、パティさんに付き添っているジャックさんが聞いてくる。
「やっぱり初産の時より、2度目の方が軽いんだね? ところで、お産はこの部屋で? なんか色んな機材があって、僕やお義母さんが居たら邪魔にならないかなぁ…?」
うん、言いたい事は解る。
ホプキンス治療院の部屋は1部屋20畳(家主である私の部屋は40畳)の広さだが…
ベッドや分娩台、机や椅子にパティさんの私物、更にはテーブルやソファー等、日々を快適に過ごせる様に様々な物が置いてある。
そこに、出産の立ち会いとしてジャックさんやジュディさん(パティさんの母親)が居ては、お産の邪魔になるのではないかとのジャックさんなりの気遣いなんだろう。
が、そんな事は気にしなくて良いのだ。
「それなら心配いりませんよ? 実は木工業者のグランツさんって人にお願いして、増築中の建物に先行して分娩室の完成を急いで貰ってるんです。今週中には完成するので、来週の出産には新しく出来た分娩室を使います。なので、立ち会い出産は可能ですよ?」
私が言うと、ジャックさんはホッとした表情になる。
「そうなんだ… それなら安心かな…? ところで、出産の立ち会いなんだけど…」
と、ここで部屋の外が騒がしくなる。
「だ~か~ら~、モーおばちゃんはモーおばちゃんなの~!」
「ミリーちゃ~ん、違うよぉ~! 私は28歳になったばかりなんだから、お姉ちゃんなの~!」
「ちがわないもん! ママのおねーちゃんはおばちゃんだもん!」
「ミリーちゃぁああああん…」
またやってたんかい…
毎日毎日、よく飽きないモンだな…
そう思っていると、ドアがガチャッと開き、ミリアンちゃんとモーリィさんが入ってくる。
モーリィさんの目からは、滝の様に涙が…
泣いてたんかい…
そんなモーリィさんを振り返りもせず、ミリアンちゃんはパティさんに抱き付く。
「ママ~♪ おとーとかいもーと、いつうまれるの~?」
パティさんは、そんなミリアンちゃんの頭を優しく撫で…
「来週、生まれるんだって♪ エリカお姉ちゃんとアリアお姉ちゃんが手伝ってくれるから、楽しみに待っててね?」
と、ニッコリ笑って答える。
ミリアンちゃんは少し考え、ハッキリと言う。
「ミリーもおとーとかいもーとがうまれるトコ、みたい! ねぇママ、いーでしょ?」
うん… ミリアンちゃん、好奇心旺盛な時期だしねぇ…
パティさんとジャックさんが、不安気に私を見る。
なるほど… ミリアンちゃんの出産に立ち会ったジャックさんが失神した事を気にしてるんだな?
「ミリアンちゃんが立ち会いたいって言うなら、私は反対しませんよ?」
私が言うと、パティさんとジャックさんは目を丸くして驚く。
勿論、ミリアンちゃんは『やった~♪』と、大喜び。
しかし、パティさんとジャックさんは…
「いやいやいや! 出産シーンを見て、ジャックちゃんが失神したんだよ!? まだ6歳のミリーちゃんには刺激が強過ぎるんじゃない!?」
「そうだよ! 僕は当時16歳だったけど、それでも出産シーンはショッキングだったんだよ!? 6歳のミリアンがあんなシーンを見たら、トラウマになるんじゃないの!?」
まぁ、言いたい事は解る。
前世でも、出産に立ち会った旦那さんが出産シーンのエグさと言うか、壮絶さに失神した例は多い。
だが…
「ミリアンちゃんにはパティさんの手を握って応援して貰います。それならショッキングなシーンを見る事もありませんし、トラウマにもならないでしょう? その上で自身の弟か妹が生まれる瞬間に立ち会えるんですから、感動もひとしお… 一生の思い出になりますよ♡」
私の説明に、パティさんもジャックさんも納得顔で頷いてくれた。
その後はパティさんとジャックさんの、新たに生まれる子供の名前を考えるのに延々と付き合わされたのだった。
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「はいっ! いきんで~! 呼吸法も忘れないで~! はい、ヒッヒッフー… ヒッヒッフー… 良い感じですよぉ~、もう少しですからね~。もう少しで赤ちゃんの頭が………… 出てきましたよ! この感じなら、会陰切開は必要なさそうですね… でも、少し回旋異常が見られますね。アリアさん、キーラン鉗子を…………」
私は手を出し、アリアさんに鉗子を求める…
が、返事は無く、不審に思った私がアリアさんの方を見ると…
失神して倒れてやんの…
まぁ、出産シーンって、結構衝撃的らしいからなぁ…
私は性格上、何とも思わないんだが…
普通の人… とりわけ初めて見る人にとっては、かなりショッキングなシーンらしい。
知らんけど…
ともかく私は失神したアリアさんをベッドに寝かせ、キーラン鉗子を手に取る。
そして…
「ほぎゃぁああああっ! ほぎゃぁあああああああっ!」
「あかちゃん、うまれた!?」
パティさんの手を握りながらミリアンちゃんが声を上げる。
「無事、生まれましたよ♪ 元気な男の子です、おめでとうございます♪」
私は赤ちゃんを取り上げ、パティさんに抱っこさせる。
パティさんが赤ちゃんをあやしてる間に胎盤と臍帯が娩出されるのを待つ。
ややあって胎盤と臍帯が出てきたので、私は処理していく。
その間、パティさんは赤ちゃんを抱っこしながら背中を撫で、ジャックさんとミリアンちゃんは優しく赤ちゃんの頭を撫でている。
やがて胎盤と臍帯の処理が終わり、私は赤ちゃんをパティさんから受け取る。
「赤ちゃんは今から沐浴です♪ 温かいお湯で綺麗にしますから、しばらく待ってて下さいね♪」
言って私はお湯を溜めた小さな浴槽に赤ちゃんを連れていく。
ここで、ようやく失神から覚めたアリアさんが、申し訳なさそうに沐浴を手伝う。
「エリカさん、すみません… 出産シーンがあんなにエグいとは思わなかったモノですから…」
「まぁ、気にしないで下さい。出産を見て失神するのは珍しい事じゃありませんから。事実、ジャックさんも初めて立ち会った時は失神したそうですからね」
不意に名前を出されたジャックさんは、気恥ずかしそうに頭を掻く。
「いやぁ~、僕もあんなにエグいとは思わなかったからね… 今回は2回目だから、さすがに失神しなかったけど… それでもキツいとは思ったなぁ… だから、アリアちゃんだったっけ? 彼女が失神するのも無理はなかったんじゃないかな?」
精神的に疲労困憊と言った2人とは対照的に、ミリアンちゃんは私が沐浴させている赤ちゃんに夢中。
「エリカおねーちゃん、あかちゃんきもちよさそ~だね~♪」
私はニッコリ笑って応える。
「ですよね~♪ それからミリアンちゃん、今日からお姉ちゃんですね♪ お姉ちゃんとして、弟クンを可愛がってあげて下さいね?」
「うん! ミリー、あかちゃんかわいがる♪」
私が言うと、ミリアンちゃんは満面の笑みで応えたのだった。




