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第37話 結局仕事は高給より職場の人間関係。これギャルの鉄則

「次の方どうぞ~」


 そう呼ばれ、キビキビとした動作で部屋に入って来たのは岩の様な……いや、本物の岩の体を持つゴーレムだった。


「宜しくお願いします」


 ゴーレムはペコリと頭を下げると用意された椅子に腰を落とす。

 だが巨人であるゴーレムの質量に耐えられず椅子は壊れてしまい、急遽石棺が運び込まれた。

 尻の下から謎の呻き声が聞こえて気味が悪かったが、ゴーレムは我慢した。


「スイマセンね、そんなのしかなくて。えっと、お名前は?」

「フクルビータと申します」


 ゴーレムと対峙するように長テーブルに着席した三人の内、一番右に座った老魔族の質問にゴーレムはやや緊張した面持ちで答える。


「フクルビータさん……ね。種族は?」

「ゴーレムです」


 老魔族は「種族はゴーレム……」とメモ書きしながら隣をチラリと見やる。

 だが真ん中に座る少女の魔族は殆ど興味が無さそうで、髪先を弄りながら虚空を見つめている。


「ではフクルビータさん、志望動機をお願いします」

「はい、私が第387期魔王軍に志望しましたのは、第385期及び第386期魔王軍での従軍で培った経験、また種族特有の恵体を生かし、誉れ高い第387期魔王軍に貢献できる好機をなんたらかんたら……」


 両手を膝に突きながらハキハキとした声で長々と語るゴーレムに、対峙する三人の魔族は静かに耳を傾けている。

 老魔族はメモ書きをするフリをし、少女の魔族は見つけた枝毛にショックを受け、若い魔族は腕を組んだまま目を閉じていた。


「……最後に自己アピールはありますか?」

「はい、ゴーレムとはヘブライ語で〝未完成の物〟と言う意味なのですが、未完成が故に成長を常に心掛け、驕る事無く鍛錬を続けると言う点を是非評価して頂きたい次第です」

「有難うございました。結果は後日郵送でお伝えします」


 失礼します、とゴーレムが出て行くと退屈に耐え兼ねた少女の魔族が大きく欠伸をした。


「……ったく、来るヤツ来るヤツみんな元魔王軍ではないか。これじゃ新魔王軍に相応しい人材を大量募集してる意味が無い」


 ブチッと枝毛を引き千切りながら辟易した様子でブランディは言った。

 そう、この部屋は新魔王軍の軍団員の採用面接会場なのである。

 しかし、ブランディがこぼす通り訪れる採用希望者は見た事のある者ばかりであった。

 老魔族は一応書き取った応募者の書類をトントンと揃えながら、不機嫌な主人を宥めようとする。


「そりゃ殆どの魔族が魔王様に忠誠を誓っておられますからな。今更ノコノコ志願しにやって来る様な輩など、ブランディ様に欲情したロリコン位しか……」


 そこで老魔族はハッとなって口を紡ぐ。

 だがブランディは気にした風も無く、脇の若い魔族に視線をやる。


「どうだ、お前の目に適うヤツは居たか?」


 尋ねられた若い魔族はしかし目を閉じたまま沈黙している。


「…………」


 ブランディはスッと指を突き出すと若い魔族の顔面にデコピンを見舞った。


 ドゴシャッアッ!!


 凄まじい音と共に若い魔族は背後の壁に叩き付けられた。

 並みの魔族なら死んでるぞ、と老魔族は頭を振る。


「……も、申し訳ありません。今朝まで96時間ぶっ続けでトレーニングを行っていたもので……」


 居眠りから強制的に呼び覚まされた親衛隊の隊長は、フラフラと身を起こしながら言い訳する。


「96時間……?」


 流石のブランディもドン引きして眉を潜める。


「今時、甲子園常連校でもそんな鬼練しないぞ……?」

「ハハッ、軟弱な身体の人間と一緒にしないで頂きたいですな。それに部活動と違い、私のトレーニングはれっきとした軍の業務の一部。万が一倒れようとも労災の対象となるのです」


