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可変性夢物語  作者: しゅんぎく
第一部
3/4

魔女と双子(前編)

薄暗い森の真ん中に、幼い子供が二人立っていた。周りに大人の姿はなく、二人は身を寄せ合って何かを話している。

「これからどうしよう。レニー」

「そうだね。サニー。どうしようか」

 二人は顔を見合わせ悩んでいる。二人の顔は瓜二つだった。まるで鏡のように同じような顔で同じように体を動かした。

「もう村には戻れないよね。サニー」

「うん。レニー。もう帰れない」

 自分たちは森に捨てられたのだと二人は幼いながらに理解していた。ゆえに、帰り道はわかっていても家に帰ることができなかった。

「もうお日様が真ん中に来ているよ。レニー」

「すぐに暗くなっちゃうね。サニー」

「そうだ。街に行こうか。レニー」

「それが良いね、サニー」

「森を反対に進んだらあるって言ってたよね、レニー」

「うん。サニー。街にはたくさん人がいるって」

 方針を決めた二人は村と反対の方向に手をつないで進み始めた。時折、実っているベリーをつまみ、川で水を飲んだ。二人は母に教えてもらったクマよけの歌を歌いながら、どんどん森を突き進んでいった。

「どうしよう。サニー」

「どうしよう。レニー」

 あたりはすっかり夜になっていた。ただでさえ暗かった森が、黒一色に塗りつぶされていた。街は少しも見えてこなかった。どこからかオオカミの遠吠えが聞こえる。風が吹き木々を揺らした。冬が近づいているのを感じる。ふたりは木の根元に蹲った。

「おなかすいたね、レニー」

「つかれたね、サニー」

 二人はとうとう泣き出した。声を上げて泣きながら、母と父を呼んだ。しかし、待てども待てども彼らの両親は来なかった。二人は次第に声を小さく落としていった。泣きつかれたのだ。

 二人は悄然としながらただ座っていた。ふと吸い込んだ空気から何かのにおいがした。

「食べ物のにおいがするよ。サニー」

「本当だ、レニー。」

「行ってみようか。サニー」

「そうしよう。レニー」

 二人は匂いをたどって歩き始める。ほのかに甘いこの香りはきっと小麦のパンのにおいだ。二人は思いを巡らせて口の中を潤した。

 暗い森を進んでいくと、小さな光が見えてきた。二人は無言で足を動かす。

何度も躓きながら歩いた先には小さな小屋がたっていた。小屋には明かりがともっており、近くの柵には馬がつながれている。煙突から煙を出しながら、いかにもおいしそうなにおいをさせて二人を待っていた。

 二人は迷わずノックした。もう二人は限界だった。あちこちに擦り傷をつけてようやくたどり着いたのだ。立っているのもやっと、という風に足はかくかくと小刻みに震えた。

 少ししてようやくドアが開いた。黒一色のローブを着た若い女性が立っていた。

「おやおやまあまあ。その恰好、村の子だね。どうしたんだい?もう真っ暗だよ。迷子かね」

 女性はそういった後、子供たちの疲れ切った様子を見て体をどけた。

「まあ、お入り。寒いからミルクを温めてあげようね」

 二人はようやく明るい家の中に招かれた。女が勧めたソファに座り、女が持ってきたミルクを飲んだ。

「こんなにケガして、かわいそうに。痛かったろう?待っておいで、今よく効く薬を持ってくるからね」

 女が部屋の奥に消え小箱を持ってくるまでに、二人ともソファの上で眠ってしまっていた。

「あら」

 女は二人の傷をぬぐい、薬を塗った。寝室から毛布を持ってきて子供たちにかけた。

 女は寝息を立てる二人を見ながらため息をついた。

「村の悪い風習さね」

 二人の背中をポンポンと優しく撫でながら、つぶやく。

「さて、これからどうするかね」

 もう一度深くため息をつくと、女は立ち上がり暖炉の上で温めていたスープをかきまぜた。布にくるんであった大きな丸いパンを切り分けて枚数を数える。そうしてパンを半分ずつ布にくるんだ。

「そうだ」

 女は暖炉の隣にあるドアに入る。その中は狭いものの、両側が棚になっていて野菜やパンチーズが保管されており、天井からは燻製した肉や魚がぶら下がっている。女はチーズと魚、肉を取り出して、部屋を出た。

 テーブルに持ってきた食材を置き、食べやすい大きさに切っていく。そしてやはり半分ずつ布にくるんだ。

 羊の胃袋から作った水筒を二つ用意した。麻布で作ったザックも二つ。その中に食べ物を詰めていく。

「あとは水を入れるだけかね、…お金も持たしてやらないと」

 女は寝室に入り枕元の近くに空いてある木箱を開けた。木箱の中には、丸めた羊皮紙や羽ペン、小さな手帳、陶器の入れ物などが入っている。女は陶器の入れ物を取り出して中を見た。

