第204話 陛下、それは言い過ぎです…
「魔法医と言うか… 医師であるならば、傷病人を治す事こそが天から与えられた使命… 天啓であると私は考えます。その為にも治療に要する最大魔力容量の底上げは必須です」
王宮からの要望に応え、王都の魔法医達に教鞭を執る私。
とは言え、最大魔力容量を底上げする方法なんて知らないのだが…
と言うか、そもそも私の場合は転生する際にどんな魔法でも無制限に使える能力を付与して貰ったから、そんな事を考える必要すら無かっただけなんだけどね…
そこへ、助教として呼ばれているハインツ・フレデリック教授が補足説明を始める。
「最大魔力容量を底上げするには、限界まで魔力を行使するのが宜しいかと… 筋肉を鍛えれば筋肉痛を起こしますが、筋肉痛が治まると少しではありますが筋力が上がります。それと同じ事が魔力でも起きるのです」
なるほど…
つまり、魔力枯渇を起こす程に魔力を行使する事で、少しではあるものの魔力の底上げが出来ると言う事か…
「し… しかし、限界まで魔力を行使するとなると、翌日は動けなくなりますぞ?」
「そ… そうです! 休診日の前日なら可能でしょうが、そうなると折角の休日を寝て過ごす羽目に…」
「その通りですな。昼からを休診にしている日も、目的は減った魔力を回復させる為ですし… それなのに、1日自由に過ごせる日を魔力の底上げに使う為、前日に限界まで魔力を使うなど…」
ぶちんっ!
「ざけんな、テメー等ぁあああああっ!!!!」
私の中で何かがブチ切れ、思わず手元に有った水の入ったグラスを魔法医達に向かって投げ付ける。
「エ… エリカ様、何を!?」
突然の私の行動に、フレデリック教授が驚く。
まぁ、予想もしてなかっただろうから、驚くのも無理はないけど…
傷病人を治療する事に魔法医──医師──としての意義を見出だしてる…
と言うか、生き甲斐すら感じてる私としては、こいつらの甘ったれた考えは全く看過出来ない。
「テメー等、何の為に魔法医になったんだ! 怪我人や病人を治す為じゃないのか!? だったら1人でも多くの傷病人を治したいと思わないのか!?」
私の剣幕に、何も言えない魔法医達。
更に私は捲し立てる。
「まさかと思うが、金の為とか権力者に取り入る為とか言うんじゃないだろうな!? そんなヤツが居るなら、今すぐ前に出ろっ! そんなヤツ、私がブチ殺して─」
「エリカ様! 落ち着いて下さいっ! いくら何でも殺すのはいけません! 君達! 今日は解散です! とりあえず、魔力を限界まで行使する事で最大魔力容量の底上げが出来る事は心に留めておいて下さい!」
私は尚も魔法医達に向かって行こうとするが、フレデリック教授に羽交い締めにされているので手足をバタバタさせる事しか出来なかった。
小さい身体が怨めしい…
────────────────
翌日、事の顛末を聞いた国王陛下は私を呼び出し問い質す。
「エリカ殿の言いたい事も解るが… さすがに『殺す』の一言は看過できぬな… 何が其方をそこまで激昂させたのだ?」
私は直立不動の姿勢をとり、陛下の目を真っ直ぐに見据えて答える。
「私は魔法医… すなわち医師とは、病や怪我を治す事こそが使命であり本懐だと信じております」
大きく頷く陛下。
私は続ける。
「しかしながら、助教のフレデリック教授が最大魔力容量を底上げする方法を論じたところ、王都の魔法医達は… あろう事か休診日を自らの休日として満喫する事を優先したんです! 教授の弁に依れば、最大魔力容量を底上げするには限界まで魔力を行使するとの事です。当然、魔力枯渇で翌日は動けなくなります。なので、必然的に土曜日に魔力を使い切る事になるのですが…」
「土曜の残り半日では回復し切れず、魔法医達はそれを忌避している… それも、自身が日曜日の休日を満喫する為にと言う事か…?」
今度は私が大きく頷く。
すると、顎に手をやり考える陛下。
待つ事しばし。
やがて考えが纏まったのか、私に質問する。
「その魔力枯渇だが、完全に回復するのにどの程度の時間が必要なんだね?」
知らんけど…
私が首を捻り、答えるのに窮していると、陛下も同じ様に首を捻る。
