第43話 思われてるより人事部は辛いよ。これギャルの鉄則
で、できらぁ……
アンブローシアは役に立たなくなった目を閉じ、気配を探ることに全神経を集中させる。
ショウキョウも同じく気を研ぎ澄ませているだろう。
視界を奪われた程度、何でも無い。
「…………!」
アンブローシアは〝敵〟の気配を捉える。
それは既に眼前に居た。
だが百戦錬磨のエルフは冷静に身構え、物理的な近接攻撃に備える。
彼女の無限に等しい聴力は呪文の詠唱を聞き逃さない。
「…………っ!」
刹那、痛烈な一撃を食らったアンブローシアは思わず嘔吐く。
腹部への的確な突きだった。
「…………はっ」
すぐさま腹に力を入れて呼吸を回復させるが、そのせいで呪文の詠唱が遅れてしまった。
やむなくアンブローシアは反撃を一旦諦め、体勢を低くして完全に防御に回る。
敵はその好機を見逃さなかった。
抑え切れない程の禍々しい〝力〟が膨れ上がり、アンブローシアを飲み込む。
(あ、これ死んだかも)
その圧倒的なパワーを前にアンブローシアは覚悟する。
防御呪文無しで受けられるレベルじゃない。
だが、その時もう一つの〝強い力〟が割り込んだ。
ショウキョウだった。
彼の研ぎ澄まされた〝斬撃〟が〝敵〟を真っ二つにした。
「大丈夫か?」
何時の間にか傍に立ったショウキョウが小声で聞いてくる。
無言のままアンブローシアは暗闇の中で意味も無く頷くが、まだ心臓はバクバクと高鳴っていた。
「……やったの?」
その問いに、しかし首を振る気配があった。
「私が剣を抜く瞬間、奴はそれを察知して攻撃から回避に転じた」
その返答にアンブローシアは息を呑む。
ショウキョウの神速の抜刀を見抜いた?
確かに彼は愛刀を失い、今は適当に見繕った間に合わせの剣を携えているのだが、それにしたって……
「……アイツ、あたしが近接戦からっきしなのを知ってたわ」
楽に勝てる相手では無い。
アンブローシアは気を引き締めながら、今の戦闘で気付いた点を口にする。
〝敵〟は迷い無くアンブローシアの懐に飛び込んできて腹部を狙ってきた。
呼吸を奪って呪文を唱えさせず、致命的な隙を作り出す為だ。
つまり〝敵〟は最初から彼女が呪文で戦うタイプ(スペルキャスター)なのを知っていたのだ。
「エルフとはそういうものじゃないのか?」
「いいえ、そう思われがちだけど違うわ。呪文が苦手で戦士になる者もいれば、伝説に出て来るオーベロンのようにどちらにも長けている者もいる。まぁ確かに大抵はあたしみたいな呪文オタクだけれど、初対面のエルフ相手にいきなり接近戦を仕掛けるのはリスクが高過ぎるわ」
こうして話している間も二人は気を抜かずに気配を探っている。
〝敵〟は一点に留まったまま動かない。
「やっぱり実はやってたんじゃないの?」
「手応えは無かった。腕の一本位は奪ったかもしれんが」
腕を奪っておいて手応え無しは酷いんじゃないの、とアンブローシアは内心ドン引く。
因みに二人のやり取りは全てエルフ語で行われており、〝敵〟に聞かれても問題は無い。
エルフの言語は余りにも古く、かつ複雑なので他種族に習得するのはまず不可能だからだ。
何故かショウキョウは苦も無く話す事が出来るのだが。
「腕ならちゃんとあるぞ」
だが、予想外の返答に二人は虚を突かれた。
くぐもった声だったが、エルフ語だ。
まさか相手はエルフ?
