第99話 ミラーナさん、たまには本気モード?
「で、アタシに亡命の手助けをしろと?」
怪訝な表情で他国の元・貴族に対して尋ねるミラーナさん。
私、ミリアさん、モーリィさん、アリアさんは黙って成り行きを見守っている。
他人に話を聞かれたくないって事で、場所は治療院のリビングである。
「そう言う事なら国王に… って、それは無理か… 亡命するって事は貴族としての身分を捨てたって事だからな… そもそも国交すら無かった国の貴族が国を捨てて平民となった以上、他国の国王が簡単に謁見を許すのも可笑しな話か…」
頷くバーグマン公爵とシュルンマック侯爵…
いや、バーグマン氏とシュルンマック氏。
「だからこそ、ミラーナ殿下にと思いましてな。こんな事を言うのは何ですが、イルモア国王に掛け合うには、王族の中で唯一領地を持ち、王宮の外へ自由に出る事が可能なミラーナ殿下しか頼れる人物は居ないのです」
必死に懇願するシュルンマック氏。
「私も彼と同意見です。我々がイルモア王国に亡命するには、貴女様の口添えが無くては… 勿論、イルモアで貴族としての身分を保証して欲しい等とは言いませぬ。ただ、我等をイルモア王国で受け入れて欲しいだけである事は、この身に誓いましょう」
バーグマン氏も必死の様子。
腕を組み、迷ってる様子のミラーナさん。
迷うのも無理はない。
デリケートな問題だし、自分の判断一つで他者の命を奪いかねない重要案件なんだから。
戦争で… 戦場で敵対した相手の命を奪うのとは全く違う。
「そう言えば… 前の戦争での講和会議って、まだ終わってなかったよな? それに関してアタシ達イルモア王国側は、当事者側に任せるって立場だけど… で、ハングリル王国の捕虜は身代金の支払いが済んでないから、王都に捕らわれたままって事か… まぁ、そっちはハングリル王国側が捕虜引き渡しの身代金をブルトニア王国に支払えば良い事だし…」
亡命以外の事まで考えだすミラーナさん。
私達の思考が及ばない部分まで考えている様子。
こんな時は、さすがに王族としての自覚が芽生える様だ。
普段は何も考えず、本能で動いてるみたいだけど。
「いずれにせよ、国王に報告して指示を仰がなきゃならないだろうな。アタシに一任してくれるなら悪い様にはしないんだが… そもそもハングリル王国が戦争したのはブルトニア王国だ。イルモアは友好国からの要請を受けて援軍を出しただけで、ハングリル王国の貴族をどうこうする権利を主張する立場でもないしな」
あら?
いつもなら『エリカちゃん、今…』とか言うのにスルー?
てかミラーナさん、まさかと思うけど本気モード?
「とにかく急ぎの案件だな。アタシは早馬で父上に知らせる。返事が届くまで、貴殿達には待って貰う事になるが…」
「「それは構いません」」
ハモったよ…
でも、王宮に事態が伝わるのに早馬で5日。
返事が届くのに5日。
問題は、結論が出るのが早いか遅いか…
それまでの生活費は大丈夫なのかな?
今すぐ何かしらの職業に就けるとは思えないし…
「まぁ、余裕があるとは言えないが、宿屋の大部屋暮らしで贅沢さえしなければ、2~3ヶ月は大丈夫だろう」
「うむ… 私もブルーノ程ではないが、2ヶ月程度なら大丈夫だろう。いざとなればギルドに登録して、薬草採取でもして日銭を稼ぐさ。領地に薬草園を持っていたので、薬草の見分け方ぐらいは知っているからな」
私の疑問に微笑みながら答える2人。
まぁ、結論が出るまで半年も掛かるなんて事は無いだろうから大丈夫かな?
そしてミラーナさんは手紙を書きに自室へと向かい、元・貴族の2人は宿屋へ帰って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「俺が思っていたよりもミラーナ王女は話が通じる相手だったな、ハロルド…」
ここは宿屋のロビー。
その片隅で話すバーグマンとシュルンマック。
「俺は確信に近いモノがあったよ。今でこそ『傍若無人』とか『破天荒』とか言われているが、成人前は『実に頼りになる素晴らしい王女』だと言われていたらしいからな。多分だが、『傍若無人』とか『破天荒』とかが本性なんだろうが、それを誰にも感じさせずに『実に頼りになる素晴らしい王女』を演じていたって事だろうな。だが、その素養が無いのに上辺だけ演じていても、すぐにボロが出るだろう? つまり、ミラーナ王女は2つの顔を持っているという事だ」
納得して頷くバーグマン。
「なら、俺達に出来る事は?」
その質問に肩を竦めて答えるシュルンマック。
「何も無い。イルモア国王が出す結論。それに対するミラーナ王女の考えに任せるしかないって事だ。上手く行く様に祈るか、ギルドに登録するのが〝出来る事〟かな?」
違いない。
そう思って苦笑するバーグマンだった。
しかし、気になる事もあった。
「それにしても、あの屋敷? …あれは何なんだ? 領主邸というワケでも無さそうだったな… 看板には『ホプキンス治療院』とか書いてあったが、医療施設か? あの建物がミラーナ王女の自宅なのか? 領主邸らしい建物も無かった様だが… 確か、お前の情報ではギルドの在る中央広場にバルコニー付きの立派な領主邸が…」
手を突き出して制止するシュルンマック。
「そりゃ、最新の情報では無いからな。それは仕方の無い事だろう。国交の無い国の情報など、そんなモノだ。何があったのかはミラーナ王女にでも聞けば良い。とにかく、今の我々に出来る事は何も無い。それが事実だ。なら、不確実な事や不確定な事に気を病むより、しばらくノンビリ過ごした方が良いんじゃないか?」
バーグマンは溜め息を吐いてソファーに凭れる。
「それもそうか… やるべき事はやったんだからな… 後は、運を天に任せるしかないか…」
その言葉に、シュルンマックもソファーに凭れるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「王都での結論待ちですね…」
私が呟く。
「それしか無いわよねぇ…」
「それしか無いよねぇ…」
「それしかありませんね…」
ミリアさん、モーリィさん、アリアさんも同意見みたいだ。
まぁ、私達にどうこう出来る問題では無いんだけどね。
王宮の出す結論と、それに対するミラーナさんの考えに任せるしかないのは明白だろう。
平民の私達に出来る事は何も無いんだから。
私達に出来る事は、夕食を食べて風呂に入って寝る事と、普段通りの生活を続ける事だけだ。
いや、他に何をしろと?
そう言ってミラーナさんに丸投げする事を宣言した私は、何故かミラーナさんからハリセンを食らったのだった。
……なんでやねんっ!