第227話 新人ハンターの指導をミラーナさん達に振ろうとしたら…
「春になると冬眠してた魔獣が動き出すからか、怪我をするハンターが増えますねぇ…」
朝の部の診療を終え、ギルドの食堂で昼食を摂りつつ愚痴るアリアさん。
「仕方無い事ですけどね。冬眠明けは子育ての最中にプラスして、空腹で気が立ってますから。10年も20年もハンター稼業で食ってるベテラン連中は注意を怠りませんけど、経験の浅いハンターや若手なんかは油断しまくってますからねぇ…」
私が言うと、何故か一緒のテーブルで昼食を摂っているマークさんが口を挟む。
「若い連中って言うか… ハンターに成り立ての頃は、ハンター稼業ってのを舐めてるヤツが多いんだよ。いや、自分の力量を見誤ってるって言った方が良いかもな。まったく、人間相手の模擬戦と魔獣相手の実戦… いや、人間や魔獣に限った事じゃないんだが、とにかく模擬戦で優秀だったからって調子に乗って、実戦で現実を知るヤツが多過ぎるんだよなぁ…」
マークさんの愚痴に私は頷き質問する。
「マークさんの言いたい事は解ります。けど、そう言った事って予想可能ですよね? 新人がハンター登録する際、ギルドで教育と言うか指導したりしないんですか?」
「そりゃ、してるよ。ハンターとして登録するには実力は勿論だけど、最低限の知識も必要だからね。座学でも一定以上の知識を教え込んでるよ。その中には、当然ながら模擬戦と実戦の違いなんかも含まれてる。その違いを理解してなきゃ、まず筆記試験で落とされるからね」
在るんかい、筆記試験…
てか、筆記試験なんかしても、実際のハンティングで活かせなけりゃ意味が無いだろ…
「でも、現実問題として若手のハンター達が治療院を訪れる頻度は多いですよ? これって、座学の効果が薄いって事の証左なんじゃ…?」
私がジト目で言うと、マークさんは宙を仰ぐ。
「そうなんだよなぁ… いくら俺達が口を酸っぱくして言っても、自分の力量を過信しているヤツが多過ぎるんだよ… で、怪我してエリカちゃんに治して貰って叱られて、初めて自分の力量が足りてなかったって自覚するんだよなぁ…」
それはまぁ…
ある意味では怪我の功名とでも言うのかな?
私でも手に負えない様な怪我をして、いきなりハンターを引退しなきゃならないとか…
って、死んでなければ私は治せるんだから、それは無いか…
とにかくだ…
怪我をして治療を受けて現実の厳しさを知り、ハンターとして一皮剥けてくれれば…
とは思うのだが…
「それにしても皆さん、怪我が多過ぎます! いくらエリカさんや私が格安で治療してるとしても、一歩間違えば死んでる様な怪我も多いんですよ!? ギルドも人の命を預かっているって事を、もう少し真剣に考えて欲しいです!」
ををぅっ!
珍しくアリアさんが感情を露に!
まぁ、気持ちは解る。
知識を蓄え、実力を蓄えれば、10歳からハンター登録は可能。
ただ、〝ハンターの街〟と呼ばれているロザミアでは、ギルドに登録している者(主にハンター)は税が免除されてるだけに基準もそれなりに厳しい。
その基準はミラーナさんとマークさんが相談して決めたらしいけど…
それはともかく、その基準をクリアした者が、Fランクハンターとして活動する事が出来る。
ただし、それは最低限であり最底辺の実力と知識が認められただけ。
単にハンターを名乗れるだけに過ぎないのだ。
Fランクでは、魔物や魔獣に襲われた場合の反撃を除き、魔物や魔獣を狩る事は原則禁止。
後から聞いた話だが、その規則を破らない様、それなりの実力を持つギルド職員が指導と監視の意味を込めて付き添うらしい。
が…
「アリアちゃんの言う事も解るんだが、ギルド職員の数も限られてるからなぁ… 全ての新人ハンターのパーティーに指導・監視目的で職員を派遣するのは無理なんだよ… 現役のハンター達に依頼しても、普段の活動の方が実入りが良いからって断られるのがオチなんだよなぁ…」
だろうなぁ…
新人ハンターの面倒と言うか、指導員の役割を引き受けたとしても、1日の報酬は小金貨1枚。
1ヶ月間、休み無く続けても金貨3枚にしかならない。
それでもEランクやDランクのハンターなら喜んで飛び付くだろうが、そんな駆け出しに毛の生えた程度の連中に、指導員は務まらない。
Cランク以上のハンターだと、1ヶ月の稼ぎが金貨3枚なんて当たり前と言うか最低限。
