第238話 パティさんと、プリシラさんの方言
私はプリシラさんに〝プリシラ製顕微鏡〟の作成続行を改めて依頼。
当然の事ながら〝サミュエル製顕微鏡顕微鏡〟はキャンセル…
と言うか、最初から頼んでないんだけどね…
「えぇと… じゃあ、このサミュエルって人が作った顕微鏡って…?」
パティさんはサミュエルさんが作った顕微鏡──モドキ──を指でツンツン突つきながら聞く。
「私が思うに、サミュエルさんなりに挑戦してみたんだと思いますよ? で、挑戦して作ってみたは良いけど、その出来映えの悪さにキレたプリシラさんがハリセンでブッ飛ばしたってトコでしょうね」
「ピンポーン♪」
私が想像を述べると、プリシラさんはサムズアップして満面の笑顔。
をいをい…
それでアンタ、サミュエルさんの首を折ってるんだぞ?
サミュエルさんなりに努力してるんだろうに、ちょっと理不尽でないかい?
「いやまぁ、ほぅかも知れんのんじゃが…」
と、ここで事情を知らないパティさんを意識してか、プリシラさんは私にだけ聞こえる様に小声で話す。
(仮にもウチの工房で10年修行したんじゃけぇねぇ… ほんでこさえたんがこんなんじゃろ? そりゃ~こらえられんのもしょ~がなぁと思わんけ?)
「そりゃ、プリシラさんの言いたい事が解らないとは言いませんけど、それにしてもやり過ぎでしょ? ハリセンでブッ飛ばされた衝撃なのか、地面に叩き付けられた衝撃なのかは判りませんけど… サミュエルさん、首の骨が折れてるんですよ?」
私は特に気にする必要が無いので普通に話す。
(ほぅかも知れんのんじゃが、やっぱ職人としては、こがぁな手抜きはこらえられんけぇねぇ…)
(プリシラさん… 職人気質なのが悪いとは言いませんけど、少しは冷静になって下さい… サミュエルさんは60年前からの弟子だし、ある意味で慣れてるかも知れませんけど…)
60年前から…
この部分はパティさんに聞かれてはマズいと思い、私も小声で話す。
が、続きは聞かれても良いので普通に話す。
「弟子に対してこんな対応ばっかりしてたら… サミュエルさん以降、誰もプリシラさんの弟子になりたいって人は現れないかも知れませんよ?」
(うっ… それを言われるとのぅ… ここだけの話じゃが、50年程前にサミュエルがケツまくってから誰も… っちゅ~ワケでもなぁんじゃが、弟子入り希望するんが少なぁなっとってのぅ… たまに弟子入りしたいっちゅ~んが来ても、いつぃき何日か… 持っても10日前後でケツまくるんよのぅ…)
当たり前だよ…
何かしら手抜き… は仕方無いとして、ちょっとしたミスでもシバき倒されるんだったら、もっとユルい工房の弟子になろうって思うだろうからな…
てか、プリシラさんが厳し過ぎるんだよ…
まぁ、プリシラさんの考えも理解出来なくはないが、突出したプリシラさんの鍛冶師としての実力を、他の平均的な鍛冶師に求めるのはなぁ…
手抜きはともかく、多少のミスはいきなりブッ飛ばすんじゃなくて、何故ミスをしたのか、そのミスを繰り返さない様にするにはどうすれば良いかを一緒に考えてあげなくちゃだろ。
「そ~ゆ~モンなんかのぅ…? ウチゃ、サミュエルの仕事を見とっていつぃき思ぅとるんが、なしてこがいな簡単な事がでけんのかって事なんよねぇ…」
「そりゃ~しょうがなぁでしょ? プリシラさんはドワーフで、サミュエルさんは普通の人間なんですけぇ… 基本的な実力が違うんじゃけぇ、プリシラさんとおんなじ実力を求めよったらつまらんでしょ? たちまち落ち着いて、一からサミュエルさんをまげな鍛冶師に育てたってつかぁさ──」
「ちょっと待って!」
突然、パティさんが私とプリシラさんの間に割って入る。
「2人の会話だから、こんな事を言うのは間違いかもだけど! とにかく何を言ってるのか解らないから、もう少し私にも解る言葉で話してくれない!?」
いけね…
途中までは普通に喋ってたけど、いつの間にかプリシラさんに釣られて広島弁で話してた…
でも、私はともかくプリシラさんは…
「いやぁ~、スマンのぅ… ウチゃ、もうちぃとしたら400歳んなるんじゃが、いつぃきこがぁな話し方じゃったけぇ、今さら話し方を変えるんは無理じゃのぅ… じゃけぇ、ウチん言葉がわからん時ゃ、エリカちゃんに聞いてくれんね?」
私が通訳するんかいっ!
