第202話 私の提案に、ウキウキし過ぎるマインバーグ伯爵です…
ロザミアを出発してから20日、ようやく私達は王都に到着したのだが…
道中の全ての街や宿場町では、宿がホプキンス治療院かと勘違いする程に忙しかった。
お陰で私は疲労困憊。
王妃様、キャサリン様、ロザンヌ様からのお風呂攻撃を回避する事が出来ず、またも好き放題洗われたよ…
その所為で今回の一件──私を逃がさない為トーマス・ボウマン少尉に指示し、立ち寄る街や宿場町に私の情報を流させた黒幕を探す気力すら無くなったわ…
「随分と疲れておる様だが… エリカ殿、大丈夫であるか…?」
案内された部屋でグッタリする私の顔を、マインバーグ伯爵が心配そうに覗き込む。
「道中での治療行為に関しては問題ありませんよ… ロザミアでの日常と変わりないですからね… 疲れたのはお風呂です…」
私が答えると、マインバーグ伯爵は首を傾げる。
「風呂で疲れたのであるか? 風呂は疲れを癒す場の筈だが…?」
「王妃陛下、キャサリン殿下、ロザンヌ殿下から全身を洗われまくるんですよ… 何が楽しいのか理解に苦しむんですけど、皆さん嬉々として私の身体を洗うんです… それがもう、精神的に疲れて疲れて…」
私が言うと、伯爵は何やら考え込み…
「王妃陛下、キャサリン殿下、ロザンヌ殿下から全身を…? それは羨まし… ごほっ、ごほっ! 失礼… いや、私には娘が居らぬ故、つい本音が… ではなくて! 何と言えば良いのやら…」
マインバーグ伯爵も男なんだなぁ…
でもまぁ、男親としては娘と一緒に風呂に入るのは夢なのかも知れないな…
なら、ここは私が一肌脱ごうじゃないか!
私自身、中身は男なんだから伯爵と一緒に風呂に入るのは何の抵抗も無いしな。
「あの、マインバーグ伯爵様…? 王都の魔法医達の講師を務めるのに、必ずしも王宮に滞在する必要はありませんよね? 講師を務める場所が王宮だとしても、寝泊まりする場所まで王宮である必然性は無いと思いますけど…?」
私の意見に伯爵は宙を仰いで考える。
待つ事しばし。
やがて伯爵は考えが纏まったのか、私を見据えて話し始める。
「確かにエリカ殿の言う通りではあるな。講師を務めて貰う場所は王宮の会議室であるが、今までと違って報奨する為ではないからな… だが、それなら何処で寝泊まりするつもりであるか? 途中の街や宿場町での診療で宿泊費ぐらいは稼いだではあろうが、患者1人につき銀貨1枚の治療費では大した稼ぎにはならなかったであろう?」
いや、普段と変わらないぐらい忙しかったから、金貨20枚は稼いだけどね?
言う必要はないから言わんけど…
「そうですね… なので、ご迷惑でなければマインバーグ伯爵様の王都邸に泊めて頂ければ助かるし、嬉しいのですが… それに、伯爵様さえ良ければ一緒にお風呂に入って背中を流させて頂いても… 本当の娘ではありませんが、私と一緒にお風呂に入る事で伯爵様の夢… と言って良いのか分かりませんけど、それ──娘と一緒に風呂に入る──が叶えられたらと思ったんです… ダメですか…?」
私は少し俯き、上目遣い──勿論、計算尽く──でマインバーグ伯爵を見て懇願する。
マインバーグ伯爵は困り顔をしつつも真っ赤になり、汗をダラダラ流しながら話し始める。
「ま… まぁ、エリカ殿の達ての願いであると言うなら、私としても吝かではないし… 先程も申した様に、必ずしも王宮に滞在する必要は無いのであるからして… しかし、エリカ殿は私の王都邸に滞在するのはともかくとして、私と一緒に… その… 風呂に入るのに抵抗は無いのであるか? 見た目こそ子供だが、実年齢は成人であろう?」
おっさん… なんか可愛く思えてきたぞ…
「私は構いません。勿論、伯爵様に下心が無ければですが…」
「そっ そんな事、あるワケ無いではないか! この様な事を言うのは迷惑かも知れぬが、エリカ殿は私の娘みたいなモノだと思っておるのだ! …よかろう。今から陛下に申し上げてみよう。しばらく待っていて頂けるか?」
私が黙って頷くと、マインバーグ伯爵は部屋を出ていった。
よっしゃぁああああああっ!
