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第31話 鬼の手にも花。これギャルの鉄則

 ヴォイドの古城。

 何時ものように退屈そうに爪をピカピカに磨き上げていたヴォイドがふと顔をあげるとビター・キルズが何時の間にか向かいのソファーに座っていた。

 この幽霊のような男はまったく気配と言うものが無いのだった。


「どうした? 惚けた顔をしているぞ?」

「……少しばかり人間だった頃の気持ちを思い出していたのです」


 その意味する所を野性のカンで察したヴォイドは誂うような笑みを浮かべる。


「何事も言葉にして伝えねば何も始まらんぞ?」

「向こうはごく普通のカフェで働く只の人間の女性です」

「だから何だ? 貴様とて元とはいえ人間だろう。それに相手だって一見そう見えるだけで中身は貴様のように別物かもしれんぞ?」

「そんなはずはありませんよ。目を見れば分かります。あの女性は清廉潔白そのもの。きっと敬虔な神の信仰者といった所でしょう」

「ふむ、そうなら貴様とは相容れぬな。決して結ばれる事の無い人と人ならざるもの……まるでフェアリーテイルの『少女と怪物』だ」


 そんなものを猛獣の王たるヴォイドが知っている事をビター・キルズは意外に思ったが口にはしなかった。

 下手な人間よりよっぽど人間らしい所がこの男にはある。


「アナタのような犬畜生がそんな乙女チックな話を知ってるだなんてまったくお笑いだわね」


 そこへ現れたエルフの女が見下すようにヴォイドを睨みながら憎まれ口を叩いた。

 四天王の1人アンブローシアであった。


「数多の知識はお前達の信奉する所であろう? あと俺は犬族では無い」

「犬だろうが猫だろうがげっ歯類だろうが畜生に変わり無いわ」


 相変わらず刺々しい口調のアンブローシアはそう言うとビター・キルズに視線を移す。


「久しぶりね、人間崩れ。まだ死んでなかったの?」


 しかしビター・キルズは無表情のまま何も答えなかったのでアンブローシアは肩を竦める。

 それから地面まで届きそうな自慢のブロンドを指でくるくるしてからパッと離した。


「呼び出しておいて無視とは畜生以下ね、まったく。ところでここはお茶の一つでも出ないのかしら?」

「生憎畜生には茶を飲みながら花を愛でる習慣は無いんでな。飲みたいのなら自分で淹れるが良い。貴様らの大好きな葉っぱなら外に幾らでも生えているぞ?」


 ハッと鼻を鳴らしながらアンブローシアはやけに豪華な細工が施された小さな一脚の椅子に腰掛けた。

 これで3人の四天王が揃った訳だが……


「1人足りないようだけど?」

「何時ものことだ。来たければそのうち来るだろう。いい加減俺も爪を磨くのには飽きた。ビター・キルズ?」


 ビター・キルズは立ち上がるとアンブローシアには一瞥もくれずに集まった理由を話し始めた。


「例の人と人外の融和を謳う町でドラムリンの手下が何者かにやられたそうです。私は勇者達の仕業だと睨んでいますがドラムリンは我々の関与を疑っているようです」

「なぜ俺達がそんな辺鄙な場所で奴らを叩かねばならん?」

「とんだ言いがかりね。あんなザコどもアウト・オブ・眼中だわ。何なら今からあのイキり陰キャインポ野郎をぶっ殺してやろうかしら?」

「詳しくは不明ですがドラムリンの手下達が連れていた魔道ゴーレムが真っ二つにされたそうです」

「ゴーレムが真っ二つ?」


 そこでヴォイドとアンブローシアは顔を見合わせる。


「ちょっと待て。如何に勇者と言えど俺の二回り程もある魔道ゴーレムを一刀両断出来るとは思えん」

「じゃあその仲間の神官かメイドがやったって言うの? 話を聞いた感じではどの道そんな真似が出来るようにはとても思えないけど」

「それなら私がやった」


 三人の顔が声の方を向いた。

 声の主は……遅れて到着した最後の四天王ショウキョウだった。


「なるほど、貴様なら造作も無いことだろう。しかし何故?」

「あの町は色々と考えさせてくれる。それにドラムリンは気に入らん」


 ショウキョウは壁に背を預けながら簡潔にそう答える。

 これでドラムリンの言い掛かりでは無い事が判明した訳だが全員何とも思わなかった。

 彼らはそんな些細な事は気にしないのだ。


「そう言えば連絡がつかなかったので貴方にはまだ伝えていませんでしたが勇者が出現しました。ついては情報を収集しながら対抗策を目下……」

「勇者ならもう会った」


 その一言にヴォイドとアンブローシアはおろか、滅多に表情を作らないビター・キルズでさえ目を丸くした。


