第239話 モーリィさんも、姪っ子には勝てません
私は1日の診療が終わってから、あるいは食事の合間、入浴中や寝るまでの時間を使い、パティさんに方言のレクチャーを行った。
当然… なんだろうか、パティさんからはクレームが入る。
「プリシラさんと会って話す事なんて滅多に無いんだから、わざわざプリシラさんの方言を覚える必要は無いと思うんだけど…?」
「でも、覚えておいて損は無いでしょ? わざわざ通訳を通すより、直接話した方が話が早いですしね? それに、もしかしたらパティさんがプリシラさんに何かしら台所用品とか生活必需品とかの作成を依頼するかも知れないじゃないですか? ジャックさんをロザミアに移住させようって思ってるんでしょ? それを考えると、やっぱりプリシラさんの方言を覚えておくのが正解だと思うんですけど、違いますか?」
私はパティさんのクレームに対し、捲し立てる様に持論を展開する。
「た… 確かにジャックちゃんをロザミアに、とは言ったけど…」
「でしょ? なら、パティさんの家族が何処に住むかは判りませんけど、ロザミアに住む以上はプリシラさんとも頻繁に… とまでは言いませんが、それなりに関わる筈ですよね? だったらプリシラさんの方言は、覚えて然るべきなんです!」
私の力説に、パティさんは半ば諦めた様に頷く。
何故、そんな疲れ切った表情…?
「それで良いわ… プリシラさんの方言、教えてちょうだい… ただし、条件が1つ… モーリィとミリアさんも一緒に教わる事… 2人もプリシラさんの方言、理解出来ないんでしょ…?」
私は二つ返事で引き受け、その日の夜から3人への広島弁講座を始めたのだった。
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「なんで私達までプリシラさんの方言の勉強しなくちゃいけないのかしら…?」
「だよねぇ… まぁ、私も武器のメンテ頼むから、プリシラさんの方言が解れば話がスムーズに進むだろうけど…」
そして何故かアリアさんとライザさんも、私の〝プリシラさんの方言講座〟を受けに来ていた。
「アリアさんとライザさんは、王都からロザミアに帰る道中、プリシラさんやミラーナさんから方言を教わったんじゃ…?」
私が聞くと、2人はフルフルと首を振り…
「確かに教わりましたけど、ライザさんの速度ですからねぇ… 馬車なら20日掛かりますから、それなりに覚えられたんでしょうけど…」
「だよねぇ… ボクもアンドレ様を乗せてたのと、プリシラさんの荷物がグチャグチャにならない様に、急加速や急減速を抑えてた関係から全速で飛ばなかったんだけど… 途中の宿場町に寄れたのって、2ヶ所しか無かったからさ… あんまり勉強出来なかったんだよねぇ…」
「だから、ちょっとした方言の意味は覚えましたけど、通訳出来るだけの知識は無いんですよ…」
「アリアちゃんは移動中にプリシラさんやミラーナさんから教わっただろうけど、ボクは宿屋で教わっただけだから…」
うん、納得。
かくして私は5人に対してプリシラさんの方言を教え始めた。
ちなみにルディアさんはと言うと…
『私はプリシラさんとは殆ど会わないし、会うとしてもギルドの食堂で注文を受け付けるぐらいだから、方言を知らなくても問題無いわよ?』
と、特に教わる必要無しと判断。
私も納得した。
そして、広島弁講座を始めて数日後…
ルディアさんが講義の席に座っていた。
「ルディアさん… プリシラさんの方言を知らなくても問題無かったんじゃ…?」
私が聞くと、ルディアさんは疲れた表情になり…
「そう思ってたんだけどねぇ… プリシラさん、意外と話し好きみたいなのよ… それに、昼から仕事を始めるからなのか、夜ご飯はラストオーダーの少し前に来るのよ… そんな時間だからギルドに来る人達も少ないし、私の仕事も少ないでしょ? だから、結構話し相手になる事が多くて…」
なるほど…
それでプリシラさんに方言で捲し立てられて意味が解らず、切羽詰まって教えて貰いに来たって事か…
「そうなのよ~… 昨夜なんて、席に着くなり『ルディアちゃ~ん、たちまちエール♪』って言うから、大至急かと思って慌てて持って行ったら…」
「そ~ゆ~意味じゃないと、後で知ったと…?」
「そうなのよ~… 大急ぎで持って行ったら、プリシラさんが唖然として『そがぁに慌てんでもええんよ? エールを持ってきてもろうとるまに、何を注文しようか考えよ~おもうとったんじゃけぇ』って言われて… それもなんとなくしか解らなかったけど…」
