第225話 アリアの回顧録 ~前編~
私とミラーナさんの過去話が終わり、今度はアリアさんの過去話を聞く事になったのだが…
「わ… 私の話って… 何を話せば良いのか… そもそも特に変わった生活をしていたワケでもありませんし…」
と、アリアさんはオロオロするばかり。
ならば…
「それじゃ、ミラーナさんみたいに質問に答えて貰う形でどうですか? 自分で考えて話すより楽でしょう?」
言って私はウインク一つ。
更に私は続ける。
「エルフのアリアさんには普通の事でも、人間の私達とは違う常識なんてのも在るんじゃないかと思うんですよ。逆に、人間の私達には普通の事でも、エルフのアリアさんとは違う常識なんてのも在るかも知れませんしね♪」
「なるほど… それは確かに… 今まで考えた事もありませんでしたね…」
私の説明に、アリアさんは納得した様に頷いてくれた。
すると、ライザさんが手を挙げる。
「それだと、ボクも含めて今まで何度かトラブってるんじゃないかな? それが無いって事は、人間と亜人の常識に大きな違いは無いって事じゃない? 勿論、小さなと言うか、細かな違いは在ると思うけど」
それは確かに…
アリアさんにせよライザさんにせよ、種族の違いからと思しきトラブルが発生した事はない。
それを考えると、特に聞く事はないんだろうか…?
するとミラーナさんが手を挙げる。
「アリアちゃん… って言うか、エルフって森の中で生活してるんだよな? どんな家に住んでるんだい? 森だから木が多いだろ? その分、小ぢんまりしてるとか?」
あぁ、木々の間に小さな家が建ってるってイメージかな?
「いえ、家を建てる場所の木を伐採して、その木を使って建ててますね。ですので、そこそこの大きさですよ? まぁ、必要以上に大きくしないので、一辺の長さは10~15mぐらいですかね?」
「小さくはないけど、大きくもないわね… で、何世帯ぐらいがアリアちゃんの住んでた森に?」
アリアさんが答えると、今度はミリアさんが聞く。
「私が住んでた森は、そこそこ大きな森だったので… だいたい50世帯ぐらいですかね? で、周囲に少し小さな森が点在してまして、それぞれ20~30世帯ぐらいが住んでました」
今度はモーリィさんが質問する。
「森が点在って… それじゃ、それぞれの森で暮らしてるエルフ同士の繋がりってどうなってんの? 仲良くしてる集団とか、啀み合ってる集団とかって在るの?」
「啀み合いは無いですね。多くのエルフは他種族に対して排他的なので、同種族であるエルフ同士で啀み合う事はありませんね。私みたいに人間社会に溶け込むエルフは珍しい… とまでは言いませんが、多くはないと思います」
すると、今度はルディアさんが聞く。
「それって『差別』と関係があるのかしら? ほら、前にアリアちゃんが聞いた話で、『エルフってだけで差別された』って言ってたでしょ?」
あぁ… ルディアさん、ムルディア公国で差別された経験があるからな。
アリアさんもその経験を聞いたみたいだし。
「えぇ。多分ですけど、それが根底にあるんじゃないかと… イルモア王国や、すぐ隣のラファネル王国では差別されなかったけど、ハングリル王国やチュリジナム皇国では差別されたって聞きましたね」
それについては私が聞く。
「アリアさん、初めて治療院を訪れた時、フードを目深に被って正体を隠してましたよね? それは何か理由が? イルモア王国で差別を受けたエルフは居ないって事ですけど…」
「…だったよなぁ… で、アタシが指摘してフードを取ったらエルフでさ… 物語の挿し絵でしか見た事がなかったから驚いたよ」
ミラーナさんも思い出した様で、宙を仰ぎながら話す。
「その物語に、エルフの寿命とか載ってなかったんですか? …って、載ってたら千年ぐらい生きるって聞いて驚きませんよねぇ…?」
私が言うと、ミリアさん、モーリィさん、ライザさん、ルディアさんが互いに顔を見合わせ…
「「「「ミラーナさん… エルフの寿命、知らなかったんだ…」」」」
と、呟いていた。
しかし、その話は関係無い──今は──ので一旦置いといて…
「で、今更ですけど、フードを被って正体を隠してたのって? イルモア王国で差別を受けた事がなかったのなら、治療院に来た時も正体を隠す必要はないと思いますけど…?」
アリアさんは申し訳無さそうに俯き話し出す。
「その… 初めてエリカさんの噂を聞いたのは、エリカさんが王都に来る2~3ヶ月前だったと思います。その時、私は故郷に居たんですけど、毎日100人も200人も治す凄腕の魔法医がロザミアで大活躍してるって聞いたんです」
私が王都に行く2~3ヶ月前か…
だとすると、私がロザミアに来て1年経つか経たないかって頃かな?
