第24話 神は生と死を与えた人間から生と死を奪ったりはしない。これギャルの鉄則
続く第2回戦もアキナとレノアが難なく勝利し、チーム内には楽勝ムードが漂っていた。
アキナ達が選手専用の休憩所で籠に盛られたフルーツを食べていると、「あ」とシェーラが声を上げる。
「ん、どったの?」
「あの方です、例のゴーレムを倒したのは」
見ると全身をローブに包んだ謎の人物が腕を組んで壁に寄り掛かっている。
周りには仲間らしき姿は見えないが、ここに居ると言う事は勿論トーナメントに参加しているのだろう。
「ラッキー! やっぱ強者と強者は引かれ合うってね!!」
リンゴを丸齧りしながらアキナは謎の人物の方に近づいて行く。
「よっす、調子はどうよ?」
声を掛けられた謎の人物はアキナの方に顔を向ける。
だがフードを目深に被っているので何者なのかはやはり分からない。
「どう、勝ってる?」
謎の人物はしばらくアキナを見つめるようにフードの奥から視線を送っていたが、やがて頷いた。
「他の二人は?」
謎の人物はトイレの方を示す。
「ウチはアキナ。あそこにいるのが仲間のレノアとシェーラ。あ、リンゴ食べる?」
謎の人物は頭を振る。
「ホープタウンでバカでけーヤツ倒したのアンタっしょ?」
謎の人物は思い出す様に少し間を置いてから頷く。
「じゃあ、やっぱ相当強いんだ?」
謎の人物は僅かに頭を傾げてから頷く。
「実はウチら魔王を倒す旅してんだけど、良かったら一緒に来ない? 後一人位パーティーに欲しいなーって思っててさ」
謎の人物は長い間無反応のまま固まっていたが、やがて頭を振った。
「そっかー、残念。色々予定とかあるだろうしね。ま、気が変わったら何時でも言ってよ。ウチら決勝まで行く予定だから!」
アキナは自信満々にそう言い残すと、さっさとレノアとシェーラの元へ戻る。
熱心にブドウを食べていたシェーラが顔を上げる。
「どうでした?」
「何か忙しいみたい」
アキナは首を振りながら、新しいリンゴを齧る。
それから名前を聞くのを忘れてしまった事に気づいた。
アキナが再び振り向くと謎の人物は既に居なくなっていた。
「第2回戦全ての組み合わせが終了致しました! これより第3回戦に移りたいと思います!!」
アキナ達の出番は6番目だったが、前の戦いが同系の魔法を使う防御型の魔道士対決だったので大分長くなり、観戦していたアキナはすっかり飽きてレノアの髪型を変えて遊んでいた。
やがて戦いは完全に膠着し、ジャッジが千日手を宣言。
最終的にジャンケンで勝敗を決める事になり、見事〝デンタル・フォース〟が駒を進めた。
「いやー、クソだるい一戦でしたね。こう言っては何ですが、もうちょっと見てる方の事も考えて欲しいもんです。まあ勝ちたいのは分かりますがね。さ、観客の皆さん! 起きて下さい! 次はお待ちかね〝世界を大いに救う為の宮代明菜団〟の登場ですよ!!」
ロッチのその一言に静まり返っていた観客席がまた沸き立ち始める。
女性参加者はアキナ達以外にも結構居たが、少女三人組と言うのは流石に唯一無二だった。
大会を盛り上げるために主催側が適当に送り込んだアイドルチームの様なアキナ達が第3回戦に登場したので男共は大歓喜であった。
「ここまでアキナ選手の圧倒的な火力とレノア選手の神秘的とも言える華麗な魔法で勝ち進んできた〝世界を大いに救う為の宮代明菜団〟! 未だ出番の無いシェーラ選手の活躍もそろそろ見てみたい所ですが、まず両チームの先鋒に選ばれるのは……」
抽選を開始する巨大スクリーンに一斉に視線が集まる。
その結果に観客席から今日一番の歓声が上がった。
「先鋒はシェーラ・メテオラ選手VSチノ・ハーゲン選手です! 抽選マシーンがちゃんと空気を読みました! 一見して敬虔な神の信徒にしか見えないメテオラ選手の戦いぶりは如何に? しかし対するは元……いや、今尚金貨3000枚という莫大な懸賞金をその首に懸けられた悪名高き盗賊団の頭ハーゲン選手! 今大会の優勝候補の一角でもあるチーム『天上天下唯我独尊を夜露死苦』を率いるリーダーがいきなり登場! これもランダム要素の妙でしょうか?」
先にリングに上がって来たハーゲンは腰辺りまである青い髪が印象的だが、中性的な顔立ちのせいで男なのか女なのか判断がつかない。
服装もどちらとも取れる少々キザったらしい真っ白なスーツ姿だ。
