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第36話 ギャルと神と獣王と古城とYシャツと私。これギャルの鉄則

 アキナ達がトントロ村を出発してから三日。

 相変わらずの暑さであったが、所々木陰で休憩したり川で水浴びをしながら一行はのんびりと西の古城を目指していた。

 魔王が倒された今となっては全く急ぐ必要もなくなったからだ。


「それにしてもマジで平和じゃん。全然モンスター見ないし。やっぱ魔王って偉大だったんだね」


 いつものように頭の後ろで手を組みながら先頭を歩くアキナが欠伸混じりにそう言った。


「…………」


 その後ろに付き添うレノアは半目で視線をアキナの背に固定したまま沈黙している。

 それもまたいつもの事なのでアキナはまったく気にしない。


「平和が一番です。神に感謝しましょう」


 だから、いつものように暢気な声でそう返答するのはシェーラの役目だ。

 だが今、一行の殿を務める神官の姿は無い。

 兄のアベルに魔王打倒を報告するために帰省しているのだ。


「ま、神に感謝だね。いや、あの悪魔みてーなヤツに感謝?」


 なのでアキナが一人二役となってシェーラの代わりに答えた。


「でも悪魔を呼び出したのはウチだし、ウチに感謝じゃね?」

「いや、チームで優勝して貰ったんだからレノアとシェーラにも感謝っしょ!」

「あのツボを賞品として用意したのは大会主催者だから、大会主催者にも感謝!!」

「つまり皆に感謝っつーことね!!!」


 そんな訳で道中ずっとアキナが一人で喋っているのであった。

 もし通りすがりの旅人やモンスターが見たら、きっと悲しい人に見えただろう。

 元気と空回りは紙一重なのである。


「所でさ、シェーラが居ないから聞くけど……レノアもエリーも女神な訳じゃん?」


 アキナが後ろを振り返ると、レノアは小さく頷いた。

 別にアキナをシカトしている訳では無い。


「厳密には神に男女の区別は無い。けど便宜上そう呼ぶのは構わない」

「ジェンダーフリーってヤツね。ウチのママが看護婦だけど、何時からか看護師って呼ばれるようになったし」


 父親が昔好きだった『ナースのお仕事』と言うドラマを見た事があるが、皆スカートを履いていてアキナは衝撃を受けたものだ。


「でも男女の区別は無いけど、上中下は有るんでしょ?」

 

 その問いにレノアはやはり頷く。


「〝宇宙〟を司る主神を頂点とし、4の上神と23の中神と111の下神から〝神々(我々)〟はなる」

「へー、じゃあレノアって中神だからまあまあ上の方なんだ?」


 そう言った概念に興味が無いレノアは肩を竦めるだけである。


「ヘイヘイ、神々様は謙虚でござんすね。争うは私共人間の専売特許でありまして」


 皮肉めいて言うアキナにレノアはしかし、


「神同士で争う事もある」

「神同士で?」

「かつては5の上神と25の中神と125の下神が居た」


 その意味を理解するのにアキナは少し時間を要した。


「……レノアは他の神と争った事あるの?」


 アキナは思わずそう聞いてしまいそうになる。

 だが自制した。

 無意味な問いだからだ。


「なら安心したよ。人も神もそんなに違わないんだって」


 そうだけ言うとアキナはまた前を見て歩みを速める。

 自分だって弟とよくケンカした。

 母や……時には父とも。

 だからレノアにだって虫の居所が悪い時位あるはずだ。


「……お、アレじゃね?」


 やがて風景の向こうに姿を現した立派な城の影を認め、アキナはテンション高めに声を上げた。

 

「うーっわ……」


 だが、城に近づくにつれアキナの声はトーンダウンしていく。

 遠くからは栄華の極みに思えた古城は文字通り、余りに古びていたからだ。

 外壁は崩れ、尖塔は原型を留めておらず、至るところをツタが侵食している。

 それはもはや古城などではなく、朽ち果てた廃墟であった。


「兵どもがなんたらってヤツ?」

「栄枯盛衰」


 それぞれ感想を口にした後、二人は何とかアーチ状を保っている入口らしき場所から中へと入る。

 城内の様子は外観とそれ程違いは無かった。

 ただ不快な黴臭さが追加されただけである。


「……ウチらココに何しに来たんだっけ?」

「宝を探しに来た」

「この分じゃ、お宝もとっくにミイラになってるよ……」


 溜息混じりに呟きながらアキナは足元に転がる瓦礫を蹴っ飛ばすが非常に重くてビクともせず、その場で悶絶した。


「うぅ……もう帰りたい……」


 だが三日もかけて来たのでそうも行かず、取敢えず奥まで進んでみる。

 やがて瓦礫の散乱する廊下を抜けると城の中心的場所である大広間に出た。


「我が城に何用かな?」


 その広間の更に奥……玉座とも言える派手な椅子に巨大な影があった。

 

