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第27話 相手の心に立ち入ってはいけない。これギャルの鉄則

「ではこれより決勝戦を行いたいと思います!」


 高らかとロッチがそう宣言すると会場は大歓声に包まれて賑やかさを取り戻す。


「まずはここまで一戦も落とすことなく破竹の勢いで頂点まであと一歩の所へと突き進んできた『世界を大いに救うための宮代アキナの団』! やはり予選突破第1号はダテじゃない! 本戦と同じく無敗で強者犇めく予選をたった1人で勝ち抜いたと聞いた時は耳を疑いましたが彼女達の戦いぶりを見ていればなる程それも納得! 私には見えます……リング上を駆け抜ける風が! 偏在する神秘的な幻影が! 包み込む未知なる霧が! 若くしてその手に輝く栄光を掴むのか? 多大なる拍手で彼女達をお迎え下さい!」


 そこへ豪快にマントをバサリと翻しながら大股で堂々と歩くメイドを筆頭に『世界を大いに救うための宮代アキナの団』が入場してくる。

 不思議なもので最初はただの可憐な少女だった3人は今や強者の貫禄を湛えていた。

 特に最後尾の神官は顔を覆っていた憂慮とも言うべきものが消えうせ、今は決心と自信に満ち溢れている。

 その要因となった〝霧の一戦〟は観客だけでなく参加者達にも強烈な印象を与え『天上天下唯我独尊を夜露死苦』を含む勝ち残っていたチームの殆どが棄権してしまった。


「そしてそんな彼女たちに挑戦する意思をみせた唯一のチーム……『雪月花』! 彼らもまたここまで土つかずの負け知らず! しかしその正体は未だ秘密のヴェールに隠されたまま! 分かっているのは全て場外ダウンで勝ってきたと言う事だけです! ある意味で幽霊的とも言える彼らに私は少なからず親近感を覚えてしまいます! さあ、彼らにも決勝の舞台に立つ誉れと祝福を!」


 反対側から姿を見せた『雪月花』にアキナは「あっ!」と驚嘆の声を漏らす。

 それは例の謎の人物だった。

 しかも3人。

 皆同じようにローブを纏いフードを目深に被っている。

 表情一つ伺えない亡霊のような彼らは『世界を大いに救うための宮代アキナの団』とは対照的に実に不気味であった。


「さあ両者が出揃いました! 果たして第四回ベイガス・トーナメントの覇者となるのはどちらのチームか? では早速最初の戦いの組み合わせを決めたいと思います!」


 ロッチがスクリーンのほうを示すや抽選が始まる。


「先鋒は……シェーラ・メテオラ選手VSユキ選手です! 両者リングへ!」


 リングへと登ったシェーラは長身のシェーラより尚上背のあるユキと対峙する。

 ユキはその身を包むローブに手をかけるとバッと脱ぎ去った。


「おーっと! 今大会初めてユキ選手がその姿を見せました! やはり決勝なので観客への配慮と言う事でしょうかー?」


 それはハラミ洞窟で見た獣人であった。

 しかし彼よりも体は更に大きく眼も鋭い。

 その人ならざる姿に観客は息を呑んだ。


「お前が只の人間で無い事は先程の戦いで見せて貰った。だから全力で行く」


 ユキはシェーラに向かってそう宣言する。

 もちろんユキが正体を現したのは観客の為などではなく勝つ為であった。


「では宜しいですね? 戦闘レディ……開始ゴー!」


 開始の合図を聞いたユキは大きく息を吸い込んだ。

 只でさえ岩のような巨体がビキビキと音を立てて引き締まっていく。


「行くぞ!」


 そう吠えるや否やユキは人間離れした脚力で思いっ切りリングを蹴ってシェーラの懐に一瞬で飛び込むと強烈な右ストレートを放つ。

 ガードする間もなかった。

 まともに食らったシェーラの体は弾丸のように障壁を突き破って一番外の壁に叩き付けられる。

 余りに速過ぎたので観客には一瞬何が起きたのか分からなかった。


「……な、何という事でしょう! ユキ選手の音速とも言える速攻をまともに受けたメテオラ選手、何と魔法の壁を突き抜けて場外手前まで吹っ飛ばされてしまいました! えーっと……普通であれば即死コース間違いなしですが……」


 壁に減り込んだシェーラはそのまま地面へグシャッと落ちた。

 しかしよろよろと立ち上がるとグキッとあらぬ方向へと曲がった首を元に戻す。

 そして何事も無かったようにまたリングへと通ずる階段を下りていく。

 一番安い外側の席で観戦していた観客達は間近で見るシェーラに恐怖の混じった視線を送っていた。


「……しぇ、シェーラ?」

「はい?」

「う、腕が……」


 リングの傍まで戻って来たシェーラにアキナがそう指摘すると「あら」とシェーラはあらぬ方向へ曲がった腕に気付いてボキベキッとムリヤリ真っ直ぐに戻すとリングへと上がっていく。


