第207話 ヴィラン脱出、ロザミアへ帰ります
「これで私の講義は終了です。最後にもう一度だけ言っておきます。魔法医の… 医師の本分とは、患者の怪我や病気を治療し、元の健康な身体に戻す事。勿論、治した後のケアも重要である事を忘れないで下さい。『これで治りました。はい、さようなら』等と吐かす様なクソったれな魔法医が居ると聞いたら、ウチが殺しゃげてやるけぇ…」
「こ… これにて講義は終了です! 皆様、お疲れ様でした!」
何故か私の話に割って入り、強引に終了させるフレデリック教授。
そのまま私は教授に引き摺られ、私の部屋──王宮の──に連れて行かれる。
そして、身に覚えの無い注意を受ける。
「エリカ様… 前にも申し上げましたが、殺すと仰るのはお止め下さい… せめて殴り倒すぐらいで抑えて頂けますか?」
「へっ? 私、殺すなんて言いました? 教授が仰った様に、殴り倒すって言ったつもりだったんですけど…」
私はキョトンとしてフレデリック教授に返す。
すると教授は何やら考え込み…
やがて彼なりの結論(?)を出す。
「やはり、ストレスから来る記憶や感情の混濁でしょうか? 王妃陛下、キャサリン殿下、ロザンヌ殿下から、エリカ様は耐え難いストレスを受けていると、国王陛下から聞き及んでおります。どの様なストレスなのか、詳細は知らされておりませんが… ただ、エリカ様の気持ちは痛い程理解しているとも仰っておられましたが…」
あぁ~…
ストレスの種類こそ違うが、国王陛下も3人にストレスを感じてそうだもんなぁ…
何回か泣かされてるみたいだし…
てか、国王陛下には女難の相でもあるのかな?
ミラーナさんが原因で、何回か胃潰瘍も患ったって聞いてるし…
だが、私の受けているストレスは…
「私は確かにストレスを感じてますが、心身共に男ならストレスを感じないかと思いますよ…? むしろ嬉しい事でしょうね…」
「心身共に男なら嬉しい事…? それは女性であるエリカ様には苦痛に思えても、仮に私であったなら喜ばしい事なのでしょうか?」
相手次第だとは思うが、私はコクリと頷く。
「ただ、教授が嬉しいと思うかは、私には判りかねます。世の多くの男性もです。相手が王妃陛下や王女殿下ではなく、平民の女性なら平然と楽しめるかも知れませんが…」
フレデリック教授の頭上に?マークが飛び交っている様に思えるのは、私の気の所為だろうか…?
「エリカ様… 私は歳の所為か、少々頭が固くなっている様でして… 具体的に仰って頂けますかな?」
「具体的に、ですか…?」
気の所為ではなく、本当に解ってなかったのか…
「はぁ… ならば、ハッキリと言わせて頂きます。お風呂で王妃陛下や2人の王女殿下達から、寄って集って全身を洗われるんです。当然ですが、3人共素っ裸です。もし、彼女達が平民の女性であるならば、世の多くの男性は勿論ですが… 教授も嬉しいんじゃありませんか?」
私が溜め息混じりに説明すると、教授は顔を赤らめ…
「そ… それは確かに… 相手が平民の女性であれば、是非とも体験したい… げふん! げふん! いや、これは失言でしたかな?」
言い繕ってはいたものの、教授は鼻の下を伸ばしていた。
まぁ、相手が平民の女性であれば、私も素直に嬉しいと思う。
だが、相手が相手だけに疲れるんだよ。
私自身、精神は男なんだから、美しい王妃様や可愛らしい2人の王女様が素っ裸で身体を洗ってくれるのは、正直に言わせて貰えばメチャクチャ嬉しい。
3人が平民なら、何も考えずに楽しんだ事だろう。
駄菓子菓子… じゃなくて、だがしかし…
王妃様と王女様ってのが問題なんだよ!
相手が平民だったら、嫌な事は嫌って言える。
あ~してくれ、こ~してくれって希望も言える。
けど、王妃様や王女様に対して、そんな事が言えるか?
