第219話 ルーデンス子爵への治療は成功しましたが、逆に陛下は…
ルーデンス子爵の治療を終えた私は、彼を伴って国王陛下の元へと向かう。
その道中、ルーデンス子爵が疑問を呈する。
「エリカ殿… 陛下への報告なら、私かエリカ殿のどちらか1人でよろしいのでは…?」
まぁ、それでも良いのかも知れないけど…
「まぁ、確かに私だけが向かっても構わないと思いますよ? 少なくとも私には、魔法医として報告の義務がありますからね。ただ、ルーデンス子爵様にご同行願うのは、元気になった子爵様を陛下に御覧になって貰い、陛下に安心して頂く為なんですよね」
私の隣を歩くルーデンス子爵は、私を見下ろしながらキョトンとした表情になる。
意外にデカいんだよ、このオッサン…
戦場の簡易司令部では縮こまっていたし、さっきは私に脅えてヘタリ込んでたしで、シャキッとした姿を見たのは今が初めて。
ロザミアのテーマパークで責任者をしているグランツさんと同等か、もしかしたら彼よりデカいかも知れない。
そんな事はどうでも良いんだが…
「陛下から手紙が来たんですよ。陛下はルーデンス子爵様の病状… と言って良いかは判りませんが、子爵様の様子をとても気に掛けておられました。ですので出来るだけ早く、子爵様の元気になった姿を見て安心して頂きたいんですよね」
言って謁見の間へと歩を進める私だったが…
すぐ隣を歩いていたルーデンス子爵の気配が無い事に気付き、もしやと歩を止め振り返ると…
そこには肩を震わせ両膝を突き、涙を流すルーデンス子爵の姿が在った。
「…陛下は… かつて敵であった私に対し、その様な気遣いを… このゲオルグ、死ぬまで… いや、死んでも陛下に忠誠を誓いますぞ!」
「いや、それは陛下の前で言って下さいよ…」
私が思わず突っ込むと、ルーデンス子爵はハッとした表情になり…
「そ… そうでしたな。つい、感極まりまして…」
と、照れ臭そうに頬をポリポリと掻いた。
そして立ち上がると、今度はスタスタと歩き出す。
私が小走りになる程に…
体格の差、考えろよ…
「ところでエリカ殿。貴女は王宮に来て、陛下と謁覧の間で会われたのですかな?」
歩きながらの突然の質問。
何か気になる事でもあるのかな?
「えぇ。陛下とは懇意にさせて頂いてますが、基本的に会う時は謁覧の間ですから」
私が答えると、ルーデンス子爵は歩みを止める。
「ならば、もう陛下は謁覧の間には居られないのではありませんかな? 謁覧の間からエリカ殿が出て私の元へ向かう。そして私を治療し、短くはあれど私と話をして謁覧の間へと戻る… 私の症状はぴーてーえすでーと言いましたかな? 何処かで聞いた覚えがあるのですが、治療には長い期間が掛かるとか… エリカ殿は優れた魔法医と聞き及んでおりますが、精神疾患の様な病巣の存在しない病を治療するのは難しいのでは? 少なくとも、それなりに時間が掛かると思うのですが…? となると、陛下も謁覧の間で待ち続けるワケには…」
うん、魔法の存在しない前世でなら、その考えは間違ってない。
そして、魔法の存在する異世界でも、精神に干渉する魔法は難しい。
そもそも他人の精神を操る事自体が難しいんだから。
最初から似た様な思考を持っていたなら難しくはないだろうけど…
自己チューで、自分さえ良ければ他人が不幸になろうが構わないヤツ…
極端に言えば、他人が死んでも自分さえ無事なら良いって考えのヤツを、自己犠牲の精神に変えるのは難しいなんてレベルじゃないだろう。
それこそ不可能と言っても過言ではない。
まぁ、今回の精神干渉は、そこまでのパターンではなかったけど…
「言って良いのか迷いますけど、ハッキリ言ってしまえば一瞬でしたよ? 詳しい事は言えませんし、言っても理解の範疇を超えてるでしょうから言いませんけど…」
説明になっていないであろう私の説明に、ルーデンス子爵は…
「解ったような、解らないような… いったい、エリカ殿は私に何をしたのですか…?」
と、首を傾げる。
私は軽い溜め息を吐き、簡単過ぎる程簡単に説明する。
「記憶改竄と言う魔法を使いました。恐らくですが、私以外には使えない魔法でしょうから詳しい説明は省きますが、簡単に言えば記憶を書き換える魔法です。この魔法で、ルーデンス子爵様が持つ恐怖に感じる記憶を少しばかり… 恐怖とまでは言えない記憶に改変しました」
