第8話 家族愛の前では勇者だろうと女神だろうと口を挟んではいけない。これギャルの鉄則
「「「はしゃぎ過ぎました。ゴメンなさい」」」
三人は深く頭を下げながら声を揃えて言った。
ここは衛兵の詰め所。
町の治安を守るための重要な拠点である。
衛兵の警備主任はアキナ達を呆れた様子で眺めながら溜息をついた。
「……まったく、人騒がせなお嬢さん達だ。背の高いアンタ、その格好を見るに神官なんだろ? こういう時真っ先に止めるのがアンタの役目なんじゃないか? それとも神様から〝水で遊べ。さすれば平和は訪れん〟とでもお告げを受けたのか?」
その通り正に主犯格は神(女神)なのだがアキナとシェーラは何も言わずにひたすら謝るだけである。
誰かが怒られていたらみんなで怒られる。
誰かが謝っていたらみんなで謝る。
鉄則は絶対なのである。
「おーい、ジャマするぞ」
そこへ一人の若い男がやって来て警備主任に挨拶する。
腰には衛兵のような貧相なものではなく立派な剣を携えていて、装備も立派である。
彼は騎士であった。
「なんだ? この忙しい時期に子供相手に説教か?」
「ええ。このクソガキ共が広場の噴水の水を全部蒸発させちまいましてね。まあ、クソガキって歳でもありませんが」
警備主任の男は騎士の男よりずっと年上だったが衛兵より騎士の方が身分は上なので警備主任の男は敬語で答える。
「噴水の水を全部? そりゃ悪戯にしても相当手が込んでるな」
騎士の男は感心しながらアキナ達に視線を向ける。
そして驚愕の表情を浮かべた。
「これは! 勇者様ではありませんか!」
「え?」
騎士の男はつかつかと歩み寄ってアキナの手を握る。
「私はアベル。先ほど神殿でお会いした者です」
「……あ、うん。えっと、久し振り?」
「まさか、またお会い出来るとは! もう旅立たれたのかと思っていましたよ!」
アベルは握手した手をブンブンと振りながら嬉しそうに声を上げる。
それからぽかんとした顔で立ち尽くす警備主任を振り向く。
「この方は勇者アッキーナ様だ。天啓にあった魔王を打ち倒す光の者その人であらせられる」
「な、なんと……そうでしたか。そうとは知らず、大変失礼を致しました」
途端に警備主任の険しい表情が申し訳なさそうなものに変わる。
が、アキナは慌てた様子で首を振る。
「いやいやいや! ウチらが噴水を吹っ飛ばしたのは事実だし!」
「はっはっはっはっ! 貴方がたはこれから魔王を滅ぼし、この世界を平和に導いて下さる存在。噴水の一つや二つ位まったく気になさる必要はありません」
笑い声を上げるアベルはそこで勇者一行の末尾で佇む神官に気づき、またしても驚きを見せる。
「シェーラ! 何故お前がここにいる?」
「え? え?」
アキナはまさかの展開にシェーラとアベルを交互に見やる。
「何何? もしかしてシェーラのカレシとか?」
ニヤニヤしながらシェーラの耳元で囁くアキナ。
しかしシェーラはゆっくりと首を振りながらアベルを見つめる。
「……兄様、わたくしはこの方々についてゆく事にしました」
「お前がアッキーナ様達と?」
信じられんという顔でアベルはシェーラを睨む様に見返す。
「ロクに魔法を使えないお前が一体何の役に立つと言うんだ? それどころか自分の身すら守れんじゃないか?」
「それでも行くと決めたのです。確かにお役に立てるかは分かりませんが、少なくとも自分の身は自分で守れます」
「自分の身は自分で守れる、だと? そうは思えんな。お前の神への信仰心は大したものだ。だが、それだけでは敵は倒せん。戦場で〝我が身を護り給え〟と祈ったところで神は何もしてくれない。お前は降り注ぐ矢に貫かれて終わりだ。そして別の神官がやって来て十字を切るんだ。お前がいつもやっている様にな」
その言い様にアキナはブチ切れた。
「自分の妹に向かってそういう言い方ってなくない!?」
「自分の妹だからこそ言うのです。勇者様」
アベルは真剣な顔できっぱりと言い切る。
その迫力にアキナは押し黙ってしまう。