「む……貴様はもしや……?」


 巨大な影が僅かに戸惑った声を漏らす。

 広間の中央まで来たアキナとレノアは足を止めると顔を見合わせた。


「……勇者か?」

「そうだけど……アンタは?」


 不審そうな表情で誰何するアキナ。

 まさかこんなボロボロの城に主がいようとは思ってもいなかったのだが……

 しかし、その巨大な影の容貌を見てアキナはピンと来た。


「……アンタがヴォイド?」

「ほう、我が名を知っているとは実に光栄。我々は共に初めての顔合わせだが、お互い既に知った仲であった訳だ」


 ドッシリと腰掛けた玉座からヴォイドがゆっくりと立ち上がると、アキナは背負った剣の柄に手を掛けた。


「やるなら相手になるけど?」


 キッと表情を引き締めながら臨戦態勢に入るアキナに、ヴォイドはしかしアキナと隣に立つレノアを交互に見やるとフッと微笑んだ。


「まさか勇者一行がこんな子供とはな。戦場では女子供は関係無いと言うが……それにしても酷な話だ」


 嘆息するように言うとヴォイドはまた腰を下ろした。


「その子供に貴方は今からボロクソに負ける」


 レノアの無情な言葉にヴォイドは頭を振った。

 


「なるほど、聞いていた通りだ。派手な剣を背負った変な格好の女、首輪を付けた口の悪い女……神官の女は居ないのか?」

「シェーラは里帰……城の外で待機中。最近カルシウム不足で機嫌が悪くてさ、こんなボロい城なんて一分で平らにしちゃうし?」


 ハッタリをかますアキナにヴォイドはやはり落ち着いた様子のまま鎮座している。


「一分か。神の御力と言うのは中々に強力なものだな。俺でも三分は掛かる」

「三分?」


 真顔でそんな事をしれっと言うヴォイドにアキナはゾッとした。

 先日、死闘を繰り広げたショウキョウの事を思い出す。

 アイツと同じ四天王が一人……


「……ま、まあウチが相手するまでも無いし? ほ、ほら、レノア最近ストレス溜まってそうだし、譲るよ?」


 そう言いながらアキナはズイッとレノアを前に押し出す。

 レノアは少しもストレスを感じさせない涼しい顔でヴォイドに無感動な視線を送っている。

 そして機械的にスッと左手を突き出した。


「貴様らと拳を交えるつもりは無い」


 静かに、しかしキッパリとした声音でヴォイドはそう言った。


「何故なら俺はもう魔王軍では無いからだ」

「魔王軍では無い?」

「俺の仕えていた旧魔王軍は解散した。だから、もう貴様らと戦う理由は無い」


 アキナは拍子抜けした様でポカンとなる。

 そんなアキナ達を見据えながら、ヴォイドは更に続ける。


「だが俺には無くとも貴様らには戦う理由が今なおあるかもしれん。双方が剣を収めぬ限り、戦いは終わらない。だから貴様らがやると言うのならば、俺も応えよう」


 ギラリと鋭く強大なツメを見せ付けながらヴォイドはそう宣言する。

 アレで引き裂かれたら人間の体など一溜まりも無いだろう。


「ならウチらも戦わない。魔王軍じゃないんならアンタを倒す理由も無いしね」


 剣から手を離し、フッと笑うアキナにヴォイドもまた拍子抜けする。


「……甘いな。先代の勇者は戦意を失った俺の父に容赦無く止めを刺したぞ」

「……それはお気の毒様」


 他に言葉が見つからず、ぶっきらぼうにそう呟くアキナの様子に、ヴォイドは柄にも無く神に感謝した。

 この娘と戦わずに済んだ事を。


「全く甘い。それも本質的にでは無く、子供が故の甘さだ。何時か足元を掬われるぞ」


 本心とは真逆の事を口にしてしまうヴォイドだったが、アキナはまるで気にした風も無く断言する。


「なら子供のままで良いよ。それに子供が甘いんじゃなくて大人がキツ過ぎるんだよ」


 その言葉を聞いたヴォイドはうむむと閉口してしまう。

 それからビター・キルズの事を思い出した。

 残忍な為政者の都合で望まぬ不死を与えられた不幸な男。


