第232話 パティさん、無茶苦茶言わないで下さい…
「エリカちゃん、酷いよぉ… 依りにも依ってライザちゃん仕様のハリセンで叩き飛ばすなんてぇ…」
身体中を擦りながら、ブツブツ言うモーリィさん。
ハリセンでブッ飛ばしたのは昨夜なのに、まだダメージが残ってたか…
まぁ、モーリィさんだから良いけど…
「何を言ってんですか。私に料理を作らせようって魂胆で、私の料理の腕前をパティさんに話したんでしょ? それならハリセンの一発ぐらい、食らう覚悟があっての事でしょ?」
私は朝食に青椒肉絲を作りながらモーリィさんに文句を言う。
って、朝から青椒肉絲は重いかな~とは思うんだけど、モーリィさんから話を聞いたパティさんにリクエストされたんだから仕方無い。
「それは… ハリセンを食らうかもな~ってのは、何となく分かってたけど… まさかライザちゃん仕様のハリセンとは思わなかったけどね…」
「だったら文句なんて言ってないで、さっさとスープを作って下さい。治療院に入院したばかりのパティさんに、幻覚の見えるミラーナさんの料理を飲ませるワケには─」
すぱぁああああああんっ!!!!
がごんっ!
突然、私の後頭部に衝撃が走り、その勢いでシンクの角に顔面を打ち付ける。
「あだだだだっ! 鼻打った、鼻っ!」
あまりの痛みに私はもんどり打って倒れ、床をのたうち回る。
「あ~… ちょっと強く叩き過ぎたかな? でもまぁ、アタシの作る料理を貶したんだから、ハリセンの一発ぐらい、食らう覚悟があっての事だろ? モーリィさんにも同じ事を言ってたしな」
いつの間にかキッチンに来てたミラーナさんが、手に持ったハリセンで自身の肩をポンポン叩きながら言う。
「あだだだ… ふぉりゃふぁあ、ひふのふぁにかひかふにひへたミラーナひゃんにハリセンでふぁふぁかれるのは何度も経験してまふけど……… って、ふぁなふぁ折れふぇるやないれふかっ!」
言いつつ私は自分の鼻を診療し、折れた鼻に治癒魔法を掛ける。
「まったくもう… ハリセンで叩くのは良いとして、せめて治癒魔法を使わなくても済む程度にして下さいよ。不老不死の私だから、この程度で済んでるんですよ? ミラーナさんは自覚してないでしょうけど、普通の人に同じパワーでハリセンを振るったら、殺してるかも知れないんですからね?」
「へっ? アタシのパワーって、そんなに強かったのか? エリカちゃんを何度かブッ飛ばしてるけど、平気だから問題無いと思ってたよ…」
ンなワケ無えだろ…
あんたの持ってる武器、普通の人なら両手で振り回す大剣だろ?
あんた、それを片手で軽々と振り回す腕力なんだぞ?
その腕力で振るハリセンで叩かれたんだぞ?
以前、それで50mぐらい吹っ飛ばされたんだぞ?
そのパワーでハリセンを食らって、その勢いでシンクの角に顔面を打ち付けたんだぞ?
不老不死だから死なないけど、鼻が折れても不思議ぢゃねぇだろ!
「もう少し自分の力を自覚して下さいよ… どんなトレーニングしたのか知りませんけど、ミラーナさんの力は普通じゃないんですからね?」
私が言うと、ミラーナさんは宙を仰ぎ…
「へぇ~~~… アタシって、そんなに力があったんだな… 気にした事なかったよ…」
『へぇ~~~…』って、他人事みたいに言うなよ…
てか気にしろ、頼むから…
なんてやってる内に、モーリィさんの作るスープは完成。
私も急いで青椒肉絲を完成させる。
そして…
「何これ!? これも初めて食べるけど美味しいっ♪ やっぱり私、治療院に住みたいっ! ねぇ、エリカちゃん! 良いでしょ!? お願いっ!」
「いや、だから旦那さんはどうするんですか? 旦那さんの存在を無視したらダメでしょう?」
私が言うと…
「そうだったわ… お寿司を食べた時もだけど、このちんじゃおろーすの美味しさで完全に忘れちゃってた…」
食い物で旦那さんの事を忘れるなよ…
「まぁ、エリカちゃんの作る料理は例外無く旨いからな♪ 治療院に住みたくなるって気持ちも解るよなぁ♪」
ミラーナさんが言うと、ミリアさん、モーリィさん、アリアさん、ライザさん、ルディアさんも、大きく頷く。
そう言ってくれるのは嬉しいけど、現実問題としてパティさんが治療院に住むのは問題だろが。
「はぁ… パティさんが治療院に住むのは無理ですよ… 旦那さんの事もありますけど、今のパティさんはタルキーニの住民なんですよね? イルモア王国… だけじゃありませんけど、別の街… 別の貴族の領地に引っ越す──移住するには、それ相応の理由が無ければ簡単には引っ越せませんよね?」
私が言うと、パティさんは口を噤む。
「パティさんがロザミアからタルキーニに移住出来たのは、タルキーニ在住の旦那さんと結婚したからでしょう? 結構離れた街だし、どうやって出会って結婚にこぎつけたのかは興味もありませんし聞きませんけど─」
「いや、そこは少しぐらい興味を持ってくれても良いと思うけど…」
なんか抗議の声が聞こえたけど無視。
「ともあれ、元はロザミアの住民だったかも知れませんが、今はタルキーニの住民になったパティさんです。簡単にはロザミアに引っ越せないんじゃありませんか? ましてや、その理由が私の料理だって言うなら尚更でしょう?」
「確かにな… 大抵の国じゃ、住民が住む街を変更するのに制限を掛けてる。その主な理由は、その街──領地を管理する貴族の税収に関わるからだけどな。例外は仕事と婚姻だ。職業を選ぶ自由と婚姻の自由には、さすがに制限は掛けられないからな」
私が言うと、ミラーナさんが頷きながら補足する。
すると…
「ところでパティ、旦那さんの仕事って何だっけ? 仕事次第じゃ、巧くすればロザミアに移住出来るかも知れないわよ?」
ミリアさんが不穏な事を言う。
「私の旦那の仕事ですか? タルキーニのハンターギルドで事務局員やってますけど…」
「ハンターギルドの事務局員か… 事務局長とか、それなりの立場なら移動は難しいだろうけど、一般の事務員なら…」
ミラーナさんの言葉に、パアッと明るい表情になるパティさん。
「私の旦那がタルキーニのハンターギルドに転属願いを出して、ロザミアのギルドへの転属を希望したら移住出来るかも知れないんですね? なら、早速手紙を書いて─」
「少し落ち着いて下さいよ… 慌てて行動を起こさなくても、パティさんは出産が終わってから1ヶ月ぐらいはロザミアに留まるんでしょ? それに、旦那さんの気持ちを無視したらダメでしょう? 旦那さんがロザミアへの移住を是とするのか否とするのかも判らないんですから…」
私が呆れた様に言うと、パティさんは…
「あぁ~~~… そこまで考えてなかったよぉ~~~… エリカちゃんの作る料理の美味しさにばっかり意識が行ってた~~~…」
少しは考えろ、頼むから…
旦那さんが気の毒だよ…
私は肩を落とし、パティさんに言う。
「とりあえず… と言って良いか解りませんけど、今は出産の事に意識を集中して下さい。後3ヶ月前後で赤ちゃんが生まれるんですからね? 安定期に入ってるとは言え、油断は禁物なんですからね?」
「はぁ~い…」
気の無い返事をするパティさん。
真剣に考えろよ、マジで…




