第226話 アリアの回顧録 ~後編~
「じゃあアリアちゃん、一つ聞きたいんだけど… エリカちゃんに弟子入りって、怖くなかった? エリカちゃんの話を聞くまで魔法医に関する知識は無かったんでしょ? 魔法医って、他人の命に関わる仕事じゃない? 私だったら怖くて、とてもじゃないけど魔法医になろうとは思えないわねぇ…」
ミリアさんの質問に、アリアさんは少し考えて答える。
「う~ん… 怖くなかったと言えば嘘になりますね。正直言って怖かったです。ミリアさんが言った様に、怪我や病気の程度に依れば、命に関わる仕事ですからね」
まぁ、そりゃ~そうだろう。
特に脳や心臓の疾患での誤診や治療ミスは死に直結するし、腕や脚が千切れる様な大怪我の治療をミスすれば、その人は永遠に腕や脚を失う事になるのだ。
それが怖くないなんて言う魔法医なんて居ないだろう。
「まぁ、ハッキリ言わせて貰えば私も怖いですけどね。でも、怖いと思うからこそ、そんな事態にならない様に診察や治療に全力を尽くすんですよ」
私が言うと、アリアさんは真剣な表情で黙って頷く。
逆にミラーナさんはサラッと言ってのける。
「へぇ~… エリカちゃん、怖いと思いながら治療してたのかい? 平然と治療してるから、何も考えずに治療してるのかと思ってたよ」
「ンなワケあるかぁっ!」
すぱぁああああああんっ!!!!
私はミラーナさんの後頭部にハリセンを叩き込む。
「怖いに決まってるでしょうがっ! 自分の所為で他人が腕や脚を永遠に失くしたり、死なせてしまうなんて事になるなんて、怖くて怖くて堪りませんよっ!」
「そ… そんなに怖いのなら、なんで魔法医に…? エリカちゃんは料理も上手いんだから、食堂を経営するって選択肢も…」
ハリセンのダメージからか、テーブルに突っ伏したままで話すミラーナさん。
「子供の頃、よく風邪を拗らせて肺炎になったり、ちょっと転んだだけだったのに骨折とかしてたんですよ。それを治して貰って魔法医に憧れたのが切っ掛けで… って、今は私の事じゃなくて、アリアさんの話を聞くんでしょうが!」
「そ… そうだった… つい、気になって…」
だったら私の話をしてる時に聞けよ。
「まぁ、確かに最初は怖かったですけど… エリカさんの教え方は厳しい中にも優しさがありましたし、丁寧で解り易かったですからね。少しずつですが、怖さより患者さんを治す喜びが上回る様になりましたね♪」
「エリカちゃんの教え方って? 厳しいって事は、間違ったりしたらハリセンで叩くとか?」
今度はライザさんが聞く。
ンな事するワケ無~だろうが。
「そんな厳しさじゃありませんよ。魔法医として慣れる必要のある事に対してですから、精神的な事に対する厳しさですね」
アリアさんが言うと、ミラーナさんが思い出した様に言う。
「あぁ~、あれの事か… あれはアタシもキツかったなぁ…」
「「「「あれって?」」」」
ミリアさん、モーリィさん、ライザさん、ルディアさんがハモって聞く。
そうか、この4人は知らなかったな。
「魔法医として必要… と言うか、その能力を持っていれば確実に診察や治療する際に有益だって事で、ある能力をエリカさんに付与して貰ったんです。そのお陰で適切な診療が出来る様になりましたね♪」
ニコニコ笑顔で話すアリアさん。
逆にミラーナさんは思い出したくない事を思い出し、一気に顔が青褪める。
「あれはキツかったなぁ… アタシも試しに能力を付与して貰ったんだけど… トイレに駆け込んで、胃の中の物を全部吐いちゃったよ…」
「私は何回吐いたか覚えてませんよ… エリカさんは最初から平気だったそうですが、魔法医として絶対に必要な能力だって言われましたから、とにかく慣れようと必死だったですね…」
ミラーナさん、アリアさんの話を聞き、ミリアさん、モーリィさん、ライザさん、ルディアさんが興味津々に言う。
「その能力って、どんな能力なのかしら?」
「うんうん、なんか興味深いよねぇ♪」
「ボクも試してみたいかな? エリカちゃん、お願い出来る?」
「私、何となくだけど、どんな能力か解ったかも… でも、少しだけど興味はあるわねぇ…」
全員、私やアリアさんの透視能力に関心を持った様だ。
だったら…
「それじゃ皆さん、透視能力を体験してみますか? 私が一時的に能力を付与しますから、眼に力を込めてアリアさんを見て下さい」
「えっ!? 私ですか!?」
驚くアリアさん。
いや、だってさぁ…
あんた、私が能力を付与した時、私とミラーナさんの恥ずかしいトコを見たよねぇ?
