第35話 魔王にも友達は必要。これギャルの鉄則
魔王城のとある一室。
室内は暗く、瘴気の様な空気が立ち込め、湿っぽい。
壁際にはなんたらメイデンやうんたらの雄牛から用途不明の馬まで様々な拷問器具がズラリと並んでおり、反対側の壁にはドラゴンの骨格標本や狂信的な絵画や怨嗟の表情を浮かべたまま凍り付いてしまった魔族らしきオブジェ等が飾られている。
そんな大変悪趣味な部屋の中央で一人の老いた魔族が背の低い少女の魔族に詰め寄られていた。
「いいか、今から私が言う事を繰り返せ」
「は、はい……」
「新魔王たるブランディ様は偉大なる前魔王様より選ばれし正当な後継であり、また良き妹君であります」
「……新魔王たるブランディ様は偉大なる前魔王様より選ばれし正当な後継であり、また良き妹君であります」
「朝の弱い前魔王様を起こしたり朝食を作ったりバレンタインに手作りチョコを上げる等、甲斐甲斐しく影からサポートし、唯一の理解者でもあるブランディ様は兄妹愛の具現そのものであり鑑であります」
「……朝の弱い前魔王様を起こしたり朝食を作ったりバレンタインに手作りチョコを上げる等、甲斐甲斐しく影からサポートし、唯一の理解者でもあるブランディ様は兄妹愛の具現そのものであり鑑であります」
「私はそんなブランディ様を救い様の無い重度のブラコンクソ野郎だと揶揄しました」
「そ、そんなつもりで言った訳では……」
「いいから言え」
「……わ、私はそんなブランディ様を救い様の無い重度のブラコンクソ野郎だと揶揄しました」
「よって私は死に値します」
「よ、よって……」
蒼白になって口篭る元幹部にブランディがズイッと更に顔を近付ける。
「さあ言え。〝私は〟〝死に〟〝値します〟」
「わ、私は……」
そこで流石に見かねた元魔王……ブランディの兄であるメノが割って入った。
「ブランディ、その位にしておけ」
「今いいとこなんだから邪魔しないでよ、お兄ちゃん」
「邪魔するも何もここはオレの部屋だぞ。やるなら自分の部屋でやってくれ」
「だってアタシの部屋じゃ雰囲気出ないんだもん」
確かに家具一式ピンクで統一され大量のぬいぐるみが並んだファンシーな部屋で尋問が行われるのは異様な光景である。
「でも、お前が毎日使ってるヘアアイロンとか使い様によっては立派な拷問具になるぞ」
「…………!」
「そんな〝確かに……!〟みたいな顔するな。冗談だ」
はぁ、とメノは溜息をつく。
基本的には元気で素直なカワイイ妹なのだが、ちょっぴり嗜虐的な面があるのが玉に瑕である。
「いいか、今お前が首根っこを掴んでいる相手はオレが魔王の座に就く前からトップとしての心構え……帝王学をオレに教えてくれた師匠的な存在だ。そんな彼を嬲るのはオレを嬲るも同じ事」
「違うもん! コイツはお兄ちゃんじゃない!!」
「いいや、違わない。彼が死に値すると言う事はオレも死に値すると言う事だ。我が妹よ、お前はオレに死んで欲しいと言うのか?」
「そんなの愚問だわ! もし、お兄ちゃんが死んだらアタシも死ぬ!!」
「でもそんなのイヤだろ?」
「イヤ!」
「なら、どうすれば良いか分かるな?」
メノが諭すように言うとブランディは渋々掴む手を離した。
「行け」
無事解放された元幹部の魔族は二人に頭を下げるとそそくさと去って行った。
傍若無人のブランディを手玉に取る前魔王はやはり大したものだ、と感心しながら。
「妹よ、上に立つ者はもっと寛容的でなければいかんぞ」
早速帝王学から学んだ事を教えながらメノは窓を開けて換気した。
薄暗かった室内に陽光が差し込み、心地良い風が吹き抜ける。
「ナメられないよう威厳も必要だわ」
ブランディはベッドに腰掛けながら膨れっ面で反論する。
「確かにさっきの演説は威厳たっぷりだったぞ……〝諸君、楽に。これより私が軍を取り仕切る訳だが、すべき事に変わりはない。これまで通り打倒勇者の為に最善を尽くすだけだ(キリッ〟ってな」
含み笑いしながら言うメノをブランディが睨む。
「だって、いきなりなんだもん! ホントはもっとちゃんと準備したかったのに」
「あの流れじゃ仕方無いだろ。準備する時間が無かったのはすまないと思うが」
「大体さ、お兄ちゃんがあんな下級の悪魔に負けるから悪いんだよ!?」
「それも仕方無い。エニータイムフィットネスで深夜から朝までみっちりトレーニングしてきた帰りに襲われたんだからな。しかもライザップで糖質制限中だから力も半分も出なかったし」
「それでも全身打撲にあばらの粉砕骨折で全治二週間とかホント情けないわ。ってか、そもそもお兄ちゃん呪文しか使わないんだから糖質制限とか関係ないじゃん」
「失敬な。オレだって目突きやビンタ位するぞ。まあ、お前みたいに裏拳で城一つ粉砕したり地団駄で大地を真っ二つにしたりはせんが」
「何よ! 人をバケモノみたいに!!」
怒ったブランディがメノの体を締め上げると「あいだだだだだだだだだだだだだっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!111111」と絶叫が城中にこだました。
「うぅ……死ぬかと思った……オレ一応人間なら重体レベルのケガなんだが?」
「礼には及ばないわ。あーあ、それにしても残念だわ。コロナも収束したし、どうせなら友達も呼んでパーッと就任式したかったなぁ」
そうボヤくブランディにすかさずメノが言う。
「お前、呼ぶような友達いるのか?」
「……い、いるし」
「どれ位?」
「……二人」
ボソッとした返答を聞いたメノは明らかにバカにしたような表情で妹の肩をポンと叩いた。
「友達の価値は数で決まる訳じゃ無いからな」
「うるさい。そもそも友達ゼロのお兄ちゃんよりずっとマシよ」
「そうだな。年を取る度に友達ってのは減ってくもんだからな。お前は大事にするんだぞ」
そう遠い目で答えるメノの哀愁漂う様子にブランディは悲しくなった。
だから兄の手をそっと取ると妹は優しく微笑んだ。
「お兄ちゃんにはアタシがいるよ」
「……そうだな」
救われたように笑う兄を見てブランディは安心した。
今二人のいる部屋に置いてある拷問器具やそれっぽいインテリアは全て偽物で、メノが魔王になりたての頃に通販で揃えた物だ。
魔王らしい部屋でないとナメられると言う理由からだったが、魔王に就任以来訪ねてくる者は一人もいなかった。
だからブランディは出来るだけこの部屋に通い、「いい趣味してるわ」「素敵な牛ね」「今度アタシもドラゴン狩って来るから飾って」等とひたすら褒めそやした。
「じゃあアタシ行くね。新しい魔王軍を組織しないといけないから」
メノを軽くハグするとブランディは部屋から出て行く。
「オレの仇は取ってくれないのか?」
その背中に向けてメノは冗談っぽく言った。
すると振り返りもせずにブランディは部屋の片隅を指差す。
「お兄ちゃんの仇ならもう取ったよ」
メノが見ると、そこには灰かと見間違う程に粉々になった例のツボの残骸が床に晒されていた。
「……今度こそ勇者もおしまいだな」
バタン、とドアが閉まるとメノは呻くように言うのであった。