第233話 料理に貪欲なパティさん
「ねぇねぇエリカちゃん♪ エリカちゃんって料理上手なんでしょ? モーリィに聞いたわよ? で、お願いがあるんだけど~」
パティさんが治療院に入院した翌日。
彼女は朝から青椒肉絲を完食し、朝の部の診療が終わるまで自室でゴロゴロしてたのだが…
って、自室と言えば聞こえは良いが、単に治療院の3階に在る使ってない二部屋の内の一部屋を、パティさんの入院部屋として使ってるだけなんだけどね…
それはともかく、朝の部の診療が終わると同時にパティさんから詰め寄られた。
「私に料理、教えてくれないかな? 私も料理は得意な方なんだけどさ、エリカちゃんが作る料理みたいなのは知らないのよね。旦那や子供にも食べさせてあげたいしさ。ダメかな?」
なるほど…
私の作る和食や中華料理に興味を抱き、そのノウハウを知りたい。
で、旦那さんや子供にも和食や中華料理を食べさせてやりたいってか。
私利私欲で教えて欲しいんじゃなく、純粋に家族に旨いモノを食わせてやりたいってんなら、いくらでも教えますよ♪
「それじゃあ今日の昼食、一緒に作ってみますか? 今日の予定は拉麺と炒飯ですけど…」
「ら… らーめん? ちゃーはん? 初めて聞くんだけど…?」
だろうなぁ…
けどまぁ、そんな事はどうでも良い。
作って食べてみれば良いんだよ。
────────────────
「ん~~~、美味しかった~~~♡ らーめんを食べる時に使う箸ってのが使い難いけど、これは慣れるまでの辛抱って感じかな? ちゃーはんを食べる時に使うれんげはスプーンに似てるけど、ちょっと感覚が違うかな? まぁ、特に問題は無いけどね♡」
パティさんは箸の使い方に苦労しつつも、拉麺と炒飯の美味しさに感動しながら完食。
作り方を教えた時も、しっかりメモを取りつつ自ら実践してたので問題は無い。
てか、私が作った拉麺と炒飯はパティさんとアリアさんが食べたのだが、パティさんが作った拉麺と炒飯は私が食べて問題無しと判断。
これなら旦那さんや子供に食べさせても美味しいと言って貰えるだろう。
しかし…
「作り方とかは理解したんだけど… 炒飯はともかく、拉麺はロザミアじゃないと作れなくない? この麺だけど、パスタとは違うよねぇ? タルキーニでは手に入らないんじゃないかな?」
と、拉麺に使った麺に疑問を呈する。
「そうですね。今回の拉麺に使った麺は、私が一から作った物ですから、タルキーニでは勿論ですが、ロザミアでも手に入りませんよ? まぁ、作り方を教えるのは吝かではありませんが…」
「教えてっ! 私、再現したいっ! この麺の歯応えもだし、細いのにスープがよく絡むし! パスタには無い縮れ麺ってのにも興味あるし!」
目の色を変えて…
と言うより、目を血走らせて迫るパティさん。
少し落ち着け。
「そんなに難しくありませんよ。ただ、麺を作る時に力が必要ですけど、パティさんは魔法で腕力を強くする事は可能ですか?」
「それぐらい簡単よ♪ 子育てには力仕事も多いからね。使い慣れちゃった♪」
にこやかに頷くパティさん。
「なら、大丈夫ですね。じゃ、実際に作ってみましょう♪ 材料は、ここにある小麦粉、鶏卵、塩です」
「へ? これだけ? もっと色々練り込んでると思った…」
「これだけですよ。じゃ、早速始めましょうか♪」
そして、私の指導でパティさんの中華麺作りが始まった。
────────────────
「け… 結構、疲れるのね… で、これからどうするの…?」
小麦粉に鶏卵、塩、水を加え、練って練って練りまくったパティさんは、疲労困憊の様子。
麺にコシを出す為だから仕方無いけど…
魔法で腕力や持久力を上げてるとは言え、さすがに2時間も麺の元を捏ねるのは疲れるわな…
まぁ、捏ねた後は、しばらく生地を寝かせる予定だったから丁度良いかも。
「お疲れ様でした♪ 捏ねた生地は、しばらく放置します。これを〝寝かせる〟って言うんですが、こうする事で麺にした時にコシが強くなるんです。この後、この麺棒で生地を伸ばし、折り畳むかクルクル丸めて包丁で細く切るんです」
「へぇ~… そんな棒を使うのね? 伸ばすってのが、いまいち解らないけど…」
