第216話 心配、ドン引き、納得、脱力… 最後はジト目… って、なんでやねん!
「エリカ殿、チラリと聞いたのだが… この旅の間、王妃陛下とロザンヌ殿下から悲惨な目に合わされたそうであるな? 詳しく聞くのは憚られる様なので聞かぬが、何でも毎夜苦しめられたとか…」
王都からロザミアに向かう馬車の中、マインバーグ伯爵が心配そうに語り掛ける。
私としては、聞くのが憚られるマインバーグ伯爵と違って何も気にする事が無い…
むしろぶっちゃけて鬱憤を晴らしたいと思っていたので、何も隠す事無く全てを話した。
私が王妃様やロザンヌ様の背中をタワシで洗った(擦った)のは勿論、報復(仕返し)としてデッキブラシで背中(2日目からは全身)を洗われ(擦られ)た事も。
当然だが、話を聞いたマインバーグ伯爵はドン引きしていた。
その理由は、私が2人をタワシで洗った事ではない。
私が2人をたった一度タワシで洗った(擦った)事に対し、2人が何度も何度も執拗に私をデッキブラシで痛め付けた事にである。
マインバーグ伯爵は呆れた様な表情を浮かべていたのだが、やがて何やら考え込む様な表情になり…
「タワシとやらで背中を洗われた報復にエリカ殿の背中… いや、全身をデッキブラシで痛め付けた… う~む…」
???
何をそんなに考え込んでるんだろ…?
「陛下が仰ったのは、この事にエリカ殿が恐れを抱き、王都に来てくれなくなったらどうする、であるか… 私が思うに、エリカ殿はそんな事で王都に来なくなる事はないと思うのであるが…」
ちょっと待てコラ、おっさん!
そんな事とは何だ、そんな事とは!
不老不死とは言え、ダメージは普通に食らうんだぞ!?
痛いモンは痛いんだぞ!?
「あのですねぇ、マインバーグ伯爵様…」
私がマインバーグ伯爵に文句を言おうとすると、伯爵は両手を私に向けて突き出し…
「まぁ、待ってくれ。エリカ殿の言わんとする事は解る。さすがに全てとはとは言い切れんのであるがな… だが、苦痛は理解しているつもりだ。一緒に風呂に入ったのだからな。私の身体を見た貴殿なら、私の言いたい事は解るであろう?」
あぁ… 若い頃から戦いに明け暮れていたんだろう武闘派の伯爵だけあって、全身のあちこちに古傷が在ったからな…
治してあげようかとも思ったんだけど、中には名誉の負傷や思い入れのある傷もあるだろうから止めておいたっけ…
まぁ、そんな全身傷だらけの伯爵なら、私が傷を負った痛みや苦しみは十二分に理解してるだろう。
国や守るべき誰かを守って負った傷と、デッキブラシで負った傷とじゃ、傷の持つ重みが違う──違い過ぎる──けどな…
「それに、そんな事と言ったが… 仮に陛下が仰った様に、王都に流行り病が蔓延したとしてだ… エリカ殿は、そんな事で王都を見捨てたりはするまい? 私は、そう確信しているのであるがな」
確かに…
デッキブラシで痛め付けられたとは言え、そんな事で王都の危機を見捨てるなんてマネは出来ない。
勿論、王都だけではないが…
ましてや〝怪我や病気で苦しんでる人〟は、私の個人的な心情なんかとは何の関係も無い。
私の感情なんか、患者を治療する事と比べたら塵芥に等しい。
私は伯爵の言葉に納得し、大きく頷く。
「確かにマインバーグ伯爵様の仰る通りですね… 私にとっては患者の治療が何をおいても第一です。私自身の事は二の次三の次… いや、百の次千の次でも良いんです。何しろ私は不老不死ですから、自身の事は後で何とでもなりますからね」
私は伯爵に満面の笑みを向ける。
「うむ、さすがはエリカ殿。聖女と呼ばれるのは必然であるな♪」
だから聖女と呼ぶのはは止めろ、おっさん!
私は笑顔のまま、力尽きたのだった。
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いよいよ明日はロザミアに着く。
ロズベルム王国から派遣して貰ってる魔法医が優秀である事から、今回は馬車を引く馬と御者には最低限のドーピング魔法しか掛けていない。
と言うのは立て前で、計算してドーピング魔法を掛けていたのだ。
理由は一つ。
いつもは山菜狩りにしか訪れない街『ニース』で宿泊し、ニースでの料理を堪能したかったのだ。
ミリアさんはニースに寄った事があり、宿屋で食べた山菜の肉野菜炒めが美味しかったと言っていた。
ギルドに就職する以前、ハンターとして行動を共にしていたモーリィさんも同様だろう。
アリアさんも、ロザミアに来る前にニースの宿屋で食べたキノコ料理が美味しかったと言っていた。
ちなみにだが、その両方を私は食べていない。
ミリアさんが食べた──多分モーリィさんも食べた──肉野菜炒め、そしてアリアさんが食べたキノコ料理…
これを食わずしてロザミアに帰れるか!
