第201話 王都への道中は、治療三昧です。何故だ…?
私はマインバーグ伯爵に拉致(?)され、最初の宿場町『タルキス』に居る。
ロザミアに逃げ帰ろうと思えば可能な場所だが、私の魔法医──医者──としての使命感が許さなかった。
護衛として同行している騎士達の誰もが身体の何処かを故障していたのだ。
勿論、マインバーグ伯爵も。
もっとも、伯爵は一番軽症なので後回し。
最も重症なロッド・ゲイル騎士団長から治療を施していく。
「なんで、こんなになるまで放置してるんですか…? 頸椎椎間板ヘルニアを発症してますよ? 手や足が痺れたり、肩、背中、腕にかけて痛かったりしてたでしょう? 力が入り難かったりした事はありませんか?」
「エリカ殿、そのけいついついかんばんへるにあとは何であるか?」
ゲイル騎士団長を診察しながら言うと、傍らで様子を見ていたマインバーグ伯爵が聞いてくる。
「簡単に言えば、骨と骨の間にある円板状の軟骨… これを椎間板って言うんですけど、それがはみ出た状態をヘルニアって言うんです。それが頸椎、つまり首の骨で起きてるんですよ」
私が説明するが、マインバーグ伯爵は首を傾げる。
まぁ、異世界の医学は地球の中世並だからな…
「そうなると、どうなるのであるか?」
「首を含めた背骨の中には神経の束が詰まってます。軟骨がはみ出した事で、その神経が圧迫されるんですよ。特に首は、全身に繋がる神経が集まってますからねぇ… それこそ、首から肩・背・腕にかけての痛み、四肢の痺れや脱力などの症状が現れるんですよ」
なんとなくだが、マインバーグ伯爵もゲイル騎士団長も理解した様だった。
「た… 確かにエリカ殿の仰る通りの症状はありました… 疲れと歳の所為だと思っていたのですが…」
「まぁ、あながち間違ってはいませんね… 加齢でも椎間板ヘルニアは発症しますから。でも、だからと言って放置しないで下さい。若い内は回復力も高いですし、少々の不調も少し休めば良くなるでしょうが… 人間、30歳を超えたら徐々に回復力も体力も衰えるんですよ? そりゃ、その下降も訓練や運動の継続で抑えられますが、それでも限界はありますからねぇ…」
話ながらも治療を終えると、ゲイル騎士団長は肩をグルグル回しながら満足そうに頷く。
「さすがは噂に聞くエリカ殿ですな。もう痛みも痺れもありません」
どんな噂なんだか…
どうせ変に持ち上げてんだろうけど…
その後、夕食を挟んで騎士団の面々を治療した私は、最後にマインバーグ伯爵の治療を行う。
さすがに普段から鍛えているだけあって、慢性的な症状は四十肩ぐらい。
まぁ、最近では四十肩も含めて丸ごと五十肩と呼ぶんだけどな。
どうでも良いけど…
それはともかく、マインバーグ伯爵の場合は慢性的なモノではなく、単に加齢が原因なだけだ。
腰椎に椎間板ヘルニアの兆候も確認できたが、まだまだ予備軍の粋を出ないので様子見だ。
「まぁ、私も45歳であるからな。それは致し方あるまい。だが、鍛えていなければ、もっと症状は重かったのであるか?」
「鍛えている、いないより、若い頃と変わらず動かしてるからじゃないですかね? と言うか、四十肩とか五十肩とか言いますけど、原因が明らかな疾患はそれらに含めないんです。要は『肩に疼痛(ズキズキ痛む事)と運動障害がある』『患者の年齢が40歳以上である』『明らかな原因が無い』という3条件を満たすモノを四十肩とか五十肩と呼ぶんですよ。伯爵様の場合、若い頃と同じ様な鍛練を行っている事で肩の可動域が保たれている分、痛み等の症状が抑えられているのではないかと… まぁ、飽くまでも私の推測に過ぎませんけどね」
私の説明にマインバーグ伯爵は頷く。
「ふむ… ミラーナ様に勝ちたいとの一心で鍛練を行っていたのであるが、意外な所で身体の状態を保っていたのだな…」