「……な、何とメテオラ選手リング上へと復帰しました! どう見てもクリティカルヒットに思えましたが……どうやらダメージは殆ど無さそうです! と、しまった! 場外ですので本来であればカウントを取らねばならなかったのですが、あまりの衝撃に忘れていました! ジャッジ、カウントは?」


 実況であるロッチは選手や観客に分かるようにカウントを取るのだが、もちろんジャッジもこのようなトラブルに備えてちゃんとカウントを取っている。

 ジャッジはセーフの仕草をした。


「大丈夫のようです! 不死身のメテオラ選手、再び力の化身とも言えるユキ選手と相対します!」


 ヒビの入ったメガネの向こうからこちらを無感動に見つめるシェーラにユキは身震いする。


「……バケモノめ」

「同感です」


 短いやり取りが終わるとユキが再び地を蹴った。

 シェーラが咄嗟に左腕を上げると同時に凄まじい衝撃が肩口にかけて迸る。

 今度はガードが間に合った。

 シェーラは下半身に力を込めてリング上に何とか留まる。


「人の眼では捉えられぬはず……!」


 ユキは思わず口走った。

 だがシェーラはそれに答えず詠唱を始める。

 誰の耳にも〝この世のものではない〟言葉であることは明らかだった。


「させるか!」


 ユキはすかさず防御された右腕を引きながら反対側の腕でストレートを放つ。

 だがそれを予測していたシェーラはやはりガードしてダメージを最小限に抑える。

 ユキが歯噛みすると同時に詠唱が完成した。


「〝お前は内なる闇の迷宮を彷徨うだろう〟」


 それは誰にも聞き取れない呪文だった。

 シェーラが発したものですらない。

 シェーラを通して紡がれた〝深遠からの声〟だった。


「おっとー! 猛攻を仕掛けていたユキ選手! しかしシェーラ選手の謎の呪文を聞いた途端に動かなくなってしまいました! これは一体どういうことなのかー?」


 先程まで溢れんばかりの闘気を纏っていたユキは時を止めたようにその場に立ち尽くしている。

 その眼はまるで魂を抜かれてしまったかのように虚ろだ。

 シェーラはそんな獣人の無骨な手を取るとリングの外へゆっくりと歩いていく。

 それは母親に手を引かれる物分かりの良い子供のようだった。


「彼はこれ以上戦えません」


 リングを下りて『雪月花』の2人の所までやってくるとシェーラは大人しく付き従うユキを引き渡した。


「……〝心〟に干渉したのか?」


 静かな声でハナが問うとシェーラは肯定を示す微笑を浮かべた。


「はい。ほんの少しだけ〝扉〟を開けてちょっとだけ〝奥〟の方まで導かせて頂きました。丁度ここまで連れてきたように。でもご安心ください。個人差はありますがその内にちゃんと戻ってきますので」


 それだけ言うとシェーラはまたリングの上へと上がる。

 当然ユキはリング外なのでロッチがカウントを刻み、やがて場外が宣告された。


「と言う訳で先鋒はメテオラ選手の勝利です!」


 勝ち名乗りの中戻ってきたシェーラは今のは映えていたかを尋ねようとアキナを見るが「シェーラはシェーラ……シェーラはシェーラ……シェーラはシェーラ……」と自分に言い聞かせるようにブツブツと地面に向かって呟いていたので放っておくことにした。