いや、食べるだけではダメ!
是が非でも、そのレシピを教わらねば!
何がなんでも自宅で再現…
いや、更に工夫を凝らし、オリジナル(?)を上回る美味しさを追求せねば!
意を決した私は、宿屋に着くなり食堂に突入。
厨房に押し入り、料理人達を質問責めにした。
その様子を見ていたミラーナさん達は…
「やっぱ、食い意地が張ってんだな…」
「普段でも美味しい料理を作れるのに、まだ研究するなんて… やっぱりエリカさんは凄いです♪」
「私も、ああしてれば料理下手にならなかったのかなぁ…?」
「エリカちゃんが新たな料理を覚えたら、また治療院の食卓が賑やかになって良いよねぇ♪」
「エリカちゃんの作る料理って、何か一味違うんだよねぇ♪ ボク、ニースより美味しい料理が食べれるんならエリカちゃんを止める気にならないなぁ♪」
「私も一緒に聞こうかしら…? もしかしたら、ギルドで作る料理に新しい一品が増やせるかも…」
ミラーナさんからは呆れた様な感想。
アリアさんは相変わらずだなぁ…
ミリアさんの感想は… どうでも良いかな…?
モーリィさんとライザさんからは素直(?)な一声。
そしてルディアさんからの前向きな言葉を聞きつつ、受け流しつつ…
私は料理長からレシピを聞こうとすると…
料理長は意外にも素直に『良いよ』と言ってくれた。
普通は『秘伝の』とか『伝統の』とか、何かしらの理由を付けて教えたがらないモノなんだが…
と思っていたら、何の事はなかった。
ニース近郊──とは言え、数㎞は離れているのだが──には広大な牧草地帯が在り、そこで食肉用の牛や豚を数多く育てているのだとか。
同様に広大な農地──やはり数㎞は離れている──を有しており、そこで様々な野菜類を栽培している。
ロザミアが〝ハンターの街〟と呼ばれている様に、ニースは〝食材の街〟と呼ばれているらしい。
そりゃ、ニースで提供される料理が美味しいのも納得だ。
しかし… それなら何故、誰もその事を知らないんだ?
「私は何度か近くの山裾に山菜採りで来た事があるんですけど… そんなの、噂ですら聞いた事もありませんよ…?」
私が疑問を口にすると、料理長は苦笑いを浮かべながら言う。
「それは仕方無いと言えば仕方無いんだよ。ニースは、丁度宿場町と宿場町の中間に位置してるんだ。だから、普通に旅をする連中は素通りするのが殆どでね。立ち寄るのは何らかの事情で次の宿場町… 北の宿場町や南の宿場町に行けない連中だな。だから、あんまり知られてないんだよ。ある意味、仕方無く街に寄るワケだから、街の二つ名を知ってる方が珍しいとも言えるかな?」
なるほど…
そんな事情があるなら、誰も知らなかったのも無理はないか…
しかし、ニースの二つ名はともかくとして、食肉用の牛や豚を育ててる事や、様々な野菜類を栽培している事を知れたのは重畳と言えるだろう。
ロザミアの精肉店や八百屋で買うより、更に上質な肉や野菜を購入する事が出来るんだから!
いや、ロザミアの精肉店や八百屋で売ってる肉や野菜の質が低いワケじゃないよ?
ロザミアの精肉店では、他の街では手に入り難いオークの肉が簡単に買える。
ロザミアの八百屋では、ニュールンブリンクの大森林でしか採れない山菜も買えるしな。
森林だから山菜と言って良いかは微妙だけど…
そんなワケで、そもそも料理のレシピ自体は無かったも同然で、肉も野菜も美味しい料理の為の食材が育てられている事が判明しただけだった。
が、だからと言って何もしない私ではない。
翌朝、私はニース産の肉や野菜を大量に買い捲って異空間収納に納め、ホクホク笑顔で馬車に乗り込んでロザミアへと出発した。
伯爵やミラーナさんを初め、そんな私を誰もが呆れ果てた様なジト目で見ていたのだが…
何故だ…?




