第218話 PTSD
「「「「ただいま~♪」」」」
1日の診療が間も無く終わるかと言う頃、ミラーナさん達が帰宅してきた。
一通の手紙を持って…
「エリカちゃん宛に手紙が届いてるよ♪ 差出人は… 聞いて驚け、国王陛下だ! ……………って、えぇええええええっ!?」
いや、モーリィさん…
凄ぇワザとらしいんですけど…
「あ~… 後で読みますから、その辺に置いといて下さい…」
私は振り返りもせずに、患者の治療を続ける。
「エリカちゃんが冷たいぃ~…」
「エリカさん、少しは驚いてあげた方が… モーリィさん、泣いてますすよ…?」
アリアさんが苦笑しながら言うが…
知らんがな。
「アリアさん、今は診療中です。治療に集中しないといけませんよ? ミスして困るのは患者さんなんですから」
「は… はいっ、分かりました!」
慌てて治療を再開するアリアさん。
なお、渾身のギャグ(?)をスルーされたモーリィさんは、ミラーナさん達に慰められながらリビングに上がっていった。
面倒臭いヤツ…
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「で、父上からの手紙の内容って、何だったんだい?」
夕食後、部屋で手紙を読んでいると、そろそろ読み終えた頃と思ったのか、ミラーナさんが部屋を訪ねてきた。
何故か他のメンバーも一緒だけど…
「えぇと… ふぅ… 私が説明するより、読んだ方が良いかも知れませんね…」
私は残りの数行を一気に読み、ミラーナさんに手紙を差し出す。
ミラーナさんは手紙を受け取ると、私のベッドに腰掛け読み始める。
それを左右や後ろから覗き込むミリアさん達。
「要約すると… シュナイダー侯爵の補佐をしているゲオルグ・ルーデンス子爵が夜な夜な悪夢に魘され、充分な睡眠が取れていない… その所為かどうかは判りませんけど、仕事に細かいミスがポロポロ出てるって事なんですよね」
「エリカさん… それって、どういう事なんですか…?」
皆を代表して… ってワケじゃないがだろう、アリアさんが聞いてくる。
「恐らくですが、PTSDでしょうね。過去に恐ろしい体験をした記憶がフラッシュバックして、それが夢に現れて充分に眠れてないんでしょう。当然ですが、そんな状態が続けば集中力の低下を招きますし、仕事のミスも誘発します。そんな状況ですと、仕事の内容次第では大怪我する可能性も否定出来ません。なので、早急に治療して欲しいとの事です」
すると、ミラーナさんが宙を仰いでボソッと言う。
「それって… エリカちゃんが原因なんじゃ…?」
えっ?
何で?
「ゲオルグ・ルーデンスって名前に聞き覚えがあったんだよ… で、誰だったかな~って考えててさ…」
聞き覚えがある?
う~ん…
イルモア王国の貴族に、そんな名前の人は居なかったと思うんだけど…
「確か、元ハングリル王国の司令官が、そんな名前だったな~って思い出したんだよね。ほら、アタシが捕らえて拷問しただろ? アイツだよ」
あぁ~…
思い出した。
ミラーナさんがハングリル王国の情報を聞き出すって、殴る蹴るした上に切り刻んだ将校だっけ。
その後、私が治療したんだっけか。
「エリカちゃんの話だと、その恐ろしい体験ってのは… まず間違い無くエリカちゃんに5回も焼き殺されそうになった事だろうな… いや、アタシに切り刻まれた事も、充分トラウマにはなってるだろうけどさ… 何回も焼き殺されそうになった事の方が、ヤツにすればアタシに切り刻まれた事より恐ろしい体験だったろうな…」
私が原因かいっ!
…いやまぁ、否定は出来ないかも…
確か、彼は言っていた。
ミラーナさんの拷問では、死んだ方がマシだと思ったと…
だが、私の場合は…
頼むから殺してくれ!
…と、生き返らされる度に懇願したと…
まぁ、してましたね、懇願…
泣きながら『頼むから殺してくれ!』って叫んでましたね…
私、それを無視して何度も彼を火炎の魔法で焼きましたね。
うん…
今回の一件、間違い無く私の行いが原因ですね。
私はアリアさんに治療院を任せ、帰ったばかりのロザミアから王都へ蜻蛉返りする事を決めたのだった。
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私は翌朝、朝食を終えるとライザさんを捕まえ、全速力で飛んで貰って昼前にヴィランに到着。
直接王宮の中庭に降りると兵士に囲まれたが、ライザさんの背中の小屋から私が姿を現すと、顔パスで謁見の間へと通されたのだった。
「おお、エリカ殿! こんなに早く来てくれるとは!」
国王陛下は私の顔を見るなり、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ロズベルム王国からの帰りは大変であったな… まぁ、マリアンヌとロザンヌには釘を刺しておいた故、今後は大丈夫だと思うのだが…」
「その節はありがとうございました。実際、あれからヴィランで別れるまで、同様の被害には逢いませんでしたので」
私の言葉を聞いた国王陛下は相好を崩し…
「はっはっはっ♪ 被害ときたか♪ まぁ、確かにエリカ殿にとっては被害と言えるだろうな♪」
と、楽しそうに笑っていた。
こっちは楽しくなかったんですけどね…
いや、そんな事はどうでも良いんだよ。
「それより陛下、手紙に書かれていたルーデンス子爵でしたっけ? 今、彼の様子は如何でしょうか?」
楽しく歓談したいトコだが、私にとっては患者ファーストだからな。
「うむ… 毎晩の様に魘されているらしく、夜中に何度も叫びながら飛び起きてしまうそうだ。彼は愛妻家で、奥方と同じベッドで寝起きしていたそうだが、症状が出てからは別の部屋… それも、家族に叫び声が聞こえないぐらい離れた部屋で寝起きしているそうだ…」
それは気の毒だな…
私が原因みたいだし、さっさと治してやるか…
「では、早速ですがルーデンス子爵の治療を。何処にいらっしゃいますか?」
「うむ、案内させよう」
そして私は侍従の先導で、ルーデンス子爵の元へと向かったのだが…
「ぎゃあぁあああああっ!!!! 悪魔っ! 死神っ! 地獄の使者っ!」
ルーデンス子爵は私の顔を見るなり恐慌を来し、床に倒れ込むとゴキブリみたいに這いずって逃げようとした。
そんなパニック状態で私から逃げられるワケ無いだろうが…
私はピョンッと飛び上がると、這いずるルーデンス子爵の背中にドスンと飛び乗る。
「ぶぐぇっ!」
ルーデンス子爵の動きを止め、すかさず私は魔法を掛ける。
「記憶改竄」
彼の『私に何度も焼き殺された(殺していない)記憶』をハリセンでドツき倒された記憶に書き換え、更に『ミラーナさんに切り刻まれた記憶』を殴る蹴るされただけに書き換えた。
すると、ルーデンス子爵が私に向けていた恐怖の表情が消え失せ、ポカンとした表情を浮かべていた。
私はニッコリと微笑み、手を差し出す。
「大丈夫ですか? 立てますか? 貴方は今まで、見なくて良い悪夢を見ていたんです。私が治療しましたから、もう何も心配ありません。これから日中は仕事に精を出し、夜は家族と楽しく過ごして下さいね♪」
ルーデンス子爵は私の手を取り、涙を流しながら…
「お… おぉ… これで私は悪夢に悩まなくても良いのですな…? 感謝します、感謝します! 聖女様!」
「聖女って言うなぁっ!」
私はルーデンス子爵を全力のハリセン・チョップで叩き飛ばし、違う意味でのPTSDを彼に植え付けたのだった。