 さも当然の様にそう主張する親衛隊の隊長だが、ブランディは首を傾げながら老魔族の方を無言で見やる。


〝ホントに労災の対象になるのか?〟


 老魔族はやはり無言で首を振る。


〝そんな無茶な業務に労災を認めていたら、我が軍はとっくに破産しております〟


「しかし、ショウキョウの様な骨のある男は中々居ませんな。まあ当然と言えば当然の話ですが」


 まったくだ、とブランディも同意する。

 いっそ新魔王軍は智辯和歌山の様に少数精鋭とし、コンパクトでエコな組織を目指すべきかもしれない。


「ま、もう少し見てみるか」


 ブランディが合図をすると老魔族が頷く。


「では次の方どうぞ~」


 ガチャ、と開いたドアから姿を現したのは予想に反して人間であった。

 だが、少なくとも見知った顔では無かったので三人はそれだけで安堵する。


「……よ、宜しくお願いします」


 その採用希望者の人間はガチガチに凝り固まった動作で頭を下げると、おずおずと着席する。

 緊張していると言うより、何かを恐れているように老魔族には見えた。


「緊張する必要はありませんよ。お名前は?」

「しぇ、シェーラ・メテオラと申します」


 シェルラ・マテアラ……と老魔族は書き取る。


「種族は?」

「……人間です」


 その返答にブランディが口を挟む。


「人間?」


 ビクッ、とシェーラは体を震わせながら真正面の年端も行かぬ魔族を見返す。


「ぼ、募集要項には種族は問わないとありましたが……」

「いや、そう言う意味では無い」


 まあ良い、とブランディは先を促す。


「ではシェルラさん、志望動機をお願いします」

「志望動機……?」


 老魔族の問いに、シェーラは口をパクパクさせる。

 事の発端は先日届いた一通の手紙のせいであった。


〝シェーラへ。元四天王の人と会いました。こないだ魔王を倒しましたが、何と新たな魔王が誕生したそうです。その新しい魔王は今、手下を募集しているそうです。そこで潜入捜査をお願いします。詳細は同封する募集要項のチラシに書いてありマス。気をつけて下さい。アキナより〟


 そんな訳でシェーラは魔族の中枢たる魔王城に単身でやって来る羽目になったのである。


「えっと、あのぅ……」


 まさか「スパイしに来ました」だなんて口が裂けても言えないので、シェーラはモゴモゴしながらも何とか言葉を搾り出す。


「か、神にそう言われたので……」

「神?」


 全く要領を得ない様子で三人の魔族はポカンとなる。

 一体どんな神がそんな事を言うのだろうか?


「……し、失礼します!!」


 そこで急にドアがバンッと開いて、ザコっぽい魔族が入って来た。


「面接中だぞ」

「申し訳ありません! しかし……待合室で暴動が起きておりまして……我々ではもう手に負えません!!」


 苦言を呈す老魔族にザコっぽい魔族が声を張り上げる。

 確かに向こうから怒号が聞こえてくる。


「テメーどこダン(どこのダンジョン)出身だよ!?」

「あぁ!? ロンダルキアの洞窟出て直ぐの森だよ! テメーこそどこダンだよ!? ザラキすっぞ!!」

「俺は海底神殿で宝箱を守ってるコテモン(固定モンスター)だよ!! メタル斬りで二回攻撃すっぞ!!」


 やれやれ、とブランディは立ち上がると部屋から出て行く。

 

「スイマセンね、少々お待ち下さい。魔王軍に志願する様な者達ですから、幾分血の気が多いのです」


 老魔族はペットボトルのお茶を啜りながら、シェーラに気を遣ってそう言う。

 やがて骨が砕ける音や眼球が破裂する音が向こうから聞こえ、シェーラはゾッとした。

 そしてバンッ! と壁を粉砕するような音がし、静寂が訪れた。


「あの部屋に居た奴等は全員不採用だ」


 戻って来たブランディが髪に付着した何かの肉片を払いながら、老魔族に言った。

 

「中断して悪かったな。続けよう」


 手に着いた赤や緑の血をハンカチで拭きながらブランディが席に戻ると、また面接は再開した。

 

「希望の部署等はありますか? 秘書や事務員も若干名募集しておりますが」


 人間と言う事で老魔族はさり気なく尋ねる。

 シェーラは「えっと……」と思案する。

 