ミラーナさん打倒はともかく、それが身体の若さを保ってるんだから良いか…
そうして全員の治療を終えた私は、さっさと風呂に入って眠ったのだった。
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翌日からは、移動と怒濤の治療ラッシュだった。
宿で朝食を済ませると、すぐに馬車で次の宿場町まで移動。
移動中はマインバーグ伯爵とゲイル騎士団長に両脇を固められ、向かい側には3名の騎士団員。
更に騎馬の護衛5人が馬車を囲んでいて、楽しく会話しつつも『絶対に逃がさない』とのプレッシャーを掛けられている。
そして宿場町に着くと、何故か宿屋に傷病人が殺到。
外が真っ暗になるまで診療に忙殺された。
勿論、途中に在る貴族が治める街でも同様。
と言うか、街の方が宿場町より押し掛ける傷病人は多い。
人口が多いから当然なのかも知れないが、こんな事は初めてだ。
王都には何度も行ってるが、途中で治療活動した覚えは無い。
これ、絶対に何か裏があるだろ…
そう思った私は、夕食の席でボソッと呟いた。
「まるで私の来訪を知っていたみたいに患者が来ますねぇ…」
みたいじゃなく、本当に知っているから来たんだろうけどな。
「確かに不思議であるな… エリカ殿を迎えに行く時には、その様な雰囲気は感じられなかったのであるが…」
言ってマインバーグ伯爵は顎に手をやり考え込む。
ん? マインバーグ伯爵の差し金かと思ったが、違うのか?
いや、考えてみたらマインバーグ伯爵にそんな事をする理由が無いな。
なら、いったい誰が…?
私が周囲を見渡すと、1人キョドった若い騎士が居る事に気付いた。
彼は街や宿場町が見えたら先行し、宿の手配をするのが担当だった筈だけど…
確か階級は少尉で25歳、名前はトーマス・ボウマンだったな。
そのトーマスさんは、私の視線に気付くと頭を下げて謝り倒した。
「も… 申し訳ありません! 私が宿を手配する際、エリカ殿の事を話したのです! そうする事でエリカ殿の治療を望む患者が宿に押し寄せ、エリカ殿の逃亡を防げると思い…」
「お前の所為かぁっ!」
すぱぁあああああんっ!!!!
ゴルフ・スイング式のハリセン・チョップの一撃が、頭を下げたトーマスさんの顔面に炸裂。
トーマスさんは空中を舞う様に3回転し、顔面から床に落ちた。
「理由を話せっ! 何が目的で… って、私の逃亡を防ぐ為って言ったけど、あんたの考えじゃないでしょっ! 誰に指示されたっ!?」
「ボウマン少尉… エリカ殿の言う通りであろう? 素直に話せ。致し方ない理由であれば、エリカ殿は許してくれると思うぞ?」
怒る私を制し、マインバーグ伯爵が静かに語り掛ける。
しかし、何故かトーマスさんは顔を背け、明後日の方向に視線を向ける。
素直に白状した方が良いだろうに、伯爵の言葉にこんな態度を取るって事は…
間違いなく伯爵より上の階級からの指示だな?
それでもそれなりの階級の騎士なら…
縦んば公侯爵辺りが無茶な事を言っても、道理に悖るなら拒否するだろう。
て事は、絶対に逆らえない相手からの指示だな?
つまりは王族だ。
そして、そんな事をする王族と言えば…
「なるほど… トーマスさんに私の足止めを命じたのはマリアンヌ陛下… もしくはキャサリン殿下かロザンヌ殿下ですね? それなら仕方ありませんね…」
私は肩を落とし、王都に行く覚悟を決めた。
ただし、誰の差し金かハッキリさせてからだ。
勿論、黒幕にはハリセンを叩き込むのは決定事項。
それが例え王妃様であったとしても…
私の決意に、何故かマインバーグ伯爵を初めとした全員が引き攣った笑顔を浮かべていた。
何故だ…?。