だが、恐ろしく冷ややかな双眸に秘められた〝非情さ〟は間違いなく高額賞金首の物だった。
「悪名高き盗賊団? 何かノンスタイルの石田みたいな格好してるし弱そうだけど……ん? でもよく見ると髪がなんかキラキラしてるっぽい?」
「あれは精霊かそれに準ずる存在によって圧縮された高密度の魔力片。恐らくは何らかを使役する〝導き手〟。今までの誰よりも強い」
それを聞いたアキナは先鋒に指名されたシェーラを見やる。
「だってさ? 何かヤベーヤツみたいだから、やめとこ! 後の二人にウチとレノアが勝てばいいだけだしね」
気楽な口調でそう言うアキナに、しかしシェーラは真剣な表情で首を振る。
「いいえ、わたくしも戦います」
きっぱりとそう言うとシェーラはリングの方へと向かって行く。
アキナは初めて見るシェーラの強い意思表示にたじろぐが、シェーラの腕を掴んで慌てて止めようとする。
「……でも、今までと違ってタイマンなんだよ? シェーラだけで戦わないといけないんだよ? 精霊だかと契約してんだってよ? 絶対ヤバいって! ねえ、レノアも何か言ってよ!」
「小細工の通用する相手では無い。勝算はほぼゼロ。投了を勧める」
アキナと違ってハッキリと断言するレノアの言葉に、シェーラはやはり首を振る。
それから二人の方を振り向くとシェーラは毅然として言った。
「初めてアキナさん達と出会った時、わたくしはお約束しました……〝少しでもお役に立てるよう努力する〟と。少なくとも足を引っ張る様な事はしないと神に誓いました」
「でも全然足なんか引っ張ってないし、シェーラのおかげで随分と助かってるよ!」
「そう言って下さるとわたくしも救われます。でも、これはわたくし自身の問題なのです。アキナさんが降参の有無について聞いて下さったのはわたくしの為……そうですね?」
アキナは首を振りかけるが、嘘はつきたくなかったのでしぶしぶ頷く。
「そのお気遣いはとても嬉しい物です。ですが、同時に悲しくもあります。確かに仲間は助け合うものです。わたくしにはわたくしにしか出来ない事もあるかもしれません。アキナさんとレノアさんなら誰の手を借りなくとも魔王を倒してしまうかもしれません。わたくしは神の名の元にそれを後世に伝える役目に徹するべきかもしれません。でも……わたくしはそんな役目はイヤです。わたくしも共に戦い、共に魔王を倒したのだと兄や友人達に自慢したいのです。わたくしもアキナさんやレノアさんと同じ様に敵に立ち向かい、同じ様に血を流し、同じ様に勝利を共有したいのです。分かって下さい。アキナさん、レノアさん」
シェーラはゆっくりとアキナの手を離すと、決然とした様子でリングの方へまた歩き出す。
アキナには何も言えなかった。
シェーラの気持ちがよく理解できたからだ。
アキナは最初軽い気持ちでシェーラの事を誘った。
どうせレノアが居るのだから何とでもなると。
でもシェーラの方は違っていた。
シェーラはシェーラなりに覚悟を持って旅に加わったのだ。
何と言っても魔王を倒す旅だ。
それは結局戦い続ける旅であり、戦えなければ何の役にも立たない。
だから、シェーラは戦おうとしているのだ。
「ジャッジ、一つ確認しておきたい事がある」
シェーラが定位置につくとハーゲンが凛とした女の声でそう尋ねる。
ロッチに呼ばれたヘッドジャッジがリングの上へと上がってくる。
「行き過ぎた戦闘行為とは具体的にどの程度だ?」
「行き過ぎた戦闘行為とは回復困難な身体的損傷を与えたり、戦意を喪失した相手に不必要な攻撃を加える事などを指します」
「つまり回復が見込める程度なら問題無いんだな?」
「はい、一応は」
ハーゲンは頷くとロッチの方に視線を送る。
「では行きましょう! 戦闘……開始!!」
シェーラは錫杖を握り締めながら身構えるが、ハーゲンはまったく動く気配を見せない。
戦闘開始を宣言したロッチも戦いが始まらないのでやや困惑した様子で両者の顔を交互に見やる。
やがて対峙するシェーラに無感動な視線を送っていたハーゲンが口を開いた。
「あの魔道士の女の魔法……見た事も無い威力だ。それに無詠唱の瞬間移動など聞いた事もない。恐らく……人間ではないな。魔族だか精霊だか何者かは知らんが、到底勝てる気がしない。相手があいつだったらオレはリングを降りていた」
唐突にそんな分析を始めたハーゲンにシェーラは眉を潜める。
