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第30話 馬鹿には勝てない。これギャルの鉄則

 でもアンタの事は救えなかった。

 仕方なかったんだ。

 いくらウチでもあの濁流の中じゃどうしようもなかったからね。

 けどアンタには悪いとは思うけど全然後悔なんてしてないよ。

 やるだけはやったからね。

 だからちゃんと感謝しろよ。

 あんなタピオカミルクティーみたいな色した川に躊躇なく飛び込んだ姉ちゃんの勇気と気概に。



 気付くとアキナはまたリングの上に立っていた。

 目の前にはこちらを油断なく伺うツキの姿がある。

 だが不思議な事にもう少しも怖くは無かった。

 手足の震えも止まっている。

 痛みもそれほど感じない。

 もうあれこれ考えるのはやめた。

 アキナは深呼吸すると自分の頬を両手でパンと一つ叩いた。

 ふっ切れたのだ。


「一方的にやられていたミヤシロ選手! さあここからだと言わんばかりに気合十分! ここから怒涛の反撃が見られるのでしょうか?」


 足元に転がる聖剣を拾うとアキナは再びそれを構えて戦う意思を示す。

 それに呼応して場内が沸いた。

 観客達はアキナの味方だった。

 だが決してツキが魔族だからでは無い。


「どうやら心は決まったようだな。良いだろう、来い!」


 ツキも全身に闘気を漲らせながら叫ぶ。

 柄を強く握り締めるとアキナはリングを蹴り、一直線にツキに向かって斬り掛かった。


「…………っ!」


 その猛烈な斬撃の嵐にさしものツキも受けるのが精一杯で防戦一方となる。

 剣の軌道を完全に読んでかわしていた先程までの余裕はない。


「再びミヤシロ選手の猛攻! 奇妙な剣を半分ほど抜きながらツキ選手も必死にそれを受け切っています! しかし先程と違い今度は私の目にもしっかりとその攻防を見る事ができます! これはもしや伝説に聞き及ぶ〝速過ぎて逆に止まって見える〟的な現象なのでしょうかー?」


 その通りアキナの速さはさっきまでとは比較にならない程だったが視力の良いロッチはおろか観客達にも何となくその動きを見る事が出来た(と錯覚している)。

 なんとか効果と言う奴である。


「……速過ぎてわたくしにはもう追うことが出来ません。なんとなくアキナさんが押している事は分かりますが」

「〝光速〟を超えた〝超光速〟による動作を捉える事は視覚に頼る生物には不可能。あの魔族は〝気〟を読み取ることでかろうじて防御しているが確実に体力と精神を消耗している。勝負は五分と言った所」


 シェーラの視界の中で無限にも思える斬撃を果てしなく繰り出しているアキナ。

 あの手数を以てしても互角……それほどの力を持つ者など魔族と言えどそういないはず。

 一体何者なのだろうか?