「それ… 『そんなに慌てなくても良いですよ? エールを持ってきて貰ってる間に、何を注文しようか考えようと思ってたんだから』って意味ですね。ちなみにですけど、プリシラさんの言った〝たちまち〟って、プリシラさんの方言で〝とりあえず〟って意味ですね」
私が説明すると、ルディアさんは目を丸くして…
「へ…? じゃあ、普段ハンターの人達が仕事わ終えてギルドの食堂に来て、席に着くなり『とりあえずエール♪』って言ってるのと同じだったの…?」
私は無言で頷く。
「じゃあ、逆にプリシラさんが〝とりあえず〟って言った場合は…?」
「逆にそれが〝たちまち〟って意味ですね♪ プリシラさんの使う方言は、〝とりあえず〟と〝たちまち〟の意味が逆転してるんですよ。私の記憶では、意味が逆転してるプリシラさんの使う方言は〝とりあえず〟と〝たちまち〟だけですから、それだけ気を付けていれば大丈夫だと思いますよ? なので、プリシラさんの言葉遣いや特殊な言い回しを覚えれば、問題は無いと思いますよ?」
ルディアさんは納得して頷き、私の〝プリシラさんの方言講座〟を真剣に受講したのだった。
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私が〝プリシラさんの方言講座〟を始めて早くも1ヶ月。
ミリアさん、モーリィさん、アリアさん、ライザさん、ルディアさんは、完璧とは言えないものの、普通に会話するには問題無い程度にプリシラさんの方言を覚え、日常会話で私やミラーナさんが通訳する事は無くなった。
それと同時にパティさんの出産時期も近付き、パティさんの旦那さんであるジャックさんと娘のミリアンちゃんが出産に立ち会う為にロザミアに来たのだが…
「可愛いっ可愛いっ可愛い~っ♡ 何なんですか、このミリアンちゃんの可愛さはっ♡ とてもモーリィさんの姪っ子とは思えないんですけどっ♡」
「ど~ゆ~意味よっ!」
すぱぁあああああああんっ!!!!
「あ痛ぁっ!」
普段の様に後頭部ではなく、背中にハリセンを叩き込むモーリィさん。
後頭部を叩いたら、私の頭が抱き締めてるミリアンちゃんの頭にぶつかるからだろうけど…
結構、痛いぞ…
「エリカおねーちゃん、だいじょーぶ? せなか、いたいの?」
痛みで踞る私の前に屈み込み、心配そうに私の顔を見詰めるミリアンちゃん。
「じゃあ、ミリーがいたくなくなるおまじないしてあげるね♪ いたいのいたいの~、とんでけ~っ♪」
て… 天使や…
天使がここに居る…♡
そしてミリアンちゃんは、モーリィさんに向き直り…
「モーおばちゃん! ひとをたたいたらめーでしょ!? エリカおねーちゃんに、ごめんなさいするの!」
ミリアンちゃんに詰め寄られ、モーリィさんはたじたじ…
まぁ、6歳の幼児に本気で反論出来ないよねぇ…
「ご… ごめんなさい…」
納得出来ない様子で、仕方無く謝るモーリィさん。
気持ちは解らないでもない…
が、それにしても…
「モ… モー伯母ちゃん…? た… 確かにモーリィさんはパティさんの姉だから、ミリアンちゃんからしたら伯母だけど…」
「わ… 私と同い年のモーリィが… お… 伯母ちゃんって…」
「け… 結構、衝撃的ですよね…?」
「ボ… ボク… 笑って良いのかな…?」
「……………………!」
ミラーナさん、ミリアさん、アリアさん、ライザさんは、必死に笑いを堪えているが、ルディアさんはツボに嵌まったのか腹を抱えて床に突っ伏している。
そしてモーリィさんは、伯母ちゃん呼ばわりされたのがショックだったのか、私に謝った後は魂が抜けた様に放心状態だった。
【追記】
ちなみに治療院のメンバーのミリアンちゃんからの呼び名は…
私=エリカ・・・エリカお姉ちゃん
ミラーナさん・・ミラーラお姉ちゃん
ミリアさん・・・ミーアお姉ちゃん
アリアさん・・・アリアお姉ちゃん
ライザさん・・・ライザお姉ちゃん
ルディアさん・・ルディーお姉ちゃん
モーリィさん・・モー伯母ちゃん
で、完全に固定。
モーリィさんは、何度も『伯母ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんって呼んで!』と頼んだのだが…
ミリアンちゃんから『ママのおねーちゃんだからおばちゃんなの!』と言われ、シクシク泣いていたのだった。




