第203話 ほのぼのとしたマインバーグ伯爵邸、王宮では…?
時は少し遡り、エリカがマインバーグ伯爵に連れ去られた(?)翌日。
「なんねぇ。エリカちゃん、ヴィランに連れて行かれたんかや? ほしたら治療院はどがいするんね? アリアちゃん1人で切り盛りするんかや?」
夜の部の診療開始から、失神したサミュエルを引き摺ってきたプリシラが尋ねる。
「まぁ、アリアちゃんの最大魔力容量なら問題無いよ。多分だけど、ヴィランの魔法医100人と治療競争しても負けないんじゃないかな?」
「ミラーナさん、それはさすがに無理ですよ… 王都の魔法医って、1日に骨折を7~8人治せるって聞いてますよ? 単純計算でも、1000人近く治療しないと勝てないですから… エリカさんならまだしも、私には無理です…」
アリアは苦笑しながら答える。
「まぁ、確かにエリカちゃんにしか出来ないだろうなぁ… エリカちゃんの最大魔力容量は底抜けと言うか、天井知らずだからなぁ…」
「そうよねぇ… エリカちゃん以外に1日で何百人も治せる魔法医なんて、居ないでしょうしねぇ…?」
「…って言うかさ、ヴィランの魔法医の実力が低過ぎなんじゃない? だからエリカちゃんが講師として呼ばれたんでしょ?」
アリアの言葉に同意(?)するミラーナ、ミリア、モーリィ。
「ほぅよのぅ… エリカちゃんやアリアちゃんに比べよったら、王都の魔法医は情けなぁけぇねぇ… いちんちに骨折を7~8人しか治せんって… ウチがサミュエルをシゴウしゃげた時も、3人ぐらい集めんと治せんかったけぇね」
サラッと言うプリシラだったが、全員が彼女を『やり過ぎだ』と言わんばかりのジト目で見るのだった。
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「さて、エリカ殿。そろそろ風呂に入って寝るとするかね?」
夕食を終え、歓談する事しばし。
時計が21時を少し過ぎた頃、マインバーグ伯爵がソファーから立ち上がりながら言う。
「そうですね♪ お背中、お流しします♪」
私も立ち上がりながら応えると、控えていた執事やメイドが驚く。
「だ… 旦那様! もしやエリカ様とご一緒に!?」
「あぁ、私には息子しか居らぬ故、娘と一緒に風呂に入るのは、叶わぬ夢だと諦めていたのだが… その夢をエリカ殿が叶えてくれるそうだ♪」
少し照れつつも、嬉しそうに話すマインバーグ伯爵。
「それは… 良うございました… こんな事を言っては坊ちゃま達に申し訳無く思いますが、旦那様は男の子が生まれる度に残念そうにしておられましたから…」
それ、本当に申し訳無いぞ、マインバーグ伯爵…
同じ残念がるにしても、生まれた事を喜んでからにしろよ、おっさん…
生んでくれた奥さんにも悪いだろ…
まぁ、私は前世で妹が居たし、子供の頃は一緒に風呂にも入ってたから、伯爵の気持ちはイマイチ理解出来ないんだが…
それでも男として、女の子と一緒に風呂に入るのが嬉しいってのは解る。
てか、嬉しくない男なんて居ないだろ!
いやまぁ、同性愛者は別だろうけどさ…
それは別として、スキップするのは止めろ、伯爵…
使用人達がドン引きしてるぞ…
そうして私は、スキップするマインバーグ伯爵の後ろを遮光器土偶みたいな表情の侍従長と付いて行くのだった。
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「侍従長さん、私が服を脱ぎ始めたら顔を逸らしてましたねぇ…」
マインバーグ伯爵の背中を流しながら話し掛けると、伯爵は苦笑しながら言う。
「エリカ殿の裸を見ては失礼だとでも思ったのであろう♪ 彼奴からすれば、見た目は孫と変わらんであろうにな♪」
そうなのか?
見た感じ、マインバーグ伯爵より少し歳上…
50歳を少し過ぎたトコだと思うんだけど…?
「うむ、セガールは私より6つ上の51歳であるな。確か、20歳で長男が生まれ、その長男も20歳で子を成しているそうであるから、孫は10~11歳であったかな?」
なんだ、それなら私は本当に孫──見た目だけは──みたいなモンじゃないか…
顔を背ける必要、無いと思うけどな…?