「それからメイドの女の剣……あれも相当なシロモノだ。オレも欲しい位だ。だが、女自身はごく普通のシロウトだな。剣なんて殆ど振った事は無くレベルも大した事はない。ただ、潜在能力とも言うべき……何か未知の物を感じ得る。巧く言えないが、あいつもこの世界の存在とは微妙にズレている気がする。魔道士の女とは別の意味で怖い部分がある。勝てるかどうかは戦略次第って所か」
ロッチは観客の為にハーゲンの言っている事を伝えるべきだったのだが、その有無を言わせぬ雰囲気に呑まれてしまっていた。
シェーラも黙って耳を傾けている。
「だがお前さんは……何故あいつらと一緒に居るのか理解に苦しむ程の何の変哲も無いただの人間だ。確かにレベルは中々のもんだ……90弱って所か。装備も一流品だ。とても似合ってる。でも、それだけだ。お前さんからは何も感じない。どこにでもいる、熱心に祈るだけが取り柄のごく平凡な神官だ。だからオレはあんたにリングを降りる事を勧める」
まさかの勧告に、しかしシェーラは一歩も動こうとはしない。
「お断りします。わたくしもアキナさんとレノアさんの仲間です。戦いもせずに白旗は揚げません」
「泣けるね。その勇気だけは褒めてやる」
それで話を打ち切るとハーゲンは聞いた事も無い言語で詠唱を始める。
するとリング外の場地面がボコッっと盛り上がり、不気味なバケモノが姿を現した。
地獄からの使者であるグールだった。
それが場内のあちこちから何体も現れ、呼び寄せられるようにリングの上へとよじ登ってくる。
「ご存知の通り、コイツらは人を喰らう。おい、グールに喰わせるのは行き過ぎた戦闘行為か?」
その問いにヘッドジャッジは慌てて頷く。
「だろうな。安心しな、オレが命じない限り喰らう事は無い。だが、それでも強いぞ」
合計8体ものグールがシェーラに襲い掛かる。
シェーラは錫杖を振り回しながら何体かを牽制し、カルトゥーシュの放つ淡い光で悪しき屍食鬼を後退させる。
その様子を見てハーゲンは眉を潜める。
「どうした、神官の娘。遊んでいないで、さっさと神聖魔法なりで浄化したらどうだ? まだまだ幾らでも呼んでやるぞ」
ハーゲンの言う通り、更に何体ものグールが地面から湧いて来て他の参加者達を驚かせる。
だがシェーラが一向に詠唱する気配を見せず、ひたすら逃げ回っている姿にハーゲンは合点がいった。
「ははん……なるほど、神官のくせに神聖魔法はおろか〝震える大気〟や〝発火〟などの初歩的な物すら使えんな? はっ、読み通り……いや、それ以下の取るに足らんザコだったか」
必死にリング上を駆け回るシェーラであったが、ついに1体のグールがその腕を掴んだ。
そして凄まじい腕力でそのままシェーラを場外へと放り投げ、見えない障壁へと叩き付けた。
「シェーラ!」
アキナが叫ぶ。
シェーラは口から血を流しながらも、ゆっくりと立ち上がる。
「おっとー、シェーラ選手場外です! カウントを取ります……ワン! ツー!」
カウントダウンを頭上から聞きながら、シェーラは何とかリング上へと戻って来る。
だが、すぐさまグールに取り囲まれ、一斉に攻撃が飛んで来る。
その内の一撃がシェーラの腕を捉え、バキバキと言う音と共にあらぬ方向へと曲がる。
「…………っ!!」
左腕を折られながらもシェーラは声を上げる事無く、歯を食いしばって耐える。
しかし、もはや多勢なグールの猛攻の前にどうする事もできず、次々と強烈な一撃がシェーラを嬲っていく。
「ハーゲン選手の呼び出したグールの大群を前にシェーラ選手なすすべがありません! これは勝負あったかー!?」
堪らずアキナが近くのジャッジに叫ぶ。
「タオルタオル! 降参降参! もう止めて!」
だがジャッジは首を振ってそれを拒否する。
「本人が投了を宣言するか、ヘッドジャッジが戦闘を止めない限りは戦いは続行されます。リング外から説得する事は認められますが、間接的ないし直接的に控え選手から何らかの介入があった時点でそのチームは失格となります」
「じゃあ失格でいいよ!」
アキナはジャッジの制止を振り切ってリングの方へと駆け出す。
他のジャッジが止めようとするが、ヒラリヒラリとそれを避けてリング上に上がろうと手をかけた。
「シェーラ! もういいよ!! 後はウチらが……」