なら、今回は自分が恥ずかしいトコを見られたらどうだい?
フッフッフッ♪
と、思っていたのだが…
こいつら、アリアさんみたいに服だけを透視せず、あっさり筋肉組織や内臓を透視しやがんの。
「エリカちゃんとアリアちゃん、毎日こんなの見てるの…? よく平気ね…?」
「うぇっ…! これ… さすがにキツいかも…」
「ボク… 先にトイレ行かせて貰うね…」
「私は… 毎日ギルドの食堂で生き物を捌いてるからかな? 思っていたより平気だわね」
ミリアさんとモーリィさんは、かつての戦場でゲチョグロの死体を何度も見たからか、多少は慣れているみたいだ。
ライザさんはミラーナさん達とパーティーを組んで魔獣や魔物を倒してはいるものの…
マジマジと死体を見る事はないからか、内臓や筋肉組織を見る事に慣れていない様子。
小走りにトイレへ向かっていった。
そんな3人とは逆に、ルディアさんは意外に平気な様で…
むしろ興味深げにアリアさんの身体をしげしげと見詰めている。
「ねぇねぇ、エリカちゃん。この赤黒い大きな臓器って、もしかして肝臓? その下の方に在るの袋状のモノって…?」
「あぁ、それは胆嚢ですね。胆嚢は肝臓で分泌される胆汁を蓄積して濃縮し、食物が十二指腸に入ると、物理的刺激によりコレシストキニンが分泌され、これが胆嚢を刺激して胆汁を放出…」
「待って待って待って! そんな専門的な話されても解らないから!」
「それもそうですね… ともかく、この能力と医学知識で患者さんの病気や怪我に対して診断してるワケですよ」
私が説明すると、ミリアさんとモーリィさんがアリアさんに聞く。
「アリアちゃん、毎日こんなの見てるのね…?」
「それでよく平気だよねぇ…」
言われてアリアさんは少し恥ずかしそうに…
「最初の頃は、私もライザさんみたいにトイレに駆け込みましたね。エリカさんの側で診療を見学しながら常時能力を発動して… 慣れるまでは大変でしたね。その部分でエリカさんは厳しかったですから」
「「「その部分って?」」」
ハモって聞くミリアさん、モーリィさん、ルディアさん。
「例えば、治療室からトイレに行く時ですけど、裏から出て2階へ上がりますよね?」
黙って頷く3人。
「その際、治療室を出る時は勿論ですが、階段を上がる時も静かに。駆け上がるのは良いけど、それも静かに。治療室に戻る時は表情を引き締め、姿勢もシャキッとする様に厳命されましたね」
アリアさんが言うと、ミリアさんとモーリィさんは…
「それ… 厳し過ぎないかしら…?」
「てか、エリカちゃん… なんでそんな事を厳命したワケ…?」
何故か私に聞いてくる。
「そんなの、患者さんに不安な思いをさせない為に決まってるじゃないですか。例えばミリアさんやモーリィさんが、何かの病気で私の診察を受けていたとしましょうか? 私の後ろで診療を見学しているアリアさんが吐き気に襲われるのは良いとしてですよ? 青褪めて治療室を走って出ていくアリアさんを見たら、どう思います?」
私の問いに2人は顔を見合せる。
「それは… 確かに不安になるかも知れないわねぇ…?」
「だよね… 何かヤバい病気なのかと思っちゃうかも…」
「でしょ? だから、治療室から出ていく時も戻る時も、表情は素のままで姿勢はシャキッと。階段を駆け上がるのは良いですけど、やはり患者さんを不安にさせない為、静かに上がる。魔法医として… か、どうかは分かりませんけど、私的には当然の事だと思いますよ?」
患者に不安な思いをさせない。
100%達成するのは不可能だとは思うが、可能な限り努力するのは魔法医──医師──としての義務。
だと思いたい。
その後は何故か、私が魔法医としての心構えなんかを皆に話して聞かせる事になったのだが…
アリアさんの話も終わってたみたいだし、アリアさん自身も私の話を真剣に聞いてたから良いのかな?
ちなみにだが、ミリアさん、モーリィさんの経歴は、ハンター→ギルドの受付嬢→ハンターで、特に聞く事も無かった。
ルディアさんの経歴は以前聞いたし、毎日同じ事の繰り返しだったので、やはり聞く事は無かった。
ライザさんは… その人生──と言うか竜生──の3分の2近くを流浪で過ごしていた上、飛びながら寝て墜落した事ぐらいしか話のネタが無かった。
お前等なぁ…




