第28話 昨日の友は今日の敵。これギャルの鉄則
「さあ、これでスコアは1-1です! つまり次の一戦で優勝が決まります! 分かり易くて良いですね! では行ってみましょう!」
もうスクリーンを見る意味はなく、ロッチが決勝の組み合わせを告げる。
「大将戦はアキナ・ミヤシロ選手vsツキ選手! リーダー同士の対決です! これは期待できそうですね! それでは両者リングへ!」
そうコールされるとアキナは身嗜みを整えてリングへと向かおうとする。
だが「アキナ」と珍しくレノアが引き留めた。
「何?」
「私が行く」
その言葉の意味をアキナは咄嗟に理解する。
「……アイツそんなに強いん?」
「強い。まだ戦いに慣れていない貴方では分が悪い。でも私なら勝てる」
フッ、とアキナはおかしげに笑う。
シェーラのときと一緒だ。
「でもご指名はウチだよ?」
「認識を改変すれば問題無い。この会場程度なら朝メシ前」
ニンシキのカイヘンがどういうものなのかアキナには分からなかったがレノアなら何とでも出来るのだろう。
何と言っても女神である。
頼もしい限りだ。
「……でもそういうのってやっぱ駄目だよ」
レノアを真正面から見据えながらアキナはきっぱりとそう言った。
「この世界に無理矢理連れてきたウチが言うのも何だけどレノアに頼ってばっかって訳にもいかないよ。だってこの物語の主人公はウチっしょ? だからシェーラみたいにウチも覚悟決めるべ」
そう言ってアキナも結局話を聞かないのであった。
「それに勝てる相手を選んで勝ち続けたって何の意味もないよ。逃げるくらいならボコボコに負ける方がずっとマシだし」
「負ける事に意味を見出だせない。私には理解出来ない」
「レノアはスポーツやらないの?」
「やらない」
「ならいつか教えてあげる。負けにもちゃんと意味があるんだって。ま、言うてアイツに負けるつもりはないけどね」
ところで、とアキナはレノアの前髪をピシッと弾きながらニッと笑った。
「ウチの名前やっと呼んでくれたね」
持ち前の身軽さでヒラリとリング上に上がったアキナは正面に立つツキのフードの奥を見据える。
「ホープタウンのデカイのを倒したヤツ=さっきウチが仲間に誘ったヤツ=アンタってことでおk?」
やはり声を発することなくツキはただ頷く。どうやら正体を明かすつもりはまだないようである。
「準備は宜しいですね? それでは戦闘……開始!」
アキナは聖剣を抜くとツキから距離を置く為にさがりながらヒュンヒュンとそれを振って風を放った。
触れれば容赦なく皮膚を切り裂く見えざる刃をツキはしかし余裕でかわす。
そこへ更に風の刃が襲来するがツキは体を捻って軽々と回避する。
ふむ、とアキナはそれ以上の攻撃をやめた。
「様子見ってやつね」
未だ沈黙を続けるツキに向かってアキナは言う。
例のゴーレムの倒され方を見るに恐らく彼の得物は剣。
それもかなりの腕だ。
だからアキナは近寄ることなく遠距離攻撃で攻める事を選んだのだが正直まったく当たる気配はない。
だがツキの方も攻める気が無いようで間合いを詰めてくる様子はない。
つまり〝試されて〟いるのだ。
自分が戦うに値するのか。
剣を抜く価値があるのか。
なるほど、確かに今までの敵とは〝桁〟が違う。
「いいぜ、やってやんよ」
アキナは不敵な笑みを浮かべると聖剣を構える。
「〝聖なる炎よ、悪しき魔女に正義の鉄槌を与えよ〟」
エリーから教わった呪文をアキナが唱えると聖剣のモードが〝風〟から〝炎〟に切り替わる。
使い手を優しく包み守る〝風〟と異なり〝炎〟は攻撃に特化した荒々しき剣である。
「人前では帽子を脱ぐのが常識っしょ!」
アキナが頭上に掲げた聖剣を叩き付けるように振り下ろすと燃え盛る炎が発現し、得物を狙う蛇のように地を這ってツキに向かって行く。