「あっ」


 シェーラが声を漏らした。

 僅かに大振りとなったアキナの斬撃を読み切ったツキはギリギリの所で身を捻ってかわす。

 そしてその一瞬の隙を突いてツキは一歩踏み込むと迷いなく刀を抜き放った。

 場内ではレノアにしか捉える事の出来なかったその一閃は僅かに体勢を崩したアキナを容赦無く斬り捨てた。


「なっ……!」


 シェーラは思わず口元を押さえた。

 リング上のロッチも目の前で起きた出来事に言葉を失う。

 よく見えなかったが光の筋のような物が一瞬瞬いたかと思ったら怒涛のように攻めていた少女の頭部を一瞬で刎ね飛ばしたのだ。

 主を亡くした胴体がリングの上にゆっくりと崩れ落ちる。


「まさか……そんな……」


 手で顔を覆ったままシェーラも崩れ落ちた。

 何が起きたのか未だ理解出来ないのか場内はシンと静まり返っている。

 ただひとりヘッドジャッジだけが時間を取り戻し、厳かな様子でリングへと上がると厳しい表情でツキに歩み寄っていく。

 既に刃を収めたツキはしかし柄に手をかけたまま臨戦態勢を解かない。

 ヘッドジャッジは小さく息を呑む。

 だがツキの鋭い殺気はヘッドジャッジではなくその遥か後方に向けられていた。

 それに気づいたヘッドジャッジは背後を振り返る。

 そこには……


「……っぶねー!」


 なんと一刀両断されたはずのアキナが立っていた。

 勿論頭はちゃんと体についていて脂汗を流している以外は至って正常そうに見える。

 驚いた様子でヘッドジャッジはリングの真ん中を見やるとそこに横たわっていた首の無い胴体は影も形も無くなっていた。


「……な、なんとミヤシロ選手! い、生きております! ツキ選手によってその首を刎ねられたように見えましたが……どうやら私が見たのは残像だったようです! 凄まじい速さです!」


 ヘッドジャッジはそれでもツキに警告を与えようとするがアキナがそれを制してリングから去らせた。

 そしてアキナとツキは三度みたび対峙する。

 アキナは念の為首筋を何度も触りながらも勝つ方法を模索する。

 対してツキの方は明らかに動揺していた。

 今のは確実に首を刎ねたはずであった。

 手加減した初めの一撃と違い本気で抜いたのだ。

 あの間合いで避けられるはずがない。


「やっぱアンタ今までの誰よりもヤバイわ。だからウチも超本気ガチのマジで行くから。もしかしたら腕の一本位は貰っちゃうかもしんないから先に謝っとくね」


 そう宣言するとアキナは聖剣をしまいツキに背を向けるとリングを下りる。

 そして先ほどシェーラが下りてきた階段を二段飛ばしで登って行く。


「おっとーミヤシロ選手! 何と自らリングを下りてしまいました! 一体何を考えているのでしょうかー?」


 勿論場外なのでジャッジがカウントを取る。

 ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ……そこでアキナは崩れた外壁に辿り着くとそこに屈み込んで壁に足を掛ける。

 陸上のクラウチングスタートのような形だ。

 観客たちがけげんそうな顔になる。

 シックス、セブン……アキナは全身の力を抜くと腰を上げてスタートの体勢になる。

 エイト……意識を集中させる。

 勝つところを想像する。

 それから首を振ってそれを掻き消す。

 何も想像するな。

 考えるな。


「ナイン!」


 壁を思いっ切り蹴り出すとアキナは弾丸のように飛び出した。

 誰にも見えなかった。

 まさに光の弾丸であった。


「……テン!」


〝テ〟の所で既にアキナはリング上にいた。

 そして聖剣を大きく振り被りながら腰を回転させて勢いをつける。

 野球のスイングの要領だ。

 ツキも刀を抜き放つ。

 両者とも確信していた。

 これで決まる。


 ガギンッ!