ルーデンス子爵は首を捻り考え、そして彼なりの答えを導き出す。
「それはつまり… 私がミラーナ様から殴る蹴るされた記憶と、エリカ殿からハリセンとやらでドツき倒された記憶… これらは実は、もっと恐ろしい目に遇わされた記憶が書き換えられた結果と思って良いのですかな? それも、二度と思い出さない方が良い記憶であると…?」
私は無言で頷く。
そして…
「一応、どれだけ思い出そうとしても思い出せない様にはしてあります。ですが、どんな魔法でも100%完璧とは言えません。いつ、何の拍子に思い出すとも限りません。ですので…」
「それは理解しております。その時は溜め込まず、素直に陛下に報告致しましょう。陛下に余計な心配を掛ける方が、陛下に対して不義理でしょうからな♪」
私の言葉を遮り、言ったルーデンス子爵の言葉は陛下に仕える臣下として充分過ぎる返答だった。
そして私達が謁覧の間に入ると…
「エリカ様。ルーデンス子爵への治療、お疲れ様でした。そしてルーデンス子爵殿。ご回復、心よりお喜び申し上げます。陛下は浴室にてお二方をお待ちに御座います故、ご案内致します」
と、侍従長と思しき老齢の紳士に案内され、王宮の大浴場に有無を言わさず連行(?)されたのだった。
そして…
「えぇっとぉ~… これってやっぱり、お風呂に入れって事ですよねぇ…?」
「そ… そうとしか思えませんが… それにしても、私ごときが陛下と共に浴室に入って良いのかどうか…?」
ルーデンス子爵の気持ちは解る。
と言うか、解る気がする。
王族と裸の付き合いが出来るのは、公爵の様な王族の親族的な立場の者。
私みたいな例外は居るが…
それを抜きにすれば、子爵と言う下位貴族に分類されるルーデンス氏にとって、王族トップの国王陛下と一緒に湯浴みするなど、夢のまた夢の出来事であろう。
まぁ、彼もハングリル王国では伯爵だったワケだから、上位貴族──ただし、ある意味で末端──としての心構えは出来ていただろうけど…
まさか浴室で裸の付き合いを要請されるとは考えも及ばなかっただろう。
それは私もだけど…
ただ、私はルーデンス伯爵と違い、しょっちゅう王妃様やキャサリン様、ロザンヌ様と一緒に入浴していた事もあり、ルーデンス子爵に比べて抵抗感が薄かったのだが…
さすがに陛下と一緒に入った事はないけど…
それはともかく、覚悟(?)を決めて衣服を脱いだ私達は、陛下の待つ浴室へと歩を進めたのだった。
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浴室での陛下はリラックスしまくっていた。
先程までの私達の緊張は何だったのだといいたくなる程に。
「あぁ~… 至福の一時じゃのぉ~… 一仕事終えた後の風呂は格別じゃわい♪」
「爺さんですか…」
「爺さんですな…」
私とルーデンス子爵は、思わずジト目で突っ込んでしまう。
声が聞こえたのか、陛下は私達の方を振り向きニカッと笑い掛ける。
「おぉ♪ エリカ殿、ルーデンス子爵。よくぞ参ったな♪ 遠慮は要らぬぞ。掛け湯をして、浴槽に入るが良い」
私とルーデンス子爵は言われるまま掛け湯をし、湯船に入る。
「その様子だと、ルーデンス子爵の治療は上手く行った様だな。エリカ殿、ご苦労であった」
肩まで湯に浸かり、ニッコリ笑う陛下。
私も肩まで浸かっていたのだが、思わず立ち上がって平身低頭。
「も… 勿体無い御言葉に御座いまぶぼぼぼぼっ!」
ただ、身長の関係か頭を下げた時に、顔を湯に沈めてしまう。
陛下の前での失態に、そのまま身を沈めてしまいたい衝動に駆られるが…
「エ… エリカ殿! 大丈夫ですか!?」
驚いたルーデンス子爵が私を引き揚げる。
が… 問題なのは、その時の私の体勢…
殆ど羽交い締め状態の上、2m近いルーデンス子爵に持ち上げられてしまい…
素っ裸の全身を隠す事も出来ず、陛下に至近距離からマジマジと見られたのだった。
勿論、ルーデンス子爵はハリセンでドツき倒し、陛下には記憶改竄の魔法で『私の素っ裸を至近距離から見た記憶』を、私の身体を持ち上げ過ぎた所為で『ルーデンス子爵のイチモツを至近距離から見た記憶』に書き換えました。
その結果、陛下は何故かしばらく顔色が良くなかったとか…