「……今となってはシェーラが私にとって唯一の家族なのです。勿論、勇者様の御力は紛うことなき本物だと確信しております。きっと妹を死なせる様な事はないでしょう。それでも私は妹が旅についていく事を許可できません。戦いに絶対な事など一つもありません。ましてや相手は魔王です。もし万が一にでも妹が命を落とす様な事があったらなら……私は貴方がたを一生恨まなければなりますまい」
アベルはもう一度シェーラを見ながら兄らしく優しい笑みを浮かべる。
「シェーラ、お前はもうじき神の洗礼を受けられる歳になる。お前は頭が良いからきっと高神官になれる。そうなったら神殿で働けるようになるし、毎日祈りを捧げながら神に仕えることができる。神殿で働ける神官はごく一部の限られた者だけだが、私から神官長に話しておこう。だから何も心配はいらない。戦いは私や勇者様に任せてお前は信仰の道を往け」
それは家族だからこその愛情だった。
シェーラにもそれは理解できた。
だが彼女は少しだけ考えてからゆっくりと首を振った。
「……わたくしはどんな時も兄様を敬愛しております。ですが、わたくしの往くべき道を示すのは神であって兄様ではありません」
「では神はお前に勇者様について行けと言っているのか?」
(……言ってるんだな、それが)
そう心の中で呟きながらアキナは隣に立つレノアを見る。
だがレノアは何食わぬ顔のまま黙って事の成り行きを見守っている。
どうやら神はおいそれと名乗るべきではないというスタンスらしい。
「……ハッキリと啓示があった訳ではありません。でもわたくしには何となくわかるのです。この方々と往けと神がお示しになっていると」
「……そうか。なら話はここまでだ」
アベルは剣を引き抜くと目の前で水平に構える。
騎士の基本的な構えだ。
「お前がどうしても行くと言うのなら、私を倒してからにしろ。先に待っているのはお前が経験したことのない様な厳しい戦いだ。私の事すら倒せない様ではどの道すぐにお前の旅は終わってしまうだろう。それを今ここで思い知らせてやる」
油断なく剣を構えたままアベルはアキナの方をチラリと見やる。
「勇者様、手出しは無用ですぞ。これは我々家族の問題であって他人にどうこう言われる筋合いはありませぬ。例え勇者様だろうと神だろうとそれは同じ事」
これにはアキナも深く頷く。
自分と母の間にあった確執を思い出す。
これは家族の問題。
これはシェーラとアベルの問題。
「さあ、妹よ。お前の力だけで兄を越えて見せろ。越えられるものならな」
兄の覚悟を見て取ったシェーラは目を瞑ると小声で祈りの言葉を口にする。
彼女もまた覚悟を決めたのだった。
「言っておくが小細工は通用しないぞ。お前がイルミネートを使えることは知っている。お前が万が一にも私に勝つ事があるなら、それは目晦ましによる不意打ち位だろう。だから私はお前の詠唱にだけ注意を払っておけば良い。来る事が分かっている照明呪文など恐るに足らん」
シェーラはアキナとレノアの方を見ると何やら視線で合図をする。
アキナはその意図を理解して無言で頷く。
まだ付き合いはそれ程でもないが、同じ噴水の水を浴びた仲である。
レノアは無反応だが多分こちらも分かっているだろう。
「……では兄様、参ります」
シェーラは錫杖を突き出すとアベルに向かって駆けて行く。
アベルはその場をまったく動く事無く、シェーラの繰り出す一撃一撃を難なくいなす。
素人のアキナが見てもシェーラの攻撃は余りに軽く、どう見てもアベルの剣捌きについていけていない。
アベルの言った通り、到底シェーラに勝ち目はなさそうだった。
「眩き輝く精霊よ、暗き闇を照らす一筋の光と成りて……」
苦し紛れにシェーラがイルミネートの詠唱を口ずさむ。
当然それを聞いてアベルは目を細めながら警戒する。
「イルミネート!」
その言葉と同時に眩い光が辺りを包む。
感覚的には一瞬視界が真っ白になる程度のものだ。
「無駄だ」
アベルはゆっくりと目を開きながらシェーラに告げる。
イルミネートが発動する瞬間に目を閉じてやり過ごしたのだ。