「それを聞いて、居ても立っても居られなくなりまして… 大急ぎで王都に行ったんです」
「王都に? 何で? エリカちゃんがロザミアに居るってのが判ってんなら、直接ロザミアに来れば良いじゃん?」
モーリィさんが言う。
そりゃそうだ。
私がロザミアに居るのが判ってて、王都に行く理由は何なんだ?
「医学を勉強する為ですね。エリカさんの話を聞いた時点で私も魔法医に… エリカさんの弟子になろうって思ったんです。でも、何の知識も無しに押し掛けても、追い出されるのがオチですよね? 何の役にも立ちませんから…」
「そうよねぇ… まぁ、受け付けぐらいなら出来るだろうし、エリカちゃんなら無下に扱う事もないと思うけど…」
今度はミリアさんが言う。
まぁ、確かに私を頼ってきた人を追い出すなんて、そんな不人情な事はしたくないけど…
「それでもエリカさんの負担は少しでも減らしたかったですから… ロザミアに来る前に、毎日朝から図書館に籠って医学書を読み耽っていたんです。故郷の森の図書館は小さくて、医学書の数も少なかったですけど… 王都なら図書館も大きいだろうし、医学書も多いだろうって思いまして」
「それで、あんなに早くエリカちゃんから魔法医として認められたのか…」
ミラーナさんが感心した様に言う。
しかし、アリアさんは苦笑しながら首を振る。
「でも、私が図書館で得た知識の殆どは、エリカさんの知識に覆されました。今のロザミアでは常識になってますけど、故郷の図書館に置いてある医学書は勿論、王都の医学書にさえ関節に靭帯の記述が無かったんですよ? 他にも細かい事を挙げればキリが無い程、エリカさんの医学知識は郡を抜いているんです!」
力説するアリアさん。
そりゃまぁ、私の医学知識は前世の知識だから、異世界の知識レベル──前世の中世ヨーロッパ程度──を大きく上回ってるのは間違いない。
しかしだ…
その話とフードを被って正体を隠してた事に、何の繋がりもないんだけど…?
「予め医学を勉強してからロザミアに来たのは良いとして、フードを被ってた理由って? 私には何も思い付かないんだけど…?」
「だよねぇ…? 私にも思い付かないんだけど…?」
ミリアさん、モーリィさんが首を傾げてアリアさんに聞く。
「王都に着いた時、エリカさんの事を聞いて回ったんです。そしたら、たまたまロザミアのギルドで働いてたって人から話を聞く事が出来まして… その人の話では、エリカさんは最初からロザミアに住んでたんじゃなくて、何処かからフラッと来て魔法医として働き始めたって… だから、ちょっと不安になったと言いますか…」
私がイルモア王国以外の国から来たとか思ったのかな?
それはそれで正解だ。
正確には他の国から来たんじゃなくて、他の世界から来たんだけどな。
言えんけど…
それはともかく、私が他の国からロザミアに移住してた場合、私がエルフを差別するかも知れないって警戒してたって事かな?
「確かにエリカちゃん、フラッと来たのよねぇ… こんな小さな子が暗くなってから1人でギルドに来て、寝る場所もお金も無いって言うから驚いたわよ…」
「そりゃまぁ驚くでしょうけど、今は私の話じゃなくてアリアさんの話なんじゃ…?」
私が言うと、ミリアさんはハッとしてアリアさんに話を聞き始めた。




