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第31話 人には世界より大切なものがある。これギャルの鉄則

 と言う訳でホテルの部屋に戻ってきた一同はテーブルの上に置かれた『何でも願いを叶える幸運のツボ』を取り囲んでいた。

 片側に取っ手が付いていて持ち易くはあるのだが、いかんせん正面に彫られた〝顔〟が不気味過ぎてシェーラは不安げな表情だ。

 何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべていて、何でも願いを叶えるという効果に相応しい強欲さが滲み出ている。


「……ホントにコレ大丈夫なん?」


 やはり疑わしげにツボを眺めるアキナの問いにエリーが答える。


「何言ってんだ、どう見たってモノホンだろうが。こんな最高のツラしたツボを人間如きが作れるか?」

「うーん、そう言われてもなぁ……」

「あたしが保証してやるから安心しろって。だから、ほれ、ほれほれ」


 冷やかしに来ただけのエリーは早く願いを叶えて見せろとばかりに急かしてくるが、アキナはやはり躊躇する。

 レノアと違ってこの女神は今一つ信用出来ない。


「いらないならオレが貰ってもいいぜ」


 四人が振り向くと窓枠の所にハナが腰掛けていた。

 今の今まで気配はなく、誰一人気づいていなかった。


「カギは閉まってた筈だけど……どうやって開けたん? つーか、ココ22階だし……」

「おいおい、盗賊に向かってどうやってカギを開けたはないだろ? そのツボが気になってな、アンタらの後をつけさせて貰ったんだ。それにしても良い所に泊まってんな。羨ましいぜ」


 トン、と床に下りるとハナは部屋を見回しながら言った。

 アキナは窓の外を覗いて見るが、他に影は無い。


「他の二人は? ユキとツキだっけ?」

「さあ。別にあいつらは仲間じゃない。あの大会に出るには三人いないとダメだっつうんで仕方なく組んだのさ。ったく、オレ一人なら優勝出来たのになぁ」


 ハナはそう言って嘆息する。

 普通なら負け惜しみに聞こえるのだが、本当にそう思っているようであった。


「イヤ、アンタ変な道具使ってズルで勝っただけじゃん」

「ズルとはとんだ言い言い掛かりだな。アレを手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってんだ。それに武器や魔法が禁止されていないようにアイテムの使用もルール上問題ない。だからアイテムを駆使して戦うのだって立派な戦略なのさ」


 うむむ、とアキナは返す言葉が無い。

 確かにどんな手段であろうとレノアに勝ったのだ。

 大したものである。


「でも、そんなショボいナイフじゃリンゴかオレンジくらいしか切れなさそうだけど……」

「コレか? 『断絶するスナップ・ストリング』程じゃないが入手困難なレアアイテムで……おい、気を付けろよ。ヘタな魔族なら一撃で倒せるシロモノなんだからな」

「そうなん? コレが?」


 ハナから受け取ったナイフを疑わしげにためつすがめつしていたアキナは思い付いたように背後を振り返る。


「シェーラで試してみていい?」

「え……?」


 困惑するシェーラに「冗談だよ」とアキナは笑いながらナイフをハナに返した。


「そのダッセー板みたいなのも実はスゴイん?」

「ああ。このプレートメイルは魔力耐性が限界値まであるし、こっちの腕輪は素早さを五倍にしてくれるし、この指輪は運を十倍にしてくれる」

「へー、そんなん何処で売ってんの? その腕輪ちょっとカワイイから欲しいし」

「どこにも売ってねーよ。モンスターがドロップしたり素材から練成したりカジノで手に入れたんだ」


 他にもハナは色んなアイテムを床に並べていちいち説明してくれたがアキナにはチンプンカンプンであった。


「これらのアイテムは組み合わせることで強力な効果を生み出すんだ。相互作用シナジーって奴さ」

「そんな面倒な事しなくても普通に戦えばいいじゃん?」

「オレみたいなまっとうな人間がベイガス・トーナメントみたいな何でもアリの大会を勝ち抜くには、苦労してレアアイテムを探したり組み合わせを工夫したりするしかないんだよ。周りを見てみろ、この部屋にまともなヤツがいるか?」