「やってみたら解りますよ。で、伸ばして折り畳んだ、あるいは丸めた生地を切って麺状にするのが、この包丁です」
言って私は〝麺切包丁〟を見せる。
「何これ!? 初めて見る包丁なんだけど? こんなの、ロザミアの金物屋でもタルキーニの金物屋でも見た事ないわよ!?」
そりゃそうだろ。
これは私の前世の記憶から、最近プリシラさんに注文して作って貰った特注品なんだから。
「最近ロザミアに来た、プリシラさんってドワーフの鍛冶師に作って貰ったんですよ。麺切包丁は刃渡りが長く、柄の下まで刃が伸びているのが特徴です。また、まな板との隙間を生まないように刃に全く反りが無く、剣みたいな切っ先もありません。麺を切るときは、麺の上に乗せたガイドとなる板(こま板)などに沿って動かし、小刻みに麺を切っていきます。この運動を助けるために重く作られているんです。
刃の前端部分にも刃が付けられていますが、これは切る為ではなく、切った後の麺を掬い取るスクレーパーの役割を持たせている為なんですね」
「ちょっちょっちょっ! 情報過多っ! 一気に説明されても理解が追い付かないわよっ!」
私が一気に説明すると、パティさんは慌てて制止する。
しまった、私の悪いクセが出たな…
私は他人に説明する時、とにかく全部話さないと気が済まない性分なのだ。
前世でもその事で揉めた事もあるっちゃ~あるけど…
まぁ、全てを説明してた事で、結果的には丸く治まってたけどな。
「とりあえず今日の夕食で仕上げを覚えて貰いますので、それまで休んでて下さい。麺以外の具材の作り方は、次の機会にしましょう。一気に説明しても、さすがに覚え切れないでしょうからね」
「確かにね… スープだって、お昼に食べたしょーゆ味だけじゃなくて、塩とかみそとかとんこつとか、いろいろな種類が在るんでしょ? らーめんって、奥深いのねぇ…」
そうなんだよなぁ…
私も前世では、様々な味やトッピングを試しては失敗を繰り返したモンだ。
特に豚骨拉麺を一から作った時は、その臭いで近所の人から苦情が殺到し、謝り倒したのも今となっては良い思い出だ。
「家庭で作るなら醤油、塩、味噌が作り易いですかね? 醤油も味噌もロザミアでは普通に出回ってるので、タルキーニで手に入らなくても手紙で知らせてくれれば送りますよ」
「じゃあ、ロザミア滞在中にわしょくとちゅーかりょーり、出来るだけ教えてね♪ タルキーニに帰ったら、頑張ってエリカちゃんの味を再現するから! 旦那や子供に食べさせてあげたいし! あ、子育てが落ち着いたら、食堂を経営しても良いかも! ロザミアでなららーめんもちゃーはんも食べられるかもだけど、タルキーニじゃ食べられないモンね! 作り方を知ってるのがタルキーニで私だけなら、人気を独占して繁盛するのは間違い無し! ロザミアとタルキーニはニュールンブリンクの大森林を挟んで距離もあるし、簡単にノウハウは盗まれないよね! タルキーニで唯一のちゅーかりょーりを提供する食堂をオープンさせて─」
「ちぃたぁ落ち着かんかぁあああああいっ!!!!」
すぱぁあああああんっ!!!!
私のハリセンの一撃がパティさんの脳天に炸裂。
勿論、お腹への影響を考えて、吹っ飛ばす様な一撃ではない。
ノーマルなハリセンを使用し、垂直に振り下ろす。
当然ダメージは無く、単に叩かれた部分が痛いだけ。
「ご… ごめん… 私、料理が好きだからテンション上がっちゃってた…」
「上がり過ぎですよ… まぁ、タルキーニで食堂を経営するのも良いですし、私が考案した料理を提供するのも良いですよ? ところで、タルキーニって魚は簡単に手に入りますか?」
私が質問すると、パティさんは首を傾げながら答える。
「魚? うん、ロザミアとノルン程は近くないけど、馬車で4時間だったかな? カペリって漁村が在るから、魚は簡単に買えるわよ?」
「なら、私だけじゃなく、ルディアさんにも料理を教わると良いですよ? 昨日から夜番でギルドに泊まり込みなんですが、明日は非番ですし治療院も休診日なんです。なので、まるっと1日、料理の勉強会と行きましょうか♪」
私の提案にパティさんは…
「ルディア… って、誰…?」
あ、説明するの、忘れてたよ…