いや、待てよ…?
「ま、こ~ゆ~場合は仕方無いですね。でも、ミラーナさんもプリシラさんの広島弁を理解出来てるみたいですから、ミラーナさんがパティさんと一緒に居る時はミラーナさんにも通訳をお願いしておきますね?」
私だけでは負担が大きいと思ったので、とりあえずミラーナさんにも手伝って貰おう。
有無は言わせない。
出来る人に仕事… では無いが、出来る事を振り分けて負担を減らすのは必然だからな。
「ちなみにですけど、私とミラーナさん以外にプリシラさんの方言を理解出来る人って…?」
私が聞くと、プリシラさんは少し考え…
「そう言やぁ、王都からロザミアに来る道中… っちゅ~か、空中と宿屋でウチの方言をレクチャーしよったのぅ… アリアちゃんとライザちゃんじゃったか? まぁ、ライザちゃんは宿屋だけのレクチャーになりよったけぇ、アリアちゃんの方がちぃたぁくわしゅうなったかも知れんかのぅ?」
よっしゃ!
これで少なくとも治療院での通訳は私だけが担う必要は無くなった!
プリシラさんの工房とか街中でも、パティさんがミラーナさん、アリアさん、ライザさんの誰かと一緒に行動する限りは私の負担が減る!
「そうは言っても、私と行動を共にするのってエリカちゃんが主じゃない? アリアちゃんも魔法医だけど、お産や妊婦に関する知識を持ってるのはエリカちゃんだけなんでしょ? なら、アリアちゃんと2人っきりで出掛けるのは、万が一を考えると無くない? そもそもミラーナさんやライザちゃんは魔法医じゃないから、一緒に出掛けるとしてもエリカちゃんが同行する必要があるだろうし… となると、プリシラさんと話す機会がある時って、ほぼ間違い無くエリカちゃんも居るって事よね?」
「あ……………」
パティさんの指摘に、思わず絶句する私…
そりゃそうだ。
出掛けてる時に産気付いたり、陣痛が起こった場合、現状では私しか対処出来ないんだった。
となると、必然的に私がプリシラさんとの会話を通訳するパターンが多くなる。
余計な仕事が増えるなぁ…
いや、仕事ぢゃないけどさ…
「でもまぁ、通訳して貰う事は滅多に無いかな?」
「へっ?」
「だってホラ、私は基本的に治療院の中。それも2階から上で過ごしてるでしょ? 今日みたいに昼食を外で摂る事はあるけど、毎日ってワケでもないし。それに、今日みたいにプリシラさんの工房を訪れる事や、街中でプリシラさんと顔を会わせる事なんて殆ど無いんじゃないかな?」
そう言われてみれば、確かにそうかも…
プリシラさん、基本的には工房の中で過ごしてるし、外に出るのは食事とかサミュエルさんを治療院に連れて来る時ぐらいなモンだし…
「だからエリカちゃんに限らず、私にプリシラさんの方言を通訳する事は滅多に無いと思うわよ? ついでに言えば、治療院にプリシラさんが来ても通訳する必要は無いと思うしね」
へっ?
それって… ど~ゆ~事だ?
首を傾げる私に、プリシラさんが成る程とばかりに納得顔で続きを話す。
「あぁ~、ほぅじゃのぅ♪ ウチがサミュエルを治療院に連れてったら、何があってサミュエルをシゴウしたかをエリカちゃんに言やぁええだけじゃしのぅ♪ わざわざパティちゃんに通訳する必要はなぁわのぅ♪」
確かに…
それを考えると、通訳を頼まれたものの、実際に通訳する事は少ないって事か…
しかし、それはそれで何だか頼まれた仕事が〝滅多に車が通らないド田舎での交通量調査〟みたいな感じで納得いかなかったりする。
てなワケで、私は空いた時間を使い、パティさんに方言をレクチャーする事にしたのだった。