「……出来れば魔王様の傍にてお仕えしたいと考えております」


 それを聞いた老魔族は難しい顔になった。


「親衛隊を希望……と。ふむ……隊長?」


 老魔族に呼ばれ、ずっと沈黙していた親衛隊の隊長は顔を上げる。

 そしてシェーラを一瞥すると嘆息する様に鼻を鳴らした。


「ドラゴンの炎にも耐えられぬ様な脆い人間等、我が隊には必要ありません」


 老魔族が口に出さなかった事を親衛隊の隊長はハッキリと言った。

 幾らブランディがバケモノじみた強さを持っていようが、親衛隊の役割は彼女を守る事である。


「ドラゴンの火炎に耐えられるならば良いのですか?」


 シェーラの問いに、親衛隊の隊長は表情を険しくする。


「そう言う事ではない。別に炎に耐えられずとも、その前にドラゴンを殺せる技や俊敏さがあれば問題無い。私は広義な意味での〝強さ〟の事を言っているのだ」

「では、つまりどうすれば良いのですか?」


 なお食い下がるシェーラに対し、親衛隊の隊長は業を煮やした様にギロリとシェーラを睨み付けた。


「分かっていない様だな。お前みたいな小娘は、城の奥で会議ばかりしているジジイ共にお茶でも酌んでいろと言う事だ!」


 興奮した様子で親衛隊の隊長は一喝する。

 中々の暴言だったが、老魔族は別に咎めない。

 だが、ブランディが口を挟んだ。


「それでは面接の意味が無いぞ、隊長。我が軍に相応しい人材か、この目で確かめるのが本義だ」


 宥める様に言うと、ブランディはシェーラを興味あり気に見やる。


「どうすれば良いか、と聞いたな? では、こうしよう。そこで顔を真っ赤にしている奴だが、これでも一応親衛隊の隊長を務めている。彼に勝ったら希望通り親衛隊員として採用しよう」


 と言う訳で、シェーラと魔族三人は城の地下にある練兵場へと移動する。

 体躯の大きな巨人族やドラゴンでも訓練出来る様、練兵場は非常に広大な空間となっていた。


「ブランディ様は俺に勝ったらと言ったが、もし俺の目に適ったなら入隊を認めてやろう」


 地下のひんやりとした空気で頭が冷えたのか、親衛隊の隊長は落ち着いた声音で条件の変更を告げる。

 人間相手に魔族に勝つと言う条件はかなり厳しく思えたからだ。

 それは彼なりのプライドでもあった。

 

「分かりました」


 一方でシェーラも冷静に自らが置かれた状況を分析していた。

 何故、神の信徒である自分が魔王軍に試されねばならないのかよく分からなかったが、兎に角今は魔王軍に潜り込む事が先決である。

 なので使命を果たすには目の前に居る短気な魔族に勝つのが一番簡単なのだが、それも悩ましい所であった。

 なるべく敵に手の内を晒したく無いからだ。

 

「では両者とも良いな? ルールは特に無し。始め!」


 ブランディが宣言すると、対峙する二人の気配が僅かに殺気立つ。

 だが、予想通り先に動く様子の無い親衛隊の隊長を真正面から見据えるシェーラは心を決めた。

 今はアキナもレノアも居ない。

 映えている必要は無い。

 だから、これがベストだ。


「むっ?」


 先日のブランディを見習い、どんな攻撃が来ようと受ける気でいた親衛隊の隊長は怪訝な顔になる。

 魔王の剣たる〝魔王軍四天王〟と双璧を成す〝魔王付親衛隊〟の長である自分に愚かにも挑まんとしている、只の小娘にしか見えない人間……

 そんな彼女が唐突に口から何かを吐き出し始めたからだ。


「……魔力によって生み出された霧か?」


 上から訓練を視察する為に設けられたバルコニー席から戦いを見守るブランディが呟く。

 その隣で老魔族が俄かには信じられんと言う表情を浮かべた。


「これは……〝何処でもワールド・ドア〟の一種かと……」

「何処でもワールド・ドア〟?」

「この世界とは異なる別の世界……異世界へと繋がる〝扉〟の事です。その存在は未だ確認されておりませんが、勇者もその〝扉〟を通じてやって来た異世界人だと言う説があります」

「ほう、それはまた面白そうな話だ。今度ゆっくり聞かせて貰おう」


 対峙する二人ごと練兵場が霧に呑まれて行くのを眺めながら、ブランディは不敵な笑みを浮かべた。

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