「どうしたのかね? エリカ殿も、最初から今の様に膨大な魔力を有していたワケではあるまい? 魔力枯渇を幾度となく繰り返し、最大魔力容量の底上げを図ったのではないのか?」
あぁ…
普通なら、そう考えるか…
さすがに転生する際に付与して貰った能力とは言えないし…
ここはミラーナさんと相談して考えた、私が不老不死になった経緯と、ロザミアに着く前に考えた祖父母の設定を繋げるか…
「私の場合、20年ぐらい前にニュールンブルクの大森林で両親を亡くし、その際に不老不死になりまして… その後は医師の祖父と魔導師の祖母と暮らしていました。その際、祖父からは医師としての教育を、祖母からは魔導師としての教育を受けました。祖父母からは、確かに『最大魔力容量を上げたければ、倒れるまで魔力を使え』『魔法医となって多くの人を救いたければ、最大魔力容量の底上げは必須』と教わりましたね。なので、医学の勉強と魔力の底上げばかりの毎日でした」
陛下は納得した様に頷き、質問を続ける。
「それを、何年ぐらい続けていたのかね? そして王都の魔法医達も、エリカ殿の様に膨大な魔力を持つ必要があるのかね?」
「私は… 気が付いた時には魔力枯渇を起こさなくなってましたね。何年掛かったのかは覚えてませんが、祖父母が亡くなる少し前の事なので、10年は超えていたのではないかと… それと、王都の魔法医達がそこまでする必要はないでしょう。私の場合、祖父から医学を教わるのが1日。祖母の指導で魔力を限界まで使うのが1日。魔力枯渇で倒れ、回復するのに1日~2日と言ったローテーションを繰り返していましたが… それは魔法医になる遥か前ですし、なにより魔力枯渇を起こして倒れても問題の無い生活だったから出来た事です。王都の魔法医は数も多いですし、ロズベルム王国の魔法医と同程度まで最大魔力容量を底上げする程度で充分ではないかと…」
陛下は再度大きく頷く。
「ならば王都の魔法医達は、どの程度の期間を最大魔力容量の底上げに要すれば良いと思うかね? エリカ殿の忌憚のない意見を聞きたいと余は思うのだが…?」
う~ん…
私の生い立ちと言うか、今の話は全部作り話なので、忌憚のない意見と言われても困るんだけど…
「期間に関しては何とも言えません。それぞれが現在持っている最大魔力容量でも変わるでしょうし… それより問題なのは、先に申し上げた様に王都の魔法医達の心構えの方ではないかと…」
怪我人や病人…
すなわち患者を1人でも多く治療する事より、自身の休日を満喫する事を優先するなど魔法医…
いや、医師を志した者の考えとしては赦し難く、万死に値すると言っても過言ではない!
「いや、さすがに万死に値するとは言い過ぎではないか? まぁ、エリカ殿がそう言いたくなる気持ちも解らんでもないが…」
あら?
また声にでてましたかね?
いや、最近は多少なりとも気を付けていたからか、ミラーナさん達からも指摘されていなかったが…
どうやらアタマに血が上っていたからか、思わず口に出ていたみたいだな…
「だが、エリカ殿の言い分も尤もである。医師である魔法医の本分は、1人でも多くの傷病人を治療する事であるのは明白! それと己の休日を満喫する事を天秤に掛けるとは、赦し難き愚考であり愚行である!」
陛下は立ち上がり、いささか芝居掛かった動作で周囲に居る大臣達に向かって声を張り上げる。
「王都の魔法医達に伝えよ! せめてロズベルム王国の魔法医と同程度まで最大魔力容量を底上げせよと! 出来ぬだの休日がどうのと吐かすなら、国王命令だと言っても構わぬ! それでもグダグダと言い訳を吐かすのであれば、それこそエリカ殿が怒りに任せて貴殿等を骨も残さず消滅させると伝えよ! 急げ!」
ちょっと待てぇえええええいっ!!!!
何だ、その骨も残さず消滅させるってのはっ!
いくらなんでも聞き捨てならんぞ、その一言はっ!
と思っても後の祭り…
陛下の言葉は瞬く間に王都の魔法医達に行き渡り、ビビった魔法医は休診日の前日に限界まで魔力を行使する事が慣例になったのだった。
また私の悪評が王都に広まるじゃんかぁ…