「これで『世界を大いに救う為の宮代アキナの団』が優勝に王手です! 対して『雪月花』はここで踏ん張れるのか? さあ中堅に参りましょう!」


 場内の視線が一斉にスクリーンに集まる。


「中堅はバランタイン・ヘロイン・パナップ・レノアハピネス選手VSハナ選手です!」


 高々とコールされ、レノアはリングへと上がる。

 同じく正面に立ったハナは纏っていたローブを脱ぎ去った。


「リーダーのミヤシロ選手を差し置いて『世界を大いに救う為の宮代アキナの団』

最強と名高いレノアハピネス選手! それに対するは何とまだあどけなさの残る少年です!」


 その通りハナはレノアとそう背丈の変わらない少年で、目元がややキツめだが中々の美形である。

 身に着けているものから察するに盗賊のようだ。


「それは中堅戦……戦闘レディ……開始ゴー!」


 静かな戦いの始まりだった。

 レノアは何時も通りカウンター狙いで悠然と構えており、ハナも腰のナイフを抜きつつ慎重に相手の出方を窺っている。

 普通なら観客が飽きてしまう絵ヅラだったが、只ならぬ緊張感に誰も文句を口にしなかった。


「これはまた予想外の展開です! 両者とも動くことなく虎視眈々と機を窺っております! 果たしてどちらが先に……」


 そこでハナが動いた。

 レノアとの間合いを一気に詰め、ナイフを突き出す。

 信じられないスピードだった。

 先ほどのユキ以上で普通の人間には到底不可能な身のこなしだ。

 だが相手もまた人間では無かった。

 レノアは例によってホタルの光のように明滅を繰り返し、ハナのナイフは尽く空を切るだけであった。


「ハナ選手の怒涛の攻撃! しかしレノアハピネス選手、それを難無く回避! そろそろ反撃に転じる頃でしょうかー?」


 それに応えるようにハナと距離を取ったレノアが素早く土に干渉する呪文を唱え、そっと腰を落として地面に触れる。

 次の瞬間、足元が崩れ落ちてハナを飲み込む……はずだった。

 だが大地はレノアの呼び掛けに応じる事無く沈黙したままである。


「おっとこれはどうした事かー!? ここまで相手を一撃必殺で葬ってきたレノアハピネス選手の魔法が不発! まさか魔力切れでしょうか?」


 無意味と分かりながらもレノアは地面から離した自身の手を見やる。

 もちろん魔力切れなどではない。

 レノアの有する〝神力〟は全宇宙のエネルギー総量の凡そ1/100000にもなり、例え世界を灰にする程の強力な魔法を何万発放とうが尽きる事は無い。


「運良く手に入ったレアアイテム……使う気は無かったが相手がアンタなら仕方ない」


 珍しく訝しげに眉を潜めるレノアに向かってハナが言った。

 見るとナイフを持つ手とは逆の手の指先が煌いている。

 目を凝らして見るとそれが細い糸のような物だと分かる。

 それはハナの五本の指からリングのあらゆる場所へと伸びていた。


「コイツはあらゆる〝力〟を無効化する『断絶するスナップ・ストリング』……さっきアンタと遊んでる時に張り巡らせて貰った。オレが解除するまでもうこのリング上では魔法だろうがマジックアイテムだろうが使う事は出来ない。尤もそれはオレも同じ事だが」


 それを聞いたレノアは今度は魔法ではなく『神のよる絶対権限バランタイン・オールマイティー』を発動する。

 しかし、やはり何も起きなかった。


「言ったろ? 〝あらゆる〟力を封じる……って。リングの上に居る限りアンタは無力だ」

「了解した」


 それだけ言うとレノアは自らリングを下りてしまった。

 ロッチがカウントダウンを開始するが、レノアはゆっくりとリングの方をまた振り返ると長い詠唱を口ずさむ。

 すると赤みを帯びた魔力がレノアを包み始めた。

 強力な呪文を唱える術者を護る結界である。


「『天の怒り(セレスティアル・フューリー)』」


 詠唱が完成すると空が突如輝き、そこから一筋の光が降り注いだ。

 そして光が地上リングに到達した瞬間、大爆発を引き起こした。

 その衝撃は凄まじく、まるで大地震のように地を震わせる。


「な……何という威力でしょうか……! これはまさに天の怒り……!」


 出現した巨大な閃光の柱を呆然と見上げながら場外に避難したロッチが言う。

 本来は宇宙空間より彗星を召喚して広範囲を薙ぎ払う呪文だが、垂直に落とす事で大気によるブレーキをかけて威力を抑え、またエネルギーを縦方向に収束させて破壊される範囲を最小限にしたのである。

 もちろんレノアだから出来る芸当である。


「これにはハナ選手も為す術無しでしょうか……?」


 巻き起こった土煙で覆われてしまっていてリング上の様子は窺えないが、レノアの圧倒的な呪文攻撃を目の当たりにした観客達は勝負あったと確信する。

 だが煙が晴れると観客席がどよめいた。

 あれだけの衝撃を受けながらリングとその上に立つハナはまったくの無傷だったからだ。


「だからムダだっつったろ? どんなに強力な爆発だろうが光線だろうが、このリングに到達した瞬間に打ち消され消滅する。どうしてもオレを倒したいなら素手でかかってきな」


 涼しい顔でそう挑発するハナに対し、レノアは無言で視線を送っている。

 そして諦めたように小さく肩を竦めるとリングに背を向けた。


「……テン! レノアハピネス選手の場外によりハナ選手の勝利です!」


 戻ってきたレノアをこの世の終わりみたいな顔のアキナが待っていた。


「レノアが……負けた……??」

「彼自身は大した使い手ではない。だがあの『断絶するスナップ・ストリング』は私と同等かそれ以上の存在によって生み出された物。時間をかければ破れるかもしれないが保証はないし、時間の無駄」


 そう説明するレノアの声は心なしかムスッとしているような気がした。


「じゃあアイツが言うように素手でやればよかったじゃん。レノアならそれでもまあまあ強いんしょ?」

「格闘は得意ではない。彼はおろか貴方にも勝てない」

「レノアって握力いくつ?」

「3」

「3!? じゃ、じゃあ50メートル走は? あ、消えんのはナシで」

「35.6秒」

「35.6秒!? 歩くより遅くね!?」


 目玉が飛び出さんばかりに驚くアキナにレノアはやはり小さく肩を竦めるのであった。

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