第205話 逃げられませんでした… 負けてたまるかぁあああああっ!
土曜日の朝。
私は王都の魔法医達を王宮前の広場に集め、横一列に並べて『魔力使い切り治療大会』を開催した。
勿論、王都の住民達には告知済み。
しかも破格の銀貨1枚で。
なので、怪我や病気で治療を望んでいても、値段で二の足を踏んでいた人達が大挙して押し寄せてきた。
お陰で『魔力使い切り治療大会』は大盛況。
そんな中、弱音を吐く魔法医が居ると、私が行って魔力残量を視る。
そして…
「コラッ! もう1人や2人、あんたに残った魔力量なら治療できるでしょ! あんたも手を抜くなっ! この程度の怪我、1回の治療で完治させられないなら魔法医なんか辞めちまえっ! 他の魔法医達も、他人事と思ってんじゃないぞ! 今日の昼からと、明日は1日休めるんだから魔力を使い切れっ! 魔力の底上げは国王命令だって事を忘れるな! 泣き言を吐かすヤツは、国王陛下から生殺与奪の権限を与えられている私が殺してやるから──」
「エリカ様! 落ち着いて下さい! 彼等も解っております! それと、殺してはいけません! 生殺与奪の権限も与えられてはおりません! それは飽くまでも言葉の綾です!」
えっ?
そうなの?
確か陛下は、最大魔力容量の底上げについて出来ないとか吐かす連中には、私が『怒りに任せて貴殿等らを骨も残さず消滅させると伝えよ!』って言ってたよ!?
その時には言い過ぎとか思ったけど、それぐらい真剣に魔力の底上げが必要だと…
傷病人を治す事の重要性を察してくれての発言だと思ったんだけど…
「それはエリカ様の仰る通りです! ですが、王都の魔法医を殺してしまっては、下手をすればエリカ様がロザミアを離れて王都に引っ越し、定住する事になりかねませんぞ!? 宜しいのですか!?」
うっ…
それは困る…
私の生活基盤は、飽くまでもロザミアだ。
私はロザミアが気に入ってるし、ロザミアの住人達からの信頼・信用も得ている。
それとは別に、ロザミアには私とアリアさん以外に魔法医は居ないのだ。
まぁ、アリアさんの実力を考えると、彼女にロザミアを任せるって選択肢も考えられない事もないのだが…
アリアさんの性格を考えると、ロザミアで私の代わりの魔法医として定住するとは思えない。
まず間違いなく、私と共にロザミアを離れて王都に付いてくるだろう。
そうなると、またロザミアは魔法医不在の状態になり、私がロザミアに来る以前の様に、毎年何人ものハンター達が命を落とす事に…
ロザミアは『ハンターの街』と呼ばれており、住人の半数以上がハンターとして活動している。
そんな街から魔法医が居なくなっては…
ハンター達は勿論だが、それ以外の人達も怪我や病気を自力で治さなくてはならなくなる。
ロザミアには薬を調合できる人も居ないし、ポーションを作れる人も居ない。
逆に、王都には魔法医が溢れる程…
とは言い過ぎか。
王都の魔法医は180人ちょっと。
人口5万人程度の王都で1人の魔法医が担当する患者は、計算上300人にも満たない。
王都の住人全員が毎日治療を必要としているワケもないし、1人の魔法医が1日に治療する人数は知れている。
事実、どいつもこいつも1日の治療人数は10人前後だと言っていた。
しかも、最低金額とされている風邪の治療が銀貨5枚だと…
重傷・重症患者だと、小金貨5~15枚も取ってるんだとか…
ふざけんなよ!?
こちとら毎日100~200人を、1人につき銀貨1枚で治療してるってのに…
それこそ手足が千切れた治療は勿論、一歩遅けりゃ死んでた様な傷病人の治療もだぞ!?
そりゃ、魔法医──医者──だって生活があるから金は必要だよ!
確かに風邪は万病の元って言うから油断できないし、重傷・重症患者を治療する魔力消費量は大きいけど!
だからって風邪の治療で銀貨5枚は暴利だろ!
重傷・重症患者も、小金貨5~15枚は取り過ぎだろ!