 ハナに言われ、アキナは顔を横に向ける。

 レノア……時間を止めたり隕石を落としたり存在点がズレてたりとどう見てもまともじゃない。

 シェーラ……霧吐いたり首が折れても生きてたりシュレなんとかのネコだったりとどう見てもまともじゃない。

 エリー……まともじゃないレノアに勝ったり聖剣を覚醒させたり四六時中水着姿だったりとどう見てもまともじゃない。


「確かに……まともなのウチだけじゃん……」


 驚愕の事実に困惑するアキナに対し、一斉にツッコミが入る。


「伝説の剣をデコレーションしている時点でまともじゃない」

「そのスカート丈はあまりまともとは……」

「メイド服着て冒険してるヤツがまともなもんかよ」


 うんうんとハナが頷き、アキナはペロッと舌を出しながら肩を竦めた。


「さて、そろそろ本題に入ろうぜ。オレは手に入れられなかったが一世一代のショーだ。早く願いを叶えて見せてくれよ」


 そう言ってハナはドカッとソファーに腰を下ろすとツボとアキナを交互に見た。

 他の三人も同じ意見のようでアキナに視線が集まる。


「…………」


 真剣な表情になったアキナは『何でも願いを叶える幸運のツボ』と対峙する。

 何でも願いを叶えてくれる……


「レノア、シェーラ、ゴメン。これで魔王を倒すって言ったけど……ウチどうしても叶えて欲しい願いがあるんだ。だから……」


 後ろめたそうに言うアキナの様子にレノアとシェーラは察する。


「それは貴方の物。自由にすればいい」

「一刻も早く魔王を倒して平和を取り戻さねばなりませんが、ここで旅が終わってしまうのも少し寂しいと思っていた所です。それにアキナさんとレノアさんならこのツボの力を借りずともきっと魔王を打ち倒せることでしょう」


 そう言ってくれる仲間にアキナは感謝しながら頷いた。


「ちゃんと魔王は倒すから」


 再びツボに視線を戻すとアキナは一つ息をついた。

 それからエリーに教わった通りツボの端を擦る。

 するとモクモクと煙のようなものがツボから噴き出し、中から〝ソレ〟は現れた。


「……………………」


 その場に居た一同は閉口してしまう。

 禍々しい二対のツノに禍々しい鋭利なキバに禍々しい真紅の眼に禍々しい巨大な翼……どう見ても〝ソレ〟は悪魔にしか見えなかったからである。


「我を呼び出した矮小な存在よ、キサマの望みを叶えてやろう。さあ、願うが良い」


 クックックッ、とツボとそっくりな不気味な笑みを浮かべながら悪魔はアキナ達を睥睨する。


「イヤ、コレ絶対代償に命取られるやつっしょ……」


 明らかに魔王より貫禄のありそうな悪魔を前に不安げに呟くアキナの傍らでエリーはポリポリと頭を掻く。


「うーん……まあ大丈夫だろ、多分。もしヤバそうな事になったら、あたしとレノアで何とかしてやるから」


 ホントかなぁ、と思いながらもアキナは気を取り直して悪魔と対峙する。

 そして意を決して言った。


「ウチの願いは……川に流されて死んだ弟を……ハヤトを生き返らせて欲しいです」


 ずっとアキナの中に蟠っていた〝想い〟が言葉を通じて〝願い〟となった。

 もう一度会いたい……そんな想いが。


「その願いは叶える事は出来ない」


 だが悪魔は淡々とした口調でキッパリとそう言った。

 一瞬アキナは訳が分からなくなる。

 叶える事は出来ない……?