嫌な事も嫌と言えず、こちらの希望も言えない。
ただ3人の好きな様に、抵抗する事も出来ずに全身を洗われまくる。
3人は満足だろうが、こちらは疲れて仕方が無い。
唯一の救いは、男の身体じゃないから一部分だけが元気になって、気不味い思いをしなくて済む事だろうか?
さすがに教授は70歳を過ぎているだろうから、一部分が元気になる事もない…
と、思いたい…
「確かに私は70歳を大きく超えておりますし、一部分が元気になる事も無くなってから久しいですが… 改めて言われると、少々ショックですな…」
あらっ?
また口に出てましたかね?
「えぇっと… 何処から口に出てました…?」
「王妃様と王女様ってのが問題… からですな。まぁ、そう仰るのも解ります。相手が相手だけに、逆らえませんからな…」
良かった…
私の精神が男ってトコは、口に出てなかったか…
まぁ、何はともあれ講師の仕事はこれで終了。
私はマインバーグ伯爵に挨拶してからロザミアに帰る事にした。
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私が挨拶に行くと、伯爵はロザミアまで同行すると言って、大急ぎで馬車を用意。
王都の南に在る宿場町、リルードまで飛ばしたのだった。
「お疲れであったな、エリカ殿。ところでヴィランの魔法医達は、エリカ殿とアリア殿がロザミアを空けている間を任せられそうであるか?」
マインバーグ伯爵に聞かれ、私は腕を組んで考え込む。
「即答出来ぬと言う事は、まだまだであると考えた方が良いのであるかな?」
「まぁ、そうですね… 以前と比べれば、多少なりとも最大魔力容量は増えているとは思いますが… 骨折を8人治せてた魔法医が、今は10人治せるかどうかってトコでしょうか…?」
「疑問に思ってた事なんだけど、治療可能な人数を骨折で表すのは何故なんだい? 他の病気や怪我で表しても良いと思うんだけど…?」
何故か同行しているフィリップ様──忘れてるかも知れないが、マインバーグ伯爵の長男──が聞いてくる。
だけど、それは気になるかも…
私もロザミアのギルドで治療所を始めた頃、気になってミリアさんに聞いた事があった。
「それはですね… 同じ病気や怪我でも程度の差が大きいじゃないですか? でも、骨折なら基本的に骨が折れてるって状態に限定出来るんです。勿論、骨折でも種類がありますよ? でも、一般的に骨折は単に骨が折れてるって認識なんです。ヒビが入る亀裂骨折なのか、折れただけの単純骨折なのか、折れた骨が皮膚を突き破る複雑骨折なのかなんて、骨折って聞いただけだと判りませんよね? むしろ、単純に骨が折れてるだけって考えるでしょ? だから、基準として解り易いんですよ」
「「なるほど…」」
私の説明にフィリップ様だけでなく、マインバーグ伯爵までもが納得する。
てか、マインバーグ伯爵…
あんた、今まで何も考えずに骨折を治せる人数云々って言ってたんかい…
「それはともかく、何故フィリップが一緒に来ておるのだ? ロザミアに行くと、因縁深いミラーナ様と会う事になるのであるぞ…?」
だよなぁ…
フィリップ様はミラーナさんの婚約者候補だった過去があり、その時ミラーナさんにブッ飛ばされて泣いたと言うトラウマを持っている可哀想な人だ。
「エリカちゃん… 可哀想とか言わないでくれるかな… 気にしない様にしてるんだけど、このままじゃダメだと思うんだよ… で、改めてミラーナと向き合って、トラウマを克服する為にロザミア行きを決めたんだ」
それはそれは…
逆にトラウマが酷くならない事を祈ろう…
しかし、父親であるマインバーグ伯爵は…
「フィリップ… お主の心の成長、私は心底嬉しく思うぞ… この旅でアルボレート侯爵令嬢… マーガレット嬢に相応しい男に成長する事を願っておるぞ!」
と、フィリップ様の手を握り、力説する。
新しい婚約者なんだろうか?
まぁ、相手が誰であれミラーナさんよりは良い関係が築けるだろうな…
そして20日後、私は心の底から落ち着けるロザミアへと帰還したのだった。