「だが否応無しに子供はいずれ大人になる。貴様らもな」


 自身の背丈の半分も無い小娘達を見下ろしながら、ヴォイドは言う。

 その言い様が余りにしんみりしていたのでアキナはプッと噴き出してしまった。


「何が可笑しい?」

「ゴメンゴメン。さっきから言ってる事がいちいち人間みたいでさ。正直、誤解してた。獣王って言う位だから、もっと血に飢えたバケモノだと思ってた」


 そう言ってからアキナは大広間をぐるりと見回すと肩を竦めた。


「ココにはお宝は無さそうだね。ま、あったとしてもアンタの城だから勝手に持ってく訳にはいかないし」

「気にするな。俺は勝手に居座ってるだけだからな。本当の主は当の昔にこの世を去っているだろうさ。尤も、見ての通り、有るのは瓦礫の山と永き年月の残滓だけだ」


 やけに詩的な事を言う獣王にアキナはまた可笑しくなってしまった。

 小学生の頃に見たディズニーの『美女と野獣』を思い出す。

 もしかして彼は元々この城の本当の主で、呪いによって今の姿に変えられてしまったのかもしれない。

 そして獣を恐れない優しい美女と結ばれ、また人間に戻るのだ。


「そいじゃ行きますか。ホコリっぽいし、ココ」


 アキナはくるりと身を翻すと出口に向かって歩き出す。

 だが足を止めるとまたヴォイドを振り向いた。


「アンタも来る?」


 唐突な申し出にヴォイドはやや面食らった様に固まってしまった。


「もう魔王軍じゃないんでしょ? なら別にウチらと旅しても別に問題無いっしょ?」


 勇者のパーティーに加わって旅をする……考えても見なかった事だ。

 だが彼女の言う通り、自分はもう魔王軍では無い。

 酷い仕打ちを受けたビター・キルズが捨てた悪しき人間の世界……それを見てみるのも悪くないかもしれない。

 だが……


「……勇者よ、一つ言っておく事がある。旧魔王軍を率いていた前魔王……メノ様はその地位を妹君に譲られた。今はその妹君が新たな魔王として君臨し、魔族その他亜人達を再編成している。そして彼女はいずれ貴様らの前に現れるだろう。魔王と勇者……それは決して切り離せぬ宿命だからだ」


 重々しい口調でそう告げるヴォイドの雰囲気に、アキナは表情を強張らせる。


「貴様らと行けば、いつか同胞と戦う事になろう。かつての仲間にツメを立てる等俺には出来ない」

「そっか。出来るならウチもアンタとは戦いたくないな」


 そう言ってアキナは敵意の無い笑みを浮かべる。

 心の底からそう思っているようにヴォイドには見えた。


「所でさ、その新魔王ってどんなヤツなん? やっぱメッチャ強かったりすんの?」

「うむ、実力だけ見ればメノ様を遥かに凌駕すると聞く。だが、それ以上の事は俺もよく知らん。何せ一度も顔を合わせた事が無いからな」

「一度も? 四天王なのに?」

「俺達(四天王)は打倒勇者を課された実行部隊だからな。魔王様の居城に出向くのは勇者を倒したと報告する時だけだ。だから妹君はおろかメノ様にすら殆ど会った事は無いのだ」


 なるほど、とアキナは頷く。

 ヴォイドの話によれば魔王の城に居る魔族は老人ばかりで、直接的な戦闘よりも情報収集や作戦の立案に長けた者が多いそうだ。

 何より魔族の頂点である魔王一族が住んでいるのだから、そもそも護衛の様な存在は不要なのである。


「魔王の城かー。どんなトコかメッチャ気になるけど……行くとしたら最後だもんなー」


 ゴロゴロゴロ……と絶え間なく稲光が轟く髑髏を模した不気味な城を想像しながらアキナはそんな事を呟く。

 するとヴォイドが「それならば」と鬣の隙間から一枚の用紙を取り出してみせた。

 それを受け取ったアキナは眉を潜める。

 更に手渡されたレノアはじっと用紙に視線を落としたままポツリと言った。


「コレは使える」

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