第206話 負けましたぁあああああっ!
「短い間でしたが、お世話になりました」
私は深々と頭を下げ、マインバーグ伯爵邸を後にする。
「ヴィランに留まるとは言え、エリカ殿が我が邸を去るのは寂しくあるな… 唯一の救いは、侍従長とエリカ殿が一緒に風呂に入った事であるかな?」
マインバーグ伯爵の、笑顔とも苦笑いとも言えない表情を向けられた侍従長さんは、嬉しいのか恥ずかしいのか、複雑な表情を浮かべていた。
が、そんな事はどうでも良いんだよ。
いや、どうでも良いってのは、さすがに失礼かも知んないけどさ…
とにかく私の精神的な疲労…
だけじゃないな。
心身の疲労を無くす為には、マインバーグ伯爵の邸から出なくてはならなかったって事。
その主な要因(?)は風呂。
風呂が在るから、王妃様や2人の王女様が私を洗いに来るんだろう。
ならば、風呂が無い…
シャワーしか無い宿屋に宿泊すれば良いって事。
これなら王妃様や2人の王女様も諦めるだろう。
と、思っていたのだが…
「シャワーしか無いって、エリカちゃんを洗えないかもって思いましたけど… 反ってエリカちゃんと密着出来て楽しいですわ♡」
「本当ですわね♡ こうしてエリカちゃんとの距離が縮まって、嬉しいですわ♡」
「あらあら♪ 2人共、エリカちゃんを洗ってばかりいないで、自分も洗わないといけませんよ?」
こいつら…
ここまでするか!?
宿屋のシャワー室って、狭い(1.5m四方)んだぞ!?
身体の小さな私には充分だが、普通の大人が立ったまま髪や身体を洗うだけのスペースしかないってのに!
それに、どうやって調べたのか…
私が適当に選んだ宿屋を探し出して部屋に突入。
困惑する私を素っ裸にひん剥きながら、自分達も器用にドレスを脱いでいく。
そして狭いシャワー室に4人が入ると、殆ど身動きが取れない。
なのに3人は練習でもしてたかの様に、実に手際よく私を洗っていく。
勿論、王妃様が言った様に自らの身体も。
結局、私の考えた作戦は何の効果も無く、余計に心身の疲労を蓄積するだけの結果となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お大事に~♪」
その日の最後の患者を見送り、アリアは玄関の扉を閉める。
「アリアちゃん、お疲れ。メシの用意が出来たから食おう」
振り返ったアリアに声を掛けるミラーナ。
ミラーナに続いてダイニングルームに入ると、何故かプリシラが席に着いていた。
「あれっ? どうしてプリシラさんが? それに、サミュエルさんは一緒じゃないんですか?」
「あぁ、ミラーナ嬢ちゃんに誘われてのぅ♪ サミュエルはいつぃき仕事を手抜きしよるけぇ、罰として留守番じゃわ♪」
普段からプリシラにドツき倒されてる上、食事にすら呼んで貰えないサミュエルを不憫に思う一同。
プリシラは気にする素振りも無く、逆に聞いてくる。
「げに、いつエリカちゃんは帰ってくるんね? ヴィランから連絡は無いんけ?」
思わず顔を見合わせる一同。
「そう言えば… 手紙の1通も来ないよな…?」
「講師の仕事で忙しいんでしょうか…?」
「かも知れないわねぇ… エリカちゃん、王都へ行く度に何だかんだで忙しいものね…」
「王侯貴族と懇意にするのって、大変そうだものね…」
「魔法医としての実力があり過ぎるってのも、問題かもね~」
「ボク、お腹空いたよ~… 早く食べようよ~…」
それぞれが、それぞれの意見を出し合い、エリカの立場に同情(?)する。
1人だけ違う事を言ってる者も居たが、ホプキンス治療院は今日も平和だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私はシャワー室から出てパジャマに着替えると、グッタリしたままベッドに横たわる。
だが…
「それじゃ、エリカちゃん。お休みなさ~い♡」
「明日は昼から講師だっけ? 頑張ってね~♡」
「じゃあ、エリカちゃん。王宮で会いましょうね♡」
…と、3人は意気揚々と去っていくのだった。
私は立ち上がる気力も無く、そのまま眠ったのだった。
翌日。
私は7時に起きて朝食を摂ると、グラス一杯のブランデーを飲み、更に昼まで眠った。
狭いシャワー室でギュウギュウになって洗われたのが、かなり堪えた様だ。
三方向から顔を胸に挟まれ、身動きが取れない状態だったからな…
元からデカい王妃様の胸…
成長著しい2人の王女様の胸…
精神が男の私としては嬉しい状況だったが、相手が相手だけに純粋に楽しめないのがツラい。
なので、あの感触を忘れる為の酒だった。
12時前に起きた私は宿屋の食堂で昼食を摂り、着替えてから王宮へと向かう。
そして13時から17時までの講義を終えると、逃げる様に宿屋に戻る。
宿屋に戻った私は荷物を纏めると、王都の片隅に在るスラムへと向かった。
独特の饐えた匂い。
宿屋は在るが、部屋にはシャワーすら無い。
さすがの王妃様や2人の王女様でも、ここまでは来ないだろう。
シャワーすら浴びれないのはツラいが、そこはクリーンの魔法を使って我慢する。
私は王都に来て、初めてノンビリと過ごす事が…
出来なかった…
「エリカ様を確保! 直ちに王宮へと帰還する!」
王宮の近衛兵達が宿屋へと押し掛け、私に剣を突き付ける。
「な… なんで…?」
「王妃陛下が仰っておられました。エリカ様からは魔力が溢れており、その残滓を追えば辿り着くと」
そう言えば、ライザさんが言ってたな…
私からは魔力が溢れてるって…
てか、もしかして…?
「王妃陛下を初め、キャサリン殿下やロザンヌ殿下がエリカ様の事を質問され、ライザ様が説明されておられました」
ライザさん…
余計な事を教えやがってぇえええええっ!!!!
帰ったら殴る!
絶対、殴ってやる!
私は心の底から誓ったのだが…
王宮に連れられた私は、講師の仕事が終わるまで毎日〝お風呂攻撃〟を食らう事になったのだった。