「……どういうこと?」

「その願いは叶える事は出来ない」


 まったく同じ文言を繰り返す悪魔をアキナは睨み付ける。


「何でだよ! 何でも願いを叶えてくれるんでしょ? なら、叶えてよ! 弟を返してよ! もう一回会わせてよ! ねえ!」


 そう喚き散らすアキナに悪魔はやはり告げるのだった。


「その願いを叶える事は出来ない」

「何でだよ……叶えてよ……いいじゃん……ウチ頑張ったんだから……もう一回ハヤトに会わせてよ……ねぇ……」


 大粒の涙を流しながら懇願するアキナはその場に崩れ落ちた。

 そんな悲しみにくれる少女に寄り添いながらシェーラが問う。


「……何故アキナさんの願いは叶えられないのでしょうか?」

「何故ならば、その願いは既に叶えられているからだ」


 え、とアキナはグシャグシャになった顔を上げる。


「……もう叶えられている?」

「その通り。貴方の弟……宮代勇人は溺死した後、盗賊としてこの世界に転生した」


 代わりに答えるレノアをアキナは振り返る。


「……この世界に転生した? 何でそんな事知ってんのさ?」

「私が転生させた」

「レノアが……?」


 アキナは今度こそ言葉を失った。


「……何で始めに言ってくれなかったの?」

「彼に話すなと言われた」


 アキナはそこで冷静になる。

 弟がこの世界に? 

 じゃあ、今何処に……?