炎の直線的な動きを見てツキは大きく右へ跳んだ。
だが炎はまるで意思を持っているかのように急に方向を変えてツキに追い縋る。
着地したツキは体勢を整えると回避を諦めたようにスッと腰を落とす。
その瞬間に炎が左右に分裂してツキの周りを取り囲んだ。
そして炎は更に燃え上がりツキを完全に閉じ込めた。
「ミヤシロ選手の攻撃の前にうまく立ち回っていたツキ選手! しかし今大会初めてみせるミヤシロ選手の炎の攻撃によって退路を断たれてしまいました!」
燃え立つ火炎によってツキの姿は見えなくなり、徐々に炎の壁がその包囲を狭めていく。
だが次の瞬間、炎の向こうで何かが煌めいた。
それとほぼ同時にツキを今まさに呑み込もうとしていた炎が跡形も無く掻き消えてしまった。
「地獄のような炎に呑まれ万事休すかと思われたツキ選手! どのような技を使ったのかは分かりませんが一瞬にしてそれを消し去ってしまいました! 同時に全身を包んでいたローブも消え、ついにツキ選手が正体を現しました!」
それは鬼型の魔族であった。
毎回ベイガス・トーナメントには人以外の参加者もチラホラいるので獣人や魔族程度では誰も驚かなかったが今度ばかりは観客達からどよめきが漏れる。
魔族はその力の源となるツノを一本ないし二本ほど持っているがツキの頭には何と六本ものツノが生えていたからだ。
しかしそれをべつにすればかなりのイケメンだったので観客席から黄色い声が飛ぶ。
「これはまた目も眩むようなグッドルッキングガイです! 魔族は高位になるほど美形になると言いますからこれは相当の実力者と見受けられます!」
勝手にどんどん下馬評があがっていくツキだったが当の本人はまったく動じずに静かに剣を構えている。
恐らくこの剣で炎を振り払ったのだろう。
それにしても奇妙な剣だった。
場内にいる誰もそんな形の剣を見たことがない……
ただひとり、アキナを除いて。
「なるほど、居合いってヤツ?」
見透かしたようにそう言うアキナにツキの表情が僅かに反応した。
ツキが手にしているのは〝日本刀〟であり、その構え方は〝居合い斬り〟のそれである。
アキナから見るツキはまさに〝サムライ〟であった。
「……お前は何者だ?」
初めて口を開いたツキにアキナは肩を竦める。
「言わなかったっけ? ウチ勇者やってんだ」
「本当に魔王さ……魔王を倒すつもりなのか?」
「そりゃモチのロンよ。弟に借りたドラクエ7は最初の敵が出てくる前に詰んだけど今回は仲間もいるし装備だってちゃんとしてるし敵も倒したしマジで最後までいっちゃうし?」
「そうか。ならば……」
その瞬間ツキの放つ禍々しい〝闘気〟が膨れ上がってアキナを貫いた。
「ここで倒さねばなるまい」
低い声でそう言うとツキは刀の柄に手を掛けた。
その本気さを読み取ったアキナも聖剣を握る手に力を込める。
「〝天かける迅雷よ、わが前に立ちはだかる全てを穿け〟」
主の呼びかけに聖剣が応え刀身に眩い閃光が迸る。
アキナ自身もバチバチと耳を劈く〝電気の衣〟を湛え、スーパー○イヤ人のように髪が逆立っている。
『聖剣ドーンブリンガー』の最強モード……〝雷〟である。
「風と水が世界をつくったのなら電気はその世界を照らして闇の時代を終わらせた。そのふるまいは複雑できまぐれだ。だが制御できれば途方もない力を味方にできるだろう」
次の瞬間アキナの姿が消えた。
ユキの場合と違い〝文字通り〟消えたのだ。
厳密には〝光速〟で〝移動〟しただけなのだが生物の目にはレノアの〝空間を渡る〟のと差異はない。
「……っ!」
〝雷〟の得意とする先制をとったアキナの剣をツキはしかし半分ほど抜刀して紙一重で受け切った。
間髪いれずにアキナは更なる連撃を繰り出すがやはり間一髪の所で防がれてしまう。
強い!