「それは仕方あるまい。王都に住む者共からすれば、エリカ殿は聖女と思われておるのだ。まぁ、数年前の王都での治療劇は王都だけでなく、周辺の領地でも有名であるからな。そんな人物の裸を見るのは不敬だとでも思ったのであろうな、はっはっはっ♪」
いや、笑ってる場合ぢゃねぇよ、おっさん…
私は聖女扱いなんて御免蒙るっての!
まぁ、言っても無駄なんだろうけどね…
「はぁ… 何度も言ってますけど、私は聖女じゃありませんからね…? それはともかく、マインバーグ伯爵様の背中って大きいんですねぇ…」
今まで服の上からしか見た事がなかったし、旅の途中での治療でも服は着たままだったから、生の背中を見たのは初めてなんだよな…
治療院に泊まって貰った時も、風呂は一緒じゃなかった──当然だけど──し…
「四十肩だったか五十肩だったかを治療して貰った時にも言ったが、これでも鍛えておるのでな♪ そんじょそこらの若者には負けぬだけの自信はあるのだよ♪」
うん、それは解る。
特に広背筋なんて、前世での香港の俳優兼武術家みたいじゃん…
下手すりゃ、それすらも上回ってるんじゃないか?
こんな凄い身体の伯爵を簡単に負かしてたのか、ミラーナさんは…
そんな事を考えていると、伯爵はクルリと私の方へ身体を向ける。
「では、今度は私がエリカ殿の身体を洗って進ぜよう。タオルを貸したまえ♪」
と、言うが早いか、私の手からタオルを取ると、液体石鹸を追加して洗い出す。
「あっ、あのっ! 伯爵様!?」
驚く私に伯爵はニッコリと笑い…
「娘の身体を洗う。これも夢だったのだよ。なぁに、息子達も小さい頃は、よくこうやって洗ってやったものだ」
と、実に嬉しそうに私を泡だらけにしていく。
なんだろう…?
王妃様達に洗われる時と違って、疲れや恥ずかしさを全く感じないんだけど…?
疑問に思った私がポロッと伯爵に言うと、伯爵は少し考えてから答える。
「フム… それは私が自分の娘と思って洗っているからではないかな? エリカ殿が王妃様達に洗われて『疲れる』『恥ずかしい』と感じるのは、きっと遊び半分で洗っているからなのであろうな…」
確かに…
王妃様にせよ2人の王女様にせよ、私を自身の子供と思って洗っているワケじゃないからなぁ…
王妃様はともかく、2人の王女様は特に…
子供が居ないんだから当然と言えば当然なんだが…
「王妃様達に洗われるのは疲れますけど、伯爵様に洗って貰うのは気持ち良いですね♡ 洗われて疲れると感じるのか、気持ち良いと感じるのかは、洗う側の気持ちで変わるって事なんでしょうね♡ 私、伯爵様となら毎日でも一緒に入りたい気分です♡」
「そ… そうであるか? なら、エリカ殿がヴィランに来た時は、我が邸を定宿にしても良いのであるぞ? 願わくば、私が領地に戻っている時は侍従長と共に入ってやってはくれぬか? 実は彼奴も娘が居らず、孫も男ばかりであるからな。きっと、娘や孫娘と一緒に風呂に入りたかったと思っておろう」
私は二つ返事で了承した。
が、さすがに…
「この邸に居る間は、私の事を『パパ』と呼んでくれたら、更に嬉しいのであるが…」
との提案は『伯爵様に対し、それは不敬である』と全力で断ったが…
鼻の下、伸ばし過ぎだろ、おっさん…
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その頃、王宮では…
「陛下… 私達がエリカちゃんの来訪、心待ちにしていた事はご存知ですわよね…?」
「お父様! 私、もうすぐアンドレ様と結婚してイルモア王国を離れますのよ! エリカちゃんをお風呂で洗う機会も、今回の来訪が最後かも知れないんですのよ! その機会を奪うなんて、お父様は悪魔ですわ!」
「お姉様の気持ち、私にも痛いほど解りますわ! 私も何れは結婚して、イルモア王国を離れますのよ! 残り少ないエリカちゃんをお風呂で洗う機会を奪うなんて、どうしてくれますの!?」
マリアンヌ、キャサリン、ロザンヌから、エリカがマインバーグ伯爵邸に宿泊する許可を出した事を責められ泣いている国王、アインベルグの悲惨な姿があったのだった。