「もうちょっと真面目に商売しておけば良かったねぇ。まあ、ないよりましかね」

 女は金をすべて絹でできた小さな袋に入れた。きちんと二つに分けた。金で膨らんだ色違いの絹の袋の口をぎゅっと堅く縛ると、やはり先ほどのザックの中に入れた。

 女はスープをよそってパンと一緒に食べた。後片付けをして、暖炉の前に椅子を運んで編み物をする。女は双子が目を覚ますまでそうしていた。


  〇


 双子が目を覚ましたのは、いい匂いがしたからだった。グーグーと二人のお腹が仲良く鳴った。

「おや。起きたのかい?食事の準備をしようかね」

 女は椅子から立ち上がり子供たちに微笑みかけた。うっとうしそうに長い髪をかきあげると、観念したかのようにひもで髪を括った。

 温かいスープを木皿になみなみと盛ると、テーブルの上に置いた。あぶったパンには薄く切ったチーズと燻製肉を乗せる。

 双子はごくりと唾を飲みこんだ。

「ほら、食べなさい。お腹が空いてるでしょう」

 女がそういうや否や双子はスープ皿を両手で持ち上げて食べ始めた。パンにも目をやると片手にパン、片手にスープと持ち替えてがつがつと交互に食べていく。

 女は二人の向かいの椅子に腰かけて、頬杖を突きながら見守っている。

「ゆっくり食べなさいな。お替りもありますからね」

 二人は食べることだけに集中していた。女が空になった皿にスープを盛ると、無言で食べた。女がパンを切ると切ったそばから手を伸ばしむさぼるように食べた。

「小さいのにいい食べっぷりだこと。」

 女は笑った。

 二人が満腹になってソファにまた横になると、女は声をかけた。

「おなかいっぱいで眠たい気持ちもわかるけど、少し待ちなさい。話があるの。あなたたちの今後のこと」

 双子はようやく女を見て目を見開いた。

「どうしよう。レニー。知らない人だ」

「大丈夫だよ。サニー。昨日のことを思い出して」

「そうだったね。レニー。昨日家に入れてくれた人だ」

「それよりもサニー、考えなきゃ」

「そうだね、レニー。これからどうしよう」

「そうだ。街。街に行こうよ、サニー」

「そうだね。レニー。街に行こう」

「でも、街はどこにあるのかな。サニー」

「昨日は見つけられなかったしね、レニー」

 女は深くため息をついた。

「少しいいかい?私が話しても」

 女が声をかけると、双子はまた顔を見合わせた。

「そうだ。サニー。お姉ちゃんに聞こう」

「それがいいね、レニー。きっと教えてくれるよ」

 双子は声を合わせて言った。

「街の行き方を教えて」

「それはいいけどね、あなたたち。すぐに自分たちだけの世界に入るのはやめなさい。私は話があるといったよね」

 双子はまた顔を見合わせる。鏡のように首のひねる方向まで同じだった。

「話があるって、サニー」

「聞いてみようよ、レニー」

 双子は女に向きなおった。

「話してもいいかしら」

 双子は女にうなずいた。

「あなたたちは村の子よね?村まで案内することもできるけど、街のほうでいいのね?」

 双子はまたうなずく。

「何かあてはあるの?例えば、面倒を見てくれるような親戚がいるとか」

 双子は首を振った。

「…そう。じゃあ、こういうのはどう?街にはあなたたちみたいに事情があって、保護者と暮らせない子供のための施設があるの。そこに行くなら、街まで連れて行ってあげる」

双子は顔を見合わせて何度か首をひねった後、うなずいた。

「よし。決まりね。今から出発したら、まだ日暮れには間に合うわ。すぐに行きましょう。疲れているでしょうけど、荷台に乗せてあげますからね」

 双子は立ち上がり手をつないだ。

 双子の顔をじっと見た女は、布を持ってきて暖炉で沸かしたお湯につけた。

「出発する前に体をふいておこうかね。自分でできる?」

 双子はうなずき、女が絞った暖かい布を受け取った。双子は服を脱ぎ散らかして、体をふき始める。

 双子が体をふいている間、女は昨日用意した水筒に水を入れた。水筒をそれぞれのザックに入れると口をしっかりと閉じた。

 女は暖炉の火の始末をして、外に出て行った。外にいる馬に話しかけると、馬に荷台をつけてその上に、荷物を載せた。馬の好物のニンジンを上げて、ご機嫌を取る。女が馬をなでている間に、双子が家から出てきた。

「さあ、お乗り」

 女は近づいて来た双子を一人ずつ抱え上げて、荷台に乗せる。

「お尻が痛くなっても勘弁なさいね」

 女は馬の手綱を握り歩き始める。馬も女に合わせて歩き始めた。でこぼこした獣道を進んでいく。

「のどが乾いたら、そのザックに入っているからね。適当に飲んでいなさい」

 双子はうなずいた。

 その後しばらくは双子がおしゃべりをしているのを女は聞いていたがやがて聞こえなくなった。気になって荷台を見ると、二人ともザックを枕にして寝ていた。

「パンも入っているって言ったほうがよかったかね」

 