それはアキナとレノアも同じ事であった。
「これで分かっただろう? 毎日来る日も来る日も神に祈るだけのお前が私に敵う訳がないのだ!」
シェーラは攻撃するのを止めると、錫杖をシャンと鳴らしながら頭上に掲げる。
アベルは剣を握り締めたまま僅かに眉を潜める。
「これは神の祝福を受けし聖具。祈りが無意味だと言うのなら示して差し上げましょう。神の御力を」
今度はイルミネートの詠唱ではなく祈りの言葉をシェーラは呟き始める。
アベルには祈りの意味はよく分からないが、あの杖には何か特殊な効果があるのかもしれないと錫杖を凝視しながら警戒する。
アキナとレノアは顔を見合わせると互いに頷いた。
「……神よ、我が祈りを以ってその御力をここに示されよ」
アベルは目を見開いて未知の攻撃に備える。
シェーラは掲げた錫杖を更に高く突き上げ、アベルに向けて振り下ろした。
「イルミネート!」
次の瞬間、強烈な閃光がアベルを襲った。
先程のイルミネートとは比べ物にならない程の激しい光だ。
まさかイルミネートが再び来るとは思っていなかったアベルはまともに光を見てしまい、一時的とは言え視力を失った。
「……ば、バカな! あれは詠唱ではなく祈りの言葉だったはず!」
「詠唱を省略したのです。加えて範囲を限定する事で光量を上げました。当分の間、兄様の視力は戻らないでしょう」
「……詠唱の省略だと? お前にはまだそんな事ができるはずが……」
「兄様、わたくしの今のレベルは93です」
「93だと!? そんなバカな! 実戦で幾度も戦ってきた私より上なはずが……」
「わたくしだって成長するのです。いつまでも兄様の小さなシェーラではないのです」
視界を奪われ、よろめきながらも手探りでシェーラを探すアベルを遠目に見ながらシェーラは悲しげな笑みを浮かべる。
「……ゴメンなさい、兄様。わたくしは行きます。でも必ず戻ってくると約束致します。だから安心してわたくしの帰りを待っていて下さい」
シェーラはそれだけ告げるとアキナ達を振り向く。
「参りましょう、アキナさん、レノアさん」
待ってましたとばかりにアキナとレノアは頷く。
勿論二人の視力は正常である。
アキナは赤青3Dメガネを、レノアは紙製の日食グラスを掛けていた。
あの合図への解答である。
「……ダメだ! シェーラ! 行くな!」
尚も食い下がるアベルを無視して三人は衛兵の詰め所を後にする。
外は相変わらずカンカン照りで噴水が失われてしまった事実が重くのしかかってきた。
「……何か冷たいもんでも食べよっか?」
詰め所から大分離れた所まで来て一安心の一行。
アキナの提案にレノアとシェーラは同意する。
と、誰かがこちらへやって来る足音が聞こえた。
何だろうと三人が今来た道を振り返ると……そこには大勢の衛兵達の姿が!
「待てー! 悪ガキ共! 逃がさんぞ!」
「よりによって騎士様に無礼を働くとは!」
どうやらアベルが何が何でも妹を連れ戻す為に警備主任を通して大量の衛兵を動員したらしい。
エライこっちゃと三人は顔を見合わせる。
議題は当然〝どうするか?〟である。
「……逃げっか」
「……逃げる」
「……逃げましょう」
各々頷き合うと三人は衛兵達に背を向けてダッシュする。
このクソ暑い中を全力疾走は相当しんどかったが、そんな事も言っていられない状況なので仕方ない。
「……因みにコレってどこまで逃げればいいの?」
「もうこの町には用はない。このまま町を出る」
「王様に挨拶とかしなくていいの?」
「どうせゴミみたいな装備とはした金しかくれない。時間のムダ」
「……レノアって結構口悪いよね。ウチの弟程じゃないけど」
「そんな事はない。断じて」
「だから何で倒置!!」
町の出口の方へ駆けながら、そんなやり取りをするアキナとレノアを横目に見ながらシェーラは楽しそうに微笑む。
「……兄様、きっとこれで良かったのです」
こうして勇者一行は慌しいながらも最初の町を旅立つ事になり、魔王討伐への第一歩を踏み出したのであった。
~第一章・旅立ち編、完~