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第38話 深淵を覗く時、深淵もまたウチらを覗いている。これギャルの鉄則

 やがて霧によって親衛隊の隊長の視界は完全に奪われてしまった。

 微かに見えるのはぼんやりと佇む人間の影のみ……


「…………」


 親衛隊の隊長は影から目を離さぬ様、正面に視線を固定しながら思案する。

 この霧を吐き出したのは確かに目の前に居る人間だ。

 だがブレス系の技を使えるのは魔族か、ドラゴン族のみである。

 魔族の目で見るに同族で無いのは確かだ。

 となると、ドラゴン族か?

 ドラゴンの中には人の姿に変身できる者も居ると聞いた事がある。

 しかし、この女は先の質問に対しハッキリと「人間」と答えた。

 ドラゴンは己の種族を偽ったりはしない。

 

「……すると呪文か?」


 親衛隊の隊長は思考によって導かれた推測を口にする。 

 ブレスじゃないとすれば呪文しか無い。

 己の肉体に自信を持っている武道派魔族は呪文についてはそれ程詳しく無いが、視界を遮る位は造作も無いのだろう。

 だが、この程度何でも無い。

 視覚が奪われようとも、幾らでも相手を捉える方法はある。


「呪文には詠唱が必要です。省略する事も可能ですが、これ程の力を帯びた媒体でこの広大な空間を満たすには相当な魔力と経験が必要です。残念ながら、わたくしはどちらも持ち合わせておりません」


 向こうで影がそう言った。

 確かに呪文を詠唱する素振りは無かった。


「呪文で無ければ一体何だと言うんだ?」


 まだ余裕のある親衛隊の隊長は聞き返す。

 だが、僅かな悪寒を覚えずにはいられない。


「何かと聞かれるなら、わたくしの一部だと答えましょう。血液が貴方の一部であるように」


 自分の一部?

 こんな不気味な霧が血の様に体の中を流れているだと?

 一体この女は何を言ってるんだ?


「何も難しくはありませんよ。生命には血が流れ、星には水が流れ、わたくしには〝混沌〟が流れています」


 親衛隊の隊長は凍り付いた。

 コイツ、俺の心を……?


「お前は……何者なんだ……?」


 自慢の巨躯を震わせながら、親衛隊の隊長は声を絞り出す。

 全身から冷や汗が噴き出し、心臓がかつて無い程に高鳴っている。

 目の前に〝居る〟のは魔族でもドラゴンでも人間でも無い。


「我々はこの多くの世界達ユニバースを構成する泡。性質は極小単位マイクロワールドに作用する変化と崩壊」


 抑揚の無い口調で影が答える。

 声音は変わらないが、まるで別人が話しているように思える。

 我々……?


「我々は私であり、私は我々である。単一の思念しか持たないお前達と違い、我々は互いに作用し、影響し、干渉する」


 親衛隊の隊長は最早言葉を失っていた。

 全く意味が分からない。


「理解する必要は無い。そうなれば神は消え、お前達は信仰を失うだろう」


 それは信仰を持たない魔族への言葉では無かった。

 気が狂いそうになる頭を強く振り、親衛隊の隊長はあらぬ思考を振り払う。


「お前が何だろうと別に良い。試しているのは俺の方だ!」


 スラリと背負った大剣を抜き放つと、親衛隊の隊長は正気を取り戻した声で言った。

 深く考えるのはお前の悪い癖だ、とかつてショウキョウに言われた事を思い出す。

 人間だろうがドラゴンだろうがユニバースだろうが、関係無い。

 この世で最も強いのは闇の化身たる魔族である。


「そうだ、恐れる事は無い。そうなれば、君は何処へでも行ける。我々は何処へでも行ける。皆、旅をする」


 そんな影の言葉を親衛隊の隊長は意識の外へとやった。

 もう待つ必要は無い。

 先に仕掛ける。

 意味あり気に揺れる無意味な影を斬り捨て、俺はまた鍛錬の世界へと帰るのだ。


「無意味な物等無い。信仰にも意味はある。鍛錬にも意味はある。我々にも意味はある。私にも意味はある」


 親衛隊の隊長は何時も通り突撃の構えを取ると、剣先を影の方に向ける。

 そして全身に力を漲らせ……

 

 その時、影が〝膨張〟した。


 親衛隊の隊長が息を呑む間も無く、質量を持った影は無音でその領域を広げる。

 それは空間を〝侵食〟している様にも見えた。


「理解すれば神は消え、そうでなければ恐怖するだろう」


 ついに影は親衛隊の隊長の視界を超え、遥か頭上にまで到達する。

 それは霧の中に出現した〝深い森〟であった。

 奴の言う通りだった。

 森の前で茫然自失で棒立ちする魔族を支配するのは、これまで感じた事の無い圧倒的な〝原初への恐怖〟であった。

 

「黙れ……! 俺を試す様な口振りを止めろ……!!」


 そう叫びながら、親衛隊の隊長は剣を振り回しながら〝森〟に向かって突っ込んでいく。

 最早、冷静さを保つのは不可能だった。

 

「…………!」


 そんな恐慌状態に陥った魔族を待っていたのは真っ暗な闇であった。

 右を見ても左を見ても上を見上げても広がるのは闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇……

 恐怖に見開かれた目は何も捉える事が叶わず、方向感覚も消失してしまっていた。


「ここは……?」

「此処は我々の世界。恐怖は迷いとなり、迷いは此処へと通ずる」


 魔族の呟きに影が答える。

 その声は耳を通してでは無く、頭に直接響いた。


「……何処に居る!?」

「私は此処に居る。我々はいつも此処に居る」


 濃い闇の奥で何かが蠢く。

〝奴〟だった。

 それは無数に分岐した混沌の枝を伸ばし、森の中で立ち竦む矮小な魔族の〝影〟を捉えた。

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