エピローグ
「いらっしゃい。カウンターにどうぞ」
放課後にカフェ・アリノベールの扉を開けると、店長代理をしていた男性が笑顔で出迎えてくれた。
「今日こそは紅茶をって、お嬢が前髪に気合いを入れてましたよ」
「前髪?」
「日下部くん、女子の前髪は非常に大事なんだからね? その人間の個性がすべて前髪に現れていると言っても過言ではないわ」
「それに失敗したお嬢って……」
「失敗してない。これ以上手を入れたら失敗するって状態で止めていただけで。あと、いつまで前髪の話題を引っ張る気?」
カウンター席に並んで座る高校生の二人を、店長代理をしていた男性――この度副店長に昇進した――が微笑まし気に見つめる。
仲良いなぁ、と言うと綾芽は少しだけ不機嫌になり、貴一郎はそうだろうとばかりに鼻を鳴らすのを知っているので、もう言葉にはしなくなった。
「店長、紅茶二つですって。両方ストレートだっけ?」
注文はすでに決まっている。副店長は店長に注文を通すと、貴一郎は手を挙げた。
「一つはコーヒーに変えてください。僕この店はコーヒーの方が好きなんで」
「へ?」
にこにこと副店長に笑顔を向ける貴一郎の目には期待が込められている。
カフェ・アリノベールは店長の淹れる紅茶が人気の喫茶店だ。一時期はアレルギーを誘発するとして閉店の危機にも陥ったが、紅茶の茶葉の見直しと副店長の淹れるコーヒーに人気が出たことで続けられている。
そんな副店長のコーヒーは綾芽も貴一郎も味わったことがあった。
その際に綾芽はカップの半分も飲めなかったのに対し、貴一郎は深く味わった上でカップを空にしていた。
これまで綾芽に付き合って紅茶を嗜んでいたし、味の違いが分かる程度には好んでいる。だが、貴一郎にはコーヒーの方を好んだ。
副店長と高校生二人のやり取りに笑いを堪える店長と、耳を赤くしながらコーヒーを淹れる副店長。綾芽と貴一郎は学校で起きたことを話しながら出てくるのを待った。
「今日の数学は実践でしたよ」
「こっちは物理の実践だったわ。重力の計算がどうも苦手ね」
「あー重力はね。割とフィーリングでどうにかしがちっすよ」
高校生の授業の話としては不可思議な内容の会話ではある。今の高校生は難しいことをしているんだな、と副店長は聞き流しながらコーヒーを用意する。
高校生と言ってもお得意様だ。働いている以上手を抜くつもりはないが気合いは特別入る。
コーヒーより先に紅茶が淹れ上がり、遅れてコーヒーもカップに注ぎ終わった。
綾芽がカップに砂糖を入れているところに扉が開いて副店長は即座に反応して顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
「客ではない」
入って来たのは疲れた顔のスーツ姿の中年男性――伏倉泰寛刑事だった。
「花筐さん、依頼を受けてもらいたい」
名探偵に成り代わった綾芽は、あたかも昔から名探偵であるかのように「またですか」と溜息を吐いた。
その表情は、どこか嬉しそうに貴一郎は見えた。
これで終わりです。
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