 けんけんがぶつかり合い、互いの込めた膨大なエネルギーが一気に解き放たれた。

 アキナの纏った幾筋もの稲妻が龍の咆哮のように荒れ狂い、研ぎ澄まされた針の如きツキの闘気がそれを喰らい尽くさんとばかりに抵抗する。

 その巨大な力同士の衝突はあらゆる物を呑み込む光の嵐となって場内を吹き荒んだ。

 リングの外で戦いを見守っていた他の参加者達は堪らず地面に伏せ、観客を守る為の魔力の障壁には亀裂が走る。

 それでも多くの観客達は席を立たずに最後まで見届けようとリング上を注視していた。

 これを見ずに帰れるかとばかりに。


「ぐっ……!」


 そこでツキは柄を両手で握り直して完全に防御に回った。

 さっきまでの闇雲な剣とはまるで違う。

 いや剣自体は闇雲のままだ。

 だが〝芯〟が通っていた。

 技だけの剣はそれ程怖くはない。

 真に恐ろしいのは技の有無に関わらず〝心ある剣〟だ。

 そして習得に長い鍛錬を要する技と違い、それは短期間で発現することもある。

 例えば戦いの最中で

「だがまだ未熟……! 心技一体となった我が剣には遠く及ばん!」


 ツキが吠えると拮抗していた両者の剣に優越が生まれた。

 アキナは歯を食い縛りながら踏ん張ろうとするがじりじりと相手の刃が迫ってくる。

 ミシミシと全身が悲鳴を上げ始める。

 強靭な魔族の肉体に対してこちらは只の人間の身である。

 尋常ならない負荷に耐え切れなくなってきたのだ。


 ここまでか……


 聖剣を握る手から力が抜けていく。

 視界がぼんやりと白くなっていく。

 意識が沈むように遠のいていく。


〝どうした、新米。その程度か? ま、でも初めてにしては上出来だ。流石に相手が悪過ぎた。今回は運が無かったと諦めるんだな〟


 そんな声が何処からか聞こえた。

 手が熱い。

 この聖剣からだ。

 誰の声かは分からない。

 だがそんな事はどうでも良かった。


 ……嫌だし。

 自分はどんな時でもそれだけはしなかった。

 タッチ板に手をつくまで。

 ゴールラインを駆け抜けるまで。

 審判がホイッスルを吹くまで。

 スリーアウトのランプがつくまで。

 弟の手を掴むまで。

 最後の最後まで諦めずにもがくんだ。


「……な、なんだと!?」


 ツキが驚嘆の声を上げる。

 もう少しで押し込めそうだった自身の刃が再び押し返されていく。

 強い剣だ。

 これまで交えたどの剣より。

 ツキは諦観の笑みを浮かべた。

 そうか、お前もまた何かの為に剣を振るうのだな。

 かつての俺がそうだったように。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 アキナが咆哮すると人の限界を超えて全身の血が沸き立つ。

 それに呼応するように聖剣ドーンブリンガーが激しく輝いて虹色のオーラを帯び、本来の姿を取り戻した。

 そして戦意を失った刃を弾き飛ばし、名も持たぬ古びた刀は粉々に砕け散った。


「わたしの負けだ。殺せ」


 得物を失ったツキは片膝をつくとアキナを見上げて言った。

 だがアキナは首を振る。


「ヤダね。だってそんな事したらウチ失格になっちゃうし」

「今ここで殺しておかなければ私はいずれお前を殺しに行くぞ」

「知ってる。さっきもウチの事本気でヤろうとしたっしょ? 観客には当たらないようにしてくれてたけど。仏のガンジーと言われるウチも流石にちょっと怒ってんだ。だから刀を折っちゃった事は謝んないかんね。侍にとって大事なもんなんだろうけどこっちだって命懸かってたんだし」


 その言葉でツキは確信して僅かに笑う。


「なるほど、お前も……」

「え? ウチも何? ま、とにかく今回はこれで許すけど次またやるってんなら受けて立つよ。でも今度はこっちもレノアとシェーラに加勢して貰うから。正直アンタとタイマン張るとかもう勘弁だし」


 バキバキと首を鳴らしながらアキナはウンザリしたように言う。

 なんとか立ってはいられるがもう全身ボロボロであった。


「……良いだろう。次は私も自分の為に戦おう」


 そう告げるとツキは立ち上がってリングを下りる。

 そしてリング上に立つのはアキナただ1人となった。


「剣を失ったツキ選手、潔くリングを去りました! と言う事で勝者はミヤシロ選手! つまり優勝は『世界を大いに救うための宮代アキナの団』です!」


 例によってリング外に退避していたロッチが慌てて駆け上がってくるとアキナの手を取って観客に示すように頭上に掲げながら高らかと宣言した。

 勝者への歓声と惜しみない拍手が溢れんばかりに場内を埋め尽くす。

 そんな余裕は殆ど無いはずなのに律儀にそれらに営業スマイルで応えるとアキナはリングを後にした。


「お疲れさまです」


 労いの言葉と共にシェーラがマントをかけてくれる。

 それから体の怪我を一頻り確かめるとアキナの事を優しく抱き締めた。


「……わたくしが言うのもなんですが無茶はいけませんよ」

「わかってる。ありがと」


 シェーラがそっと身を離すとアキナはレノアの方を見やる。

 勿論労いの言葉は無く抱き締めてもくれない。

 無表情の女神はアキナをじっと見つめたままただ一つ頷く。

 それで十分だとばかりにアキナも頷いた。

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