「……い、一体何が起きているのでしょうかー? 人間の数百倍を誇る私の視力を以てしても2人が剣を合わせたまま止まっているようにしか見えません!」
もはやロッチの実況はほぼ無意味と化していた。
シェーラがレノアを見やる。
「どう見ます? わたくしには互角に思えますが」
「あの魔族の方が大分有利。光速程度ではあっさりと見切られてしまう」
「光速というのはどの程度の速さなのですか?」
「まあまあの速さ。でも人にとっては知覚することすら困難」
シェーラはリングに視線を戻すと心配そうな表情を浮かべる。
そんな速さに人であるアキナの体は何時まで耐えられるだろうか?
「邪魔」
アキナはマントを脱ぎ捨てると聖剣を突き出して再度ツキに攻勢をかける。
だが一つも当たらない。
まったく当たらない。
かすりすらしない。
あれ、勝てない?
一瞬そんな考えがアキナの頭をよぎる。
その時、目の前に強烈な〝殺気〟が現れる。
本能的にアキナは後ろに跳ぶ。ほぼ同時に顔の辺りを何かが掠めた。
「剣とは心技一体。いくら技に優れようとも心に隙あらば敗北に直結する」
初めて抜き切った刀をまた鞘に収めながらツキは諭すように言う。
額から血を流しながらアキナは息を呑んだ。
〝雷〟の速さが無ければ一刀両断されていた。
「お前が勇者だと? 魔王を倒すだと? 笑わせてくれる」
そう嘲るとツキはアキナに向かって駆け出す。
アキナは聖剣を構えながら気持ちを集中させる。
右に避ける?
それとも左?
ツキはまっすぐ迷いなくこちらに向かって来る。
迎え撃つ?
どうやって?
いくら剣を振っても当たらないのに?
「アキナさん! 避けてください!」
「…………っ!」
気付くとツキに懐まで飛び込まれていた。
咄嗟にアキナは聖剣を振り下ろそうとするが遅かった。
ツキが突き出した刀の柄の先がみぞおちに減り込む。
「……ン゛エ゛ッ!!」
アキナは苦悶の声を漏らす。
息が出来ない。
だがツキは容赦なく追撃をかけてきて重い鞘がアキナの脇腹を強打する。
その衝撃に耐えられずアキナはリングの端の方まで吹っ飛ばされてバウンドしながら転がった。
「ツキ選手の強烈な連撃の前にアキナ選手ダウン! これは痛そうだ……! おっとカウントを取ります! ワン! ツー! スリー!」
フォー、の所でアキナは何とか起き上がり口元を拭う。
体のあちこちが痛む。
こんな痛みを感じるのはこの世界に来て初めてのことだ。
やはりレノアの言う通り今度の相手はレベルが違い過ぎる。
アキナは真っ赤に染まった自分の手を見やる。
震えている。
足もだ。
顔を上げると柄に手をかけたままのツキと目線が合う。
ゾッとするような冷たい眼差しだ。
アキナは身震いした。
もうヤダよ。
こんなヤツともう戦いたくない。
「怖いか? 当然だ。お前は〝戦い〟というものを知らない。技も無ければ心も無い。あるのは2人の仲間だけだ。だが十分だ。お前が負けてもまだあのちみっこい魔道士が残っている。だから安心してリングを下りるがいい」
その忠告にアキナは激しい悔しさを覚えギリッと歯噛みする。
同じような事をアキナはシェーラに言ったがシェーラはリングを下りずに最後まで戦った。
でも自分にはシェーラのような覚悟も打たれ強さも無い。
信じるものさえ無い。
じゃあ自分には一体何があるんだ?
凄い女神と友達だから自分も凄い?
そんなわけないじゃん。
このチームのリーダーは自分だから偉い?
ううん、みんな対等だよ。
勇者にも女神にも神官にもちゃんと役割があるんだ。
なら勇者って何なのさ?
勇者の条件って一体何なのさ?
誰か教えてよ。