そうなってくると、新人ハンターの指導員なんて安い仕事を引き受けるワケがない。
必然的に、ギルド職員が小遣い稼ぎに指導員の役割を担うワケだが…
指導員としての力量を備えてる職員は多くないのが現実だ。
なので、私はハッキリと言おう。
「アリアさんの思いも、マークさんの思いも解ります。ですが、現実問題として指導員として活動出来るギルド職員は多くないワケですよね? そこで提案なんですが、ミラーナさんのパーティーに指導員として加わって貰うのは如何でしょうか?」
「「えぇっ!?」」
驚くアリアさんとマークさん。
いや、問題無いだろ。
「ミラーナさんはSランクに上がってないだけのAランクでしょ? ミリアさんとモーリィさんはCランクですけど、実力的にはAランクを超えてるんですよね? ライザさんのランクは知りませんけど、致命的な方向音痴である事を除けば実力は充分なんじゃないですか? 方向音痴に関しては、指導する相手から離れない事を厳命しておけば大丈夫でしょうし」
私が言うと、マークさんは首を捻る。
「しかしなぁ… 確かにミラーナさん達なら実力的にも申し分無いんだが、そんな安い仕事を引き受けてくれるかなぁ…? ちなみにライザちゃん、Bランクなんだけどね…」
へっ?
ライザさん、Bランクなの?
そんなイメージ、無いんだけど?
私の考えてる事を察したのか、マークさんが続ける。
「確かにそんなイメージは無いんだけどね? ライザちゃん、ドラゴンなだけに戦闘能力は高いんだよ。知識の方も、放浪期間が長いからか、Bランクとしての条件を充分満たしてるんだよ。まぁ、方向音痴が災いして、Aランク試験には落ちちゃったんだけどね…」
ライザさん、Aランク試験受けてたんかい。
てか、方向音痴で落とされるんじゃ、永久にAランクに上がれないんじゃ…?
「それでもミラーナさん達パーティーの実力は群を抜いているからね。記録上での個人のランクはAが1人、Bが1人、Cが2人で、パーティー全体のランクは規則に則ればBランクなんだけど… 実力的に判断した上でのランクはA+なんだよ。個人の実力は全員Sランクなんだが、誰もSランク試験を受けようとしないからねぇ… そんなパーティーのメンバーに、指導員のアルバイトみたいな真似をさせるのはなぁ…」
それは確かに…
ハンターになったばかりの連中の指導なんて普通なら頼まないし、頼まれる側だって断るのが普通だろう。
だが…
「心配しなくても大丈夫だと思いますよ? だって、メンバーを考えてみて下さいよ。ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさん、ライザさんですよ? 物事を深く考えない人達ばかりなんですから、舌先三寸で丸め込めば─」
すぱぱぱぱぁああああああんっ!!!!
「んにょわぁああああああっ!」
ずどべしゃぁあああああっ!!!!
突然の衝撃を顔面に食らい、私は吹っ飛んでギルドの壁にめり込んだ。
意識が朦朧とする中、仁王立ちするミラーナさん達が居るのが見えた。
いつの間に現れたんだ…?
「話は聞いてた。アタシ自身、新人達を教育するのも高ランク・ハンターの義務だと思ってるから異論は無いよ?」
「だけど、エリカちゃんの一言… 私達が物事を深く考えないとか、舌先三寸で丸め込めばってのは聞き捨てならないわねぇ…」
「私もミリアも、ギルド職員だった頃から新人が無謀な事をするのに頭を悩ませてたんだよねぇ… まぁ、ギルド職員を辞めた以上は勝手な事は出来ないって事で、自重してただけなんだよねぇ…」
「ボクだって、新人を指導してくれって言われたら指導するよ? まぁ、ドラゴンとしての指導が役に立つか判らないし、致命的な方向音痴なのも認めるけど… さすがに舌先三寸で丸め込めばってのは、ちょっとねぇ…」
と、後にマークさんとアリアさんから聞いたところ、ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさん、ライザさんが、口々に私の言動に対し、不満をぶちまけていたらしい…
らしいと言うのも仕方無い。
なにしろ私は4人からハリセンで叩き飛ばされた際、錐揉み状態で吹っ飛び、脳天からギルドの壁にめり込み…
その後は力無く壁からブラ下がっていたそうだ。




