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第25話 大切な人を残して死んだりはしない。これギャルの鉄則

 少女は生と死の狭間を彷徨っていた。

 いや、もはや生きられる望みはないだろう。

 夥しい血の海の中で少女はかろうじて小刻みに息をしているだけだ。

 それはあまりに義務的でその身から遠ざかっていく生にしがみつこうと必死にもがいているが、もはや時間の問題だ。

 多くの死が人を捉えるように少女もまた強大な死の運命に掴まれ、暗く果てしない虚無の世界に沈もうとしていた。


 ……死を受け入れるのか?


 そんな声が聞こえた。

 少女は薄れゆく意識の中で頷く。


「命はいつか尽きるもの。長いか短いかの違い……わたくしは後者であっただけ」


 ……それも神の意思だと言うのか?


「神は生死に関与したりはなさいません。人が生まれ死にゆくことはただの過程に過ぎません」


 ……ならお前の生死と神は無関係と言うのだな?


「はい」


 ……では言おう。私は死にかけている。今のお前と同じように。人間の生死とは厳密には異なるがこの状況ではほぼ差異はない。そこで提案だ。私を〝受け入れ〟よ。そうすればお前は死を覆し、再び生きる事が叶う。私も不本意ながらもこの不完全な世界で生を繋ぐことができる。どうだ?


 少女はその声の言っている事が殆ど分からなかったが本能的に首を振った。


「死はわたくしを確かに捉えました。それを拒絶する理由はありません」


 ……そうか。それは残念だ。


 やがて見知った声が近づいてくるのが聞こえた。

 少女は僅かに意識を取り戻す。


「シェーラ! 俺が分かるか!?」


 兄のアベルが少女の前に膝をつくと大声で叫ぶ。

 だが少女には遠く離れた所から呼ばれているようにしか聞こえない。


「兄様……」

「シェーラ! もう大丈夫だ! 敵は全て倒した! さあ帰ろう! 暖炉が燃える暖かい家へ……!」


 少女は力なく微笑む。

 勿論できるなら帰りたかった。

 生まれ育った慎ましやかながらも温もりある我が家へ。

 しかし、それはもう叶わない事を少女は悟っていた。


「兄様……最後に会えて良かった……貴方の腕の中で死ねる……」

「何を言う! お前は死んだりはしない! もうすぐ大司教様がいらっしゃる……そうすればちゃんと元気になってまた一緒に家に帰れるんだ」


 そう言いながらアベルは少女をそっと抱き寄せる。

 その身から熱が急速に失われていくのを感じる。

 アベルは何とかそれを止めようと試みるがどうしようもない。

 己の手の中で生命の灯火が目の前で消えようとしている。


「兄様……ありがとう……わたくしを愛してくれて……」


 少女は力ない声で言う。

 アベルは少女を強く抱き締める。


「ダメだ……シェーラ……死ぬな……!」

「大丈夫よ……兄様……あたしはは神の身許へと行くだけなんだから」

「そんなこと知ったことか。俺は神など信じない。神が何と言おうが運命がどうだろうが俺はお前を死なせたりはしない。お前が死ぬのなら俺も死ぬ。そうだ。俺とお前はいつも一緒だ。別にこの世でなくてもいい。天国だろうが地獄だろうが俺とお前はずっと一緒だ。どこだろうと関係ない。俺もすぐに行く。だから安心しろ。俺はお前の兄だ。妹のお前を一人にさせたりはしない」

「ダメよ……兄様は生きて……だって貴方は立派な騎士様なんだから……もうすぐいなくなってしまうあたしより世界とそこに生きる人々を守って……」

「バカを言うな。お前のいない世界に一体何の意味がある? そんな世界を生きる位なら死んだほうがマシだ」


 その言葉に嘘偽りはまったくない。

 彼自身が言う通り兄には神も世界も騎士もない。

 あるのは妹である自分だけだ。

 ダメよ、兄様……それはダメ……

 少女は光を失いつつある意識の向こうに再びあの声を探す。


 ――お願い、もう一度応えて。


 ……死を受け入れるのか?


 ――いいえ。


 ……では私を受け入れるのか?


 ――はい。


 ……それはもう元のお前自身では無くなるということになるがそれでも構わないか?


 ――構いません。


 ……私は神というものを信仰しない。それでも構わないか?


 ――構いません。信仰は獲得するものであって強制されるものではありません。


 ……私は私とお前が同一の存在になる事でお前が抱え得るズレや歪みや欠陥を一切省みないが構わないか?


 ――構いません。


 ……よかろう。お前は私を受け入れる。私もお前を受け入れよう。


 闇の奥に沈みつつあった少女の意識がまた揺れ動き、抽象的な世界の中でまたハッキリと輪郭を取り戻し始める。

 彼方から聞こえていた声がすぐそこから語りかけてきた。


「これでもう私とお前は陰と陽のように一心同体だ。よろしく、シェーラ」

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