しかしアンブローシアはその可能性を否定する。
同族なら気配を見紛う筈は無い。
〝敵〟の禍々しい匂いはどちらかと言うと……
「……ははぁ、そういう事ね」
唐突にアンブローシアはそう言うと肩を竦めた。
そう言えばかつて、エルフ語を教えた事がある相手が居た。
それから周りに広がる闇に目を凝らす。
風や水に様々な側面があるように、闇にも色んな種類がある。
これは見覚えのある闇だ。
「本来であれば五感全てを無効化し、自分の事さえ認識出来ない冥き世界の深淵に落とし込んでしまう究極の暗黒呪文……」
「……『闇の奥』」
ショウキョウも理解し、そう呟く。
かつての主が得意とした最強の呪文……
「でも魔王様……いえ、元魔王様に比べると只の薄っぺらなカーテンね」
そう指摘すると〝敵〟はクックックッと可笑しげに笑った。
同時に闇が晴れていく。
「見よう見まねでやってみたが、姿を眩ます程度にしか役に立たんな」
果たして、そこに居たのは偉そうに腕を組んだ魔族の少女だった。
「アナタにメノ様程の呪文の才能があったら、それこそ史上最強の魔王になってたでしょうね、ブランディ」
かもな、とブランディは小さな肩を竦める。
アンブローシアのが伝染ったのだ。
「久しぶりだな、ショウキョウ」
ブランディが声をかけると、ショウキョウは無言で少しだけ頭を垂れた。
マントから顔を見せる事はしなかったが、ブランディは別に気にしない。
「お前に用があって来たんだ。私の下でもう一度戦う気は無いか?」
その誘いにショウキョウはしかし首を振る。
即答だった。
「私は勇者に負けました。理由はそれで十分かと」
やれやれ、とブランディはやはり肩を竦めた。
「ま、聞くだけ無駄だとは思っていたが一応な。幾ら私でも人材不足は如何ともし難い」
深刻そうに溜息をつくブランディを見兼ねたアンブローシアがニヤッと笑う。
「あたしなら考えてあげても良いけど?」
「侍女なら間に合ってる」
ハッ、とアンブローシアは口をへの字に曲げた。
「全く困ったもんだ……ちょっと高いがビズリーチにも広告を出してみるか」
「ヴォイドとビター・キルズには声をかけたの?」
憂鬱そうに首を振るブランディにアンブローシアが今度は真面目に提言する。
「ヴォイドとビター……誰だそれは?」
「あたし達と同じ元四天王よ。知らなかったの?」
「ああ、おに……前魔王様の部下か。ショウキョウが筆頭だと言う事しか知らん」
そこでブランディは何かに気付いたようにポンと手を打った。
「お前も四天王だったのか、アン」
それには流石に気を害したらしく、アンブローシアは本気で剥れてしまった。
スマンスマン、とブランディはニヤけながら謝る。
「そのヴォイドとビター何とかは強いのか?」
「まあまあ、ってとこね」
「ショウキョウより?」
アンブローシアが首を振るとブランディは興味を失ったように鼻を鳴らした。
「なら論外だ。ザコは必要ない。出来るなら四天王にしたい所だが、別に三英傑でも良いし、何なら風神雷神でも構わん。ま、それでも最低あと一人は見つけないといけないが」
「あら、一人はもう見当ついてるの?」
やや驚いた様子でアンブローシアが尋ねる。
ブランディの口振りからして、少なくともショウキョウと同等の強さを持つ者である筈だが……
「うむ、この間に面接した奴でな。一見して人間なんだが、中身はバケモノだ。今は適当に放り投げてあるが、その内呼び戻すつもりだ」
「へぇ……そんな奴が求人見て応募してくるもんなのね」
疑わしげに呟くアンブローシアに、ブランディはしかし上機嫌に情報を付け足す。
「しかも女の神官でな。神に仕える身分でありながら、魔王の配下として錫杖を握り戦う……そう、全ては誠実な信仰者である自分を見捨てたか神に復讐する為……!!」
叙情的な語り口で盛り上がるブランディにアンブローシアは白目になる。
慣れているとは言え、ブランディのこういう所には正直ついていけない。
「二つ名は暗黒司教か血染めの枢機卿で迷っている所だが、どちらにせよ片腕としては申し分なかろう。加えて私がいればフェミニスト共も文句はあるまい」
バカみたいな異名とポリコレを並行して語る新魔王に、然しものショウキョウも聊か困惑しているようだった。
「その者、もしやシャラとかシェーナという名では?」
と思ったら、何故か心当たりがあるようでショウキョウが尋ねる。
「うむ、確かそんな名だったな。何故知ってる?」
「先日、勇者と剣を交えたときに一緒に居た者と特徴が一致したので」
それを聞いたアンブローシアは途端に険しい表情になった。
詰まる所スパイである。
成程、如何にも人間が使いそうな狡い手だ。
「…………」
見るとブランディも先程までとは打って変わって厳しい顔で何やら思案している。
何でも自分に都合の良いように考えてしまう彼女でも、その意味に気付いただろう。
「かつて打倒魔王を掲げて共に旅をした勇者と神官……だが時は経ち、今度は剣を交えることに。それは善と悪の定義が必ずしも勇者と魔王に当て嵌まるとは限らない事に気付いてしまったが故の仲違い……つまりこう言う事だな? ふむ、中々考えさせられるじゃないか」
全く気付いていなかった。
もう好きにしてくれ、とアンブローシアは頭を振るのであった。
また会いましょう