これで王宮から逃げ出せるぜ!
私は急いで王宮から逃げ出す為の荷造りを始めるのだった。
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「なるほど… エリカ殿の言い分も道理であるな… マインバーグ伯爵、貴殿の邸でエリカ殿を充分にもてなしてやってくれ」
「はっ! 承知致しました!」
ニコニコ笑顔でマインバーグ伯爵は敬礼し、謁見の間を出ていく。
急いでエリカに知らせようと小走りになるマインバーグ伯爵だったが、いつの間にかスキップに変わっており、その姿を見た者をドン引きさせたのだった。
勿論、謁見の間から後ろ姿を見た国王もである。
「ルドルフ… 何をそんなにはしゃいでおるのだ…?」
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「あっさり許可が下りましたね… まぁ、私としては助かりましたけど♪」
「うむ、王妃陛下達の楽しみを奪ってしまった事は申し訳無く思うのであるが、エリカ殿が疲れて講師としての役割を全う出来なくなるのでは本末転倒であるからな。ただ、国王陛下には辛い思いをさせてしまうのではないかと、心苦しいのではあるが…」
あぁ… 王妃様達から責められるだろうからなぁ…
すまん、陛下。
頼むから耐えてくれ。
これも私の心身の平和の為なんだ…
私は心の中で陛下に詫びた。
「エリカ殿、顔がニヤけておるぞ? まぁ、王妃陛下達からの風呂攻撃から逃れられて嬉しいのであろうが…」
あら?
本音が顔に出てましたかね?
「えっ? えっと… 私、ニヤけてました? …それはともかく、私の講師としての仕事はいつからでしょうか? 出来れば今日は遠慮させて欲しいんですけど…?」
「あぁ、それは問題ない。王都の魔法医達の休診日に講義を予定しておる故な。なので、今日と明日は私の邸で寛いでくれ」
それは助かる。
マインバーグ伯爵の王都邸でノンビリ過ごさせて貰いつつ、気が向いたら王都を散策しようかな?
てか、王都の魔法医の休診日って、皆が同じ日なのか?
「うむ、王都の魔法医達の休診日は、日曜が丸1日、水曜と土曜が昼からの休みであるな。月に3日、5の付く日のみ休みのエリカ殿からしたら、憤慨するやも知れぬが…」
…いや、さすがに怒らないよ?
だって前世の日本の医療機関の休診日と殆ど同じだし…
勿論、例外はあるけど…
「まぁ、皆さん私みたいに最大魔力容量が多くありませんからね。それぐらい休まないと魔力が回復しないんでしょう。とりあえず私は講師に相応しい服でも買いに行きます。さすがに普段着で、と言うのは失礼でしょうし… 何処か良い店をご存知ありませんか?」
「講師に相応しい服であるか…? それなら私の妻の行き付けの店が良いであろうな。案内しよう」
そうして私はマインバーグ伯爵に連れられ、ミランダ様御用達の店へと向かったのだった。
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「エリカ殿、このスーツは如何であるか? この花柄のブラウスを合わせれば講師としての気品だけでなく、貴殿の可愛らしさも引き立ててくれると思うのであるが? おっ、このドレスなども良いのではないか? 王宮で着ている物よりピシッとしており、講師としても申し分ないであろう♪」
マインバーグ伯爵は、店に入るなり嬉々として服を選び始めた。
それにしても、さすがは王都。
それも貴族が行き付ける店だけあって、どの服も目が飛び出るほど高い。
値札を見て、私が躊躇していると…
「値段を気にしているのであるか? それなら気にする事はないぞ? ここでの支払いは私が全て持つから、安心して好きな服を選んでくれたまえ♪」
おっさん…
はしゃぎ過ぎだよ…
そうして私はマインバーグ伯爵に言われるがまま、大量の服を購入する羽目になったのだった。
いや… 勿論、支払いはマインバーグ伯爵だけどね…
そんなに私が一緒に風呂に入るって言ったのが嬉しかったんかい…
その後、王都邸に帰ったマインバーグ伯爵は夕食の席でもソワソワしていて、使用人達から不審な眼で見られていたのだった。