「エ… エリカ様… おち… 落ち着いて… 下さい…」
フレデリック教授が私の腕を力無くペシペシ叩く。
あ… 思わず教授の首、締め上げてたよ…
「す… すいません、つい… てか私、もしかして…?」
「…はい、全部喋っておられました…」
「一応、聞きますけど… 全部って…?」
「はい… 『うっ… それは困る…』からです…」
ホントに全部やんか!
やっぱり思った事を口に出すクセは治らないなぁ…
そんな事を思いつつも、再び私は魔法医達に魔力を使い切らせるべく、檄を飛ばすのだった。
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「お… おぉ… 戻ったか、エリカ殿。朝から1日ご苦労であったな。…で、魔法医達の様子はどうであったかな?」
最初の『魔力使い切り治療大会』を終え、戻った私をマインバーグ伯爵が出迎える。
が、何だか挙動不審な気が…
「あの~、マインバーグ伯爵様…? 何か隠してませんか?」
「えっ…? と…」
私はマインバーグ伯爵をジト目で見詰める。
すると…
「…だから言ったじゃありませんか、お母様。マインバーグ伯爵は態度に出るから、内緒にしてエリカちゃんを驚かせるのは無理ですって…」
「お姉様の言った通りでしたね… あ~あ、サプライズでエリカちゃんに驚いて欲しかったのに…」
「ごめんなさいね~… マインバーグ伯爵、無理を言いましたわね。考えてみれば、貴方は武闘派でしたものね。私達の来訪を知られない様に演技しろと言う方が、無理難題でしたわね」
と、悪魔の笑顔──私にとっては──を浮かべて王妃様、キャサリン様、ロザンヌ様が現れたのだった。
「えぇえええええっ!? なんで伯爵邸に王妃陛下が!? それに、キャサリン殿下とロザンヌ殿下も!? なんで!? どうして!?」
私は思わず後退る。
そしてチラッと門の方を見ると…
いつの間に現れたのか、剣や槍を携えた兵士達が何人も…
絶対に逃がさないって構えかよ…
すると、キャサリン様がズイッと私に近寄り…
「…と言うワケで、今からエリカちゃんは私達と一緒にお風呂ですわ♡」
ガシッと私の片腕に抱き付く。
「何が『…と言うワケで』なんですかっ!? そもそも私は了承して──」
「反論は無しですわ♡ 王都に居て、私達から逃げられると思わない事ですわ♡」
言いつつ、キャサリン様とは反対側の腕に抱き付くロザンヌ様。
そして…
「「お母様♡ ドアを開けて下さいまし♡」」
「は~い♡」
ハモって言う2人の王女様の指示で、ドアを開けるニコニコ笑顔の王妃様。
すると2人の王女様は腕に抱き付いたまま私を持ち上げ、伯爵邸の浴室に向かって私を運んでいく。
「やめぇえええええいっ! ただでさえ疲れてるのに、更に風呂で疲れさせんでくれぇえええええっ!」
私は脚をバタつかせて抵抗するが、私の小さい身体では全く無意味だった。
そして3人は好き放題に私を洗い、満足したのかホクホク笑顔で王宮へと帰っていった。
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「すまん、エリカ殿… 大丈夫であるか…?」
グッタリとソファーに横たわる私を、心配そうに覗き込むマインバーグ伯爵。
「謝らないで下さい… 王妃陛下や王女殿下達から、何を言われたのかは知りませんけど… 逆らえませんよねぇ…?」
「まぁ… そうであるな… エリカ殿の言う通り、私では到底逆らえぬ。いや、アレックス殿でも無理であろうな。なにしろ国王陛下ですら、エリカ殿を私の邸に滞在させる事を責められ、泣きながら弁明したそうであるからな…」
アレックス…?
…あぁ、ルグドワルド侯爵の事か。
てか、国王陛下…
泣いたんかい…
それにしても、王妃様や王女様達…
ここまで私を風呂で洗う事に執着するとは…
恐ろしい執念だな…
だが私は諦めない!
絶対、この王都滞在を平穏に過ごしてやる!
そう決意した私は、早速行動に移したのだった。