  〇


「着いたよ。起きな」

 双子が目を開けるともうすっかり日が暮れかけていた。荷台から顔を出した双子は驚いた。

「すごいね、サニー」

「そうだね、レニー。人がいっぱいだ」

 レンガ造りの建物が並ぶ街は彼らがいた村とは全く違う景観だった。人が来ている服も顔も自分たちとは全く違った。

「ほら荷物を持って降りてきなさい。あの大きな建物にあなたたちは行くのよ」

 女が髪を手で払い、声をかけると双子はおとなしく荷台から降ろされた。双子は、女の顔をまじまじと見つめた。

「ねえ、レニー」

「うん、サニー」

「お姉ちゃんは僕らと違うね、レニー」

「お姉ちゃんは街の人たちと違うね、サニー」

 女は双子のおしゃべりを中断させて言った。

「はいはい、おしゃべりはそこまで。いいかい?あの大きな建物の中に入って、大人に話しかけるんだよ。そしてこう言うんだ。『お母さんにここで暮らせと言われてきた』ってね。鞄の中に絹の袋が入っているから、それを差し出して、これは寄付だというのよ。わかったかい?そうしたらきっと寝床と食べ物を用意してくれるからね。あ、そうだ。その中に食べ物が入っているから、食べ物は子供たちと一緒に食べな。仲良くなれるよ」

 双子は女にうなずき言った。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 双子が初めて女に笑いかけたので、女は照れて頭を掻いた。

「はい、どうも。元気でね。さ、お行き」

 双子は手をつないで歩きだす。女は双子が建物に入るまで見守っていた。


  〇


 数日後、女は街にいた。いつものように薬を売って金を得て、その金でパンや肉など食料品を買いそろえた。

 女は荷台に荷物を積んでいると肉の焼けたいい匂いが漂ってきた。

「たまには贅沢して燻製以外もいいね。」

 女が屋台に近づいていくと見知った顔が二つ見えた。

女は膝をついて尋ねた。

「あら、あなたたち。こんなところでどうしたの?お友達と喧嘩でもした?」

 双子だった。双子は女があげたザックを背負って広場に座りこんでいる。

「あ、お姉ちゃんだよ。サニー」

「ほんとだね。レニー」

 女はため息をついた。

「あたしはね。どうしたんだいって聞いているんだよ。ん?どうしたのか言ってごらん」

 双子は顔を見合わせて相談し始めた。

「どうしよう。レニー」

「どうしよう。サニー」

「お姉ちゃんに言ってみようか。レニー」

「迷惑だよ。サニー」

「でも、もう食べものがないよ。レニー」

「食べ物をくれるかな。サニー」

「きっとくれるよ、レニー」

「そうだね、サニー」

「言おうか、レニー」

 双子は声を合わせて女に告げた。

「追い出されたの」

 女は片眉を上げて、再び双子に尋ねた。

「追い出されただって?どうしてだい?」

 双子はまた声を合わせて言った。

「異教徒だって」

 女は深くため息をついた。そして、孤児院を睨むように見つめた。肩にかかった髪を払い抜けるとこう続けた。

「昔はそんな心の狭いことを言うようなところじゃなかったんだが……、まあ、追い出されたならしょうがないね。うちに来るかい?贅沢はできないし、仕事もやってもらうよ。今、決めな。さ、二人で話し合いなさい」

 双子は顔を見合わせた。二人には他に選択肢はないように思えたので、頷きあった。

「お姉ちゃんのとこ、行く」

 双子はまっすぐに女を見つめた。女は下唇を突き出して前髪を飛ばすように息をフーっと吹くと、自分の腿を景気よくたたいて立ち上がった。

「よしっ。そうと決まれば、いろいろ揃えなければね。さ、立って。荷物を荷台に乗せなさい。これから冬になるんだ。暖かいコートと靴を買わなきゃね。それから綿と麻の布を買わないと…着替えだって必要だ。ああ、手持ちじゃ金が少ないね。そうだね、うん。今日は靴にしよう」

 女はあれこれ言うと双子の手を取った。

「いいかい。あたしの名前はノラ。森の魔女さ。あなたたちの名前は?」

「こっちがレニーだよ、ノラ」

「こっちがサニーだよ、ノラ」

「じゃあ、あたしの右手とサニー、左手とレニーが手をつなぐよ。これから三人で歩くときはそうしな。覚えやすいからね。」

「わかったよ、ノラ」

「わかったよ、ノラ」

 双子は素直にノラと手をつないだ。

「参ったね。これじゃ馬が引けないじゃないか」

 ノラはうーんとうなって、サニーに言った。

「サニー、馬の手綱を握れるかい?」

「できるよ、ノラ」

「でも、サニーはできないよ。ノラ」

「大丈夫さ。その子は賢いから。あたしについてきてくれる」

 双子は顔を見合わせて、首を傾げた。

「じゃあ、手綱を握らなくていいよね?レニー」

「そうだね、サニー」

「それもそうだね、サニー、レニー。じゃあ、放していいよ」

 ははは、とノラは明るく笑った。それにつられてサニーとレニーも頬を緩めた。

三人は商店街を歩いていく。その後ろから荷台を引いた馬がポクポクとついていった。



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