だが、シェーラはダウンはしまいとふらふらと佇みながら、よろよろと手を突き出してアキナを制する。
信じられない程ボロボロになったシェーラの眼には、しかしまだ闘志が宿っていた。
それでもアキナは戦いを止めようとリングに足を掛けるが、追い付いたジャッジ達に首根っこを掴まれて引きずり落とされた。
「まったく泣かせるね。これがどこかの国の英雄譚だったなら思わず手を止めてしまうよ。だが現実はこのページでおしまいだ。めでたしめでたし」
指揮者の様に両手を振り上げたハーゲンの合図でグール達が身も凍る様な咆哮を上げながら跳躍する。
シェーラはすがる様に錫杖を握り締めるが降り注ぐ圧倒的な怪物の力の前ではもはや無意味だった。
今度こそシェーラは場外の果てまで弾き飛ばされてしまった。
「ハーゲン選手の容赦無い指揮がおぞましい屍喰鬼を駆り立て、反撃する気力も残っていないシェーラ選手に引導を渡しました! これはどう見ても再起不能でしょう……!!」
その通り糸の切れた人形の様に冷たい地面に倒れたシェーラの元にアキナとジャッジ達が駆け寄って行く。
観客達もさっきとは打って変わり静まり返っている。
とても楽しめる戦いではなかった。
それでも何人かが勝者を讃える為にポツリポツリとハーゲンの名が上げられる。
だが、その疎らな声を「おおぉ……!」と言う大勢の観客の低いうなり声の波が呑み込んだ。
「……シェ、シェーラ!?」
何とシェーラがまた立ち上がったのだ。
錫杖で体を支えながら「……まだやれます」と。
「もういいよ……これ以上やったら死んじゃうよ……」
だがアキナがその前に立ち塞がり、シェーラの体を抱き締める。
全身から流れる血の生暖かさが伝わってくる。
今度は誰も止めなかった。
ジャッジ達もこれ以上の戦闘続行を認めるつもりはなかった。
「……いいえ、大丈夫です。わたくしは死にません。まだ戦えます」
その差し迫る様な声にアキナは思わず歯軋りしながら怒鳴りそうになる。
だが真正面からシェーラの表情を見据えたアキナは凍り付く。
今まで見た事もない……ぞっとする様な目をしていた。
「……そのケガでは君をリングに上げる訳には行かない」
ヘッドジャッジがやって来て事実上の敗北宣言を告げるが、シェーラはまるで譲るつもりのない態度でアキナの手をそっと振り解くとリングの方へと歩き始める。
「大丈夫です。この通りちゃんと歩けます。前だってしっかり見えています。貴方がたの声も聞こえています。意識だってハッキリしています。わたくしはまだ戦えます」
ジャッジ達もその事実に息を呑む。
シェーラの体のあちこちから流れる出血量は尋常ではなく、普通であれば動くどころかとっくに意識を失っているレベルだった。
しかし、シェーラ自身が言う通りシェーラは何の問題も無く背筋を伸ばしてリングへと向かって行く。
アキナもジャッジ達もただ困惑していた。
畏怖の念すら覚えていた。
「……バカな」
そしてハーゲンもそれは同じだった。
再びリングの上に現れた年端も行かぬ少女の神官はどう見ても異常だった。
「……そんな体で動ける人間がいる筈が無い」
「それにはわたくしも賛同致します。この様な状態になってなお動く事が出来る人などおりません」
そう答えるシェーラの顔には一種の悲哀の様なものが浮かんでいる。
「あの時も同じ事を思いました。こんな傷を負ってなお生きている筈が無い……と。しかし、あの時のわたくしは確かに生きていましたし、今もこうしてわたくしの体は何一つ不自由無く機能しております」
シェーラの要領を得ない話にハーゲンもロッチもアキナも観客も言葉を失う。
あの時?
こんな傷?
生きている筈が無い?
「それでも心のどこかでずっと思っておりました。あの時わたくしは神の奇跡によって生き長らえ、今も神の御力によって立っているのだと。日頃の信仰に神がお応え下さったのだと。でも、そうではないとわたくしには分かっておりました。神は命を弄んだりなどなさりません。死ぬ運命にある者から死を奪ったりはなさいません。生きようとする者から生を奪わない様に。だから、わたくしは受け入れる事にします。目を逸らし続けてきた己が運命を」
何やら決心した様にシェーラは一つ頷く。
そして口元に手を添えるとロウソクの火を吹き消すようにふぅーっと白い息を吐き出す。
その煙の様な白い息はあっという間にリングを覆い尽くした。