「もう会った?」

「とある武道大会で剣を交えた。そう言えば部下を借りたぞ、ヴォイド、ビター・キルズ」


 必要最低限のことしか喋らないショウキョウにアンブローシアが恐る恐る尋ねる。


「……で、どうだったの? もちろん勝ったんでしょ?」


 その問いにショウキョウは首を振った。

 四天王の中では感情表現が豊かな方のアンブローシアは真っ青な顔になる。


「ま、負けた……? で、でも武道大会って事は下らないルールとかあったんでしょ? 相手を殺しちゃいけないだとか武器は禁止だとか。だからどうせ〝アイキドウ〟とか言う奴で軽く手合わせしただけで……」

「奴は魔王様に仇なす存在。ルールなど関係無い。勿論殺す気でやった」

「……つまり剣を抜いたってこと?」

「ああ。三回程」


 三回! 

 アンブローシアは引っくり返りそうになった。

 この口数の少ない男が剣を抜くことは滅多に無く彼女自身もここ数年見た事が無い。

 非常に珍しいデザインでとても美しい刀身は武器に興味ないエルフでも惚れ惚れするほどなのだが、一度ひとたび彼がそれを抜けば必ず1つ以上の命を奪う必殺の剣である。

 だのに負けた!

 アンブローシアはその事実に戦慄した。


「…………」


 そして口にこそしないがヴォイドとビター・キルズも同じ思いであった。

 確かに彼が何時も腰に差しているはずの鞘が無い。

 大広間に重い沈黙が下りた。


「私は四天王を辞める」


 唐突にショウキョウが言った。

 他の三人は更に驚きを見せる。


「……冗談でしょ?」

「私が冗談が嫌いなことは知ってるだろう。負けたとはいえ一応役目は果たした。それに剣も失った。魔王様も理解して下さるだろう」


 それだけ言うとショウキョウは別れの言葉を口にすることなく広間を出ていく。

 アンブローシアはその背中とヴォイドたちを交互に見やる。


「聞いたでしょ? 本気でやったショウキョウが負けたのよ? そんな奴らにあたし達が勝てる訳無いじゃない。悪いけどあたしも抜けさせて貰うわ。魔王様にはうまく言っといて」


 もともと忠誠心に欠ける薄情なエルフはヒラヒラと手を振ると「ちょっと待ってよ! あたしも行く!」とショウキョウの後を追って行ってしまった。


「さて、残るは俺達だけになってしまったな」

「そのようですね。残念ながらショウキョウがいなくなってしまったのは致命的です。それに余り認めたくありませんが彼女の強力な呪文による援護が無いのも大分痛手です」


 そう言ってヴォイドとビター・キルズは同時に溜息をついた。

 四天王の4人が協力すれば勇者に勝てる可能性は十分にあると踏んでいたビター・キルズの算段もこれで無に帰してしまった。


「こうなってはもはや共闘も無意味。後は各々好きにやるとしよう。と言ってもショウキョウとサシでやって勝ってしまう勇者が相手ではお前の手には負えんだろう。四天王はもはや瓦解した。お前も故郷にでも帰るといい」


 その言葉にビター・キルズの眉間に皺が寄る。


「貴方はどうするつもりですか?」

「俺は最後まで魔王軍の一員として戦う。正直な所勇者はおろかその仲間共にすら勝てるかは分からんが……何、腕の一本位は貰ってやるさ。獣王の誇りを見せつけてくれよう」


 玉砕覚悟のヴォイドの意気にビター・キルズはフッと気障な笑みを見せた。


「なら私も及ばずながら付き合いましょう。共闘の意味は薄れてしまいましたが決して無意味ではありません」

「だがお前には別の異国組織シンセングミ出身のショウキョウやあのエルフ以上に魔王軍に義理など無いだろう。それに勇者は人間。同族で争うことになるのだぞ?」

「確かに義理は無いかもしれません。しかし行く場所もまたありません。故郷に帰った所で私を待ってくれている者はもういません。それに私を人でなくしたのもまた人です。今更彼らに何の感情もありません」


 ならばもう何も言うまいとヴォイドは頷いた。

 その顔は心無しか嬉しそうでもあった。


「なればもう手を拱いている理由もあるまい。すぐにでも勇者共の所へ……」

「……ヴォ、ヴォイド様!」


 奮起するヴォイドを遮ったのは例によって連絡係の獣人だった。

 どんな時も冷静かつ正確に報告することを心掛けてきた最古参の部下だが今の彼の様子は尋常では無かった。


「どうした?」

「そ、それが……」


 蒼白な顔で報告する彼の口にした事実にヴォイドとビター・キルズは絶句した。

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