「その小娘の言う通り、既にその者はこの世界の住人として生き返っているし、既に貴様はその者に出会っている。だから、貴様の二つの願いは叶えることは出来ない」

「もう出会っている……?」


 その言葉にアキナはハッとなった。

 そして振り返る……ハナの方を。


「やっと気づいたのか。オレは始めに見た瞬間にアネキだって分かったけどな。ま、アネキはバカだから仕方ないか」


 呆れた様子で苦笑するハナ……彼こそがアキナと同じくレノアによってこの世界に転生させられたハヤトなのであった。


「人にバカって言うなし。それにバカって言ったヤツがバカなんだよ」

「違うね。バカって言おうがカゼを引こうが正直者だろうが、それとバカかどうかは関係ない。モチはモチ屋。バカはアネキ」


 外見はまったく異なっているのだが、小バカにするような薄笑いとヘリクツを並べるナマイキな喋り方は確かに弟そのものであった。

 本来であれば再会できた嬉しさがこみ上げてくる筈なのだが、それよりもアキナは腹立たしさを覚えた。


「アンタこそ、こっちでも相変わらずボッチのくせに」

「そんなポン引きメイドの格好してるよりはマシだろ」

「ポン引きにすら相手にされない陰キャ乙。あーボッチがうつっちゃう~」

「こっちこそバカがうつるわ」

「だからバカって言うなし。この童貞野郎」

「あ? やんのか?」

「〝あ? やんのか?〟だっておw そうやってすぐイキる~ウチに一回も勝ったことないくせに~」


 そこでハヤトがナイフの柄に手を掛けたのでアキナも聖剣を抜こうとする。

 そんな険悪なムードを察したシェーラが「まあまあ」と間に入って両者を宥めた。


「でもアンタ転生したんならウチみたいになんかスゲー能力とか貰えんかったの? まぁウチは能力じゃなくて付き添いだけど」

「なるほど、だからアンタがここにいるのか」


 レノアを見やりながらハヤトは納得して頷いた。


「ま、確かにアンタが一緒なら安心だな。なんつってもアネキはドラクエⅠをクリアするのに二年かかるくらいの超ゲーム音痴だからな」

「ここはゲームの世界とはちげーし?」

「同じだよ。システムも攻略法も。だから普通にやってもカンタン過ぎて面白くない」


 その意味が分からないアキナにレノアが説明する。


「いわゆる縛りプレイと言うもの」

「縛りプレイ?」

「エロい意味では無い。自らに制約を課して生きる(プレイする)事。レベルや職業や使用する装備などを制限する事で相対的に難易度を上げるゲーマー的手法」

「そう言う事。如何に頭を使ってクリアするか……それが楽しいんだ」

「それに彼は転生特典チートも拒否した」

 ハヤトをじっと見ながらレノアはほんの僅かに息をついた。


「根っからのゲーマー気質」

「そりゃどうも」


 まんざらでもなさそうにハヤトはおどけてみせた。


「……あのー」


 と、ツボから出現したまま放置されていた悪魔が恐る恐る言う。


「そろそろ願いを言って貰ってもいいでしょうか……?」

「あ、すっかり忘れてた。つってもなぁ……やっぱ魔王倒しちゃう?」

「好きにすれば良い」

「まあ、それなら良いのではないでしょうか」


 と言う訳でアキナは改めて願った。


「ほいじゃ魔王を倒して下さい!」

「心得た」


 悪魔は頷くと煙のように消えてしまった。

 アキナ達は顔を見合わせながらしばし待つ。

 十秒ほど経ってから悪魔はまた戻ってきた。


「魔王は倒した。これで願いは叶えたぞ。さらばだ」


 そう言い残して悪魔はツボの中へと姿を消した。


「え、これで終わり?」

「こんなもの」

「本当に魔王は倒されたのでしょうか……?」

「ぜんぜん面白くない演出だったな」

「せっかくここまで足を運んだのにこれだけかよ」


 おのおの思ったことを口にするが、ツボは相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべているだけである。

 もはやただのガラクタと化したツボをエリーが掴み上げた。


「なあバランタイン、この悪魔を何秒で倒せるか勝負しようぜ。ただし、そっちは両手両足使うの禁止な」

「興味ない」


 チェッ、とエリーはつまらなそうにツボを放り出した。


「さて、用も済んだしオレは行くとするかな。これでも忙しいんでね」

「行くって一体何処に行くのさ? もう魔王は倒しちゃったよ?」

「行くとこなら山程あるさ。魔王を倒した事で幾つかの隠しダンジョンも入れるようになった筈だから、そこのアイテムを回収しなければならんしボスも倒さなきゃいけない……勿論そいつは魔王よりずっと強い。あとスゴロクも全部攻略してないし、モンスター図鑑もまだ埋まってない。やる事はまだまだ幾らでもある。寧ろこれからが本編ってとこだ。魔王なんて前座に過ぎん」


 そう言ってハヤトは背を向けるとまた窓枠に足を掛けた。


「え、ちょい待ちちょい待ち。ならウチらと一緒に行こうよ?」

「オレはソロプレイ派なんだよ。それにアネキじゃ足手纏いだ」

「は? ウチ勇者だし? ダー○・モー○みたいなヤツも倒したし?」

「一回まぐれ勝ちした位じゃあな。魔王とまでは言わないが、四天王でも倒したら認めてやらんでもないが」

「四天王? そういやそんなのがいるって聞いた気が」

「一般的には魔王のつぎに強いヤツらだ。ちなみにアネキが決勝で倒した魔族はその内の一人〝暗黒騎士〟ショウキョウだ」

「え、アイツ四天王だったん? 道理で強い訳だは……って、じゃああんなバケモンが後三人もいるって事?」

「ああ。ま、そいつらを倒したら勇者って認めてやるよ。正直今回は殆ど聖剣のおかげで勝ったようなもんだからな」

「分かったし! やってやんよ!」


 一人で燃え上がるアキナにハヤトは苦笑する。

 勇者に転生しようが姉は姉であった。

 単純で迷わないのだ。


「ま、せいぜい頑張れよ」

「アンタこそ仲間の一人でも作れよ? ゲームと違って人生はボッチじゃ攻略できねーんだからさ」

「余計なお世話だ。ゲームも人生も一緒だよ。結局要領の良いずる賢いヤツが勝つのさ」

「いいや、最後に勝つのは努力友情勝利!」


 付き合いきれん、とハヤトは頭を振ると窓からヒラリと身を投げた。ギョッとしてアキナは窓から顔を出して下を覗くがもうハヤトの姿は無い。

 代わりに一枚の紙切れが窓の所に挟んであった。

 そこには汚い字で〝巻き込んじまってすまなかった〟と書いてあった。

 アキナは首を振りながらそれを折り畳むと窓の外を見た。


「……アレルギーにだけは気をつけろよ」

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