第23話 何事も始めが肝心。これギャルの鉄則
「観客の皆様、長らくお待たせしました! 只今よりベイガス・トーナメント第1回戦を開始します! 私はリングの上からという誰よりも近い場所から白熱の戦いをお送りします、実況のロッチです! こう見えて死霊という歴としたモンスターです……ああっ、石を投げないで下さい観客の皆さん! これからは多様性の時代ですよ! まあ霊なんで物理攻撃は無効ですけど。生身の体じゃとてもこんな至近距離から実況なんてムリですからね。でも参加者の皆さん、どうか私の存在も心に留め置いて下さいね? さて、無駄口はこれ位にして、早速行ってみましょう! カモン! 勇敢なる戦士達!!」
ロッチがそう言うのと同時に何発もの花火が上がり、記念すべき開幕戦を賑やかす。
観客もそれに呼応してより一層の歓声を上げる。
そんな中、リングの傍に姿を現したアキナは歓声に応える様に片っ端からウィンクを飛ばす。
レノアとシェーラは黙り込んだまま、その後に続く。
「まずは東側より登場しましたのは可愛らしい三人娘! 世界を救うと豪語する彼女達は一見して只の可憐な少女に見えますが、参加権利証のナンバーは何と1番! 誰よりも早くあの過酷な予選トーナメントを抜けた実力者です! さあ、果たして本戦ではどんな鮮やかな戦いで我々を魅了してくれるのか? チーム〝世界を大いに救う宮代暁菜の団〟!!」
初っ端から若い女の子が登場した事で観客席中の男達が大いに盛り上がる。
だが続いて入場して来た一団を見て、観客席は息を呑んだ。
「続きまして西側より登場しましたのは同じく女子トリオ! しかし、こちらは地獄よりやって来た極悪三人衆! その容赦無い戦いぶりは今度こそリングを制するのか? ご存知〝デトロイト・マッド・レディーズ〟!!」
紹介された三人の女達は皆派手な髪色に派手なメイクをしており、これまた派手な格闘着で男勝りの巨体を包んでいる。
彼女達は第2回からの大会常連で、去年は準決勝まで行った強豪である。
「これはまた初戦から華やかな組み合わせですね! ムサイ男ばかりだった第1回とは大違い! これは期待が持てます! それではリングに上がる最初の選手を決めて頂きましょう!!」
ロッチが魔力によって投影された巨大なスクリーンの方を示すと、両チームのメンバーの名前がランダムに移り変わり、やがて二人の名前が決定する。
「第1回戦の先鋒戦はアキナ選手VSジャガー・マリア選手です! 両者リング上へ!!」
行ってくるね、とアキナはレノアとシェーラに笑い掛けると重々しい石のリングへと上がる。
対峙するジャガー・マリアはアキナより二周りほども大きく、とても同じ女とは思えない。
「それでは参りましょう! 戦闘……開始!!」
その合図と共にアキナは軽快なステップで何歩か後ろに下がる。
対してジャガー・マリアはどっしりとその場に構えながら、不気味に微笑んでいる。
「何だい、いきなり後退なんてビビっちまったかい?」
「別にビビってねーし? どうやってハッ倒してやろうかなーって考え中なだけだし」
安い挑発に軽く応じながらアキナは言葉通り、敵を倒すためのプランを練る。
どれ程の実力か分からないが、準優勝もした事がある位なので油断はできない。
聖剣に手を掛けながらアキナは一度離れた間合いをジリジリと詰めて行く。
「なら、こっちから行くぜ、小鳥ちゃん?」
そう叫ぶとジャガー・マリアが仕掛ける。
大きく息を吸い込むと懐から取り出した何かを口に含んだ。
そして業火とも言うべき巨大な炎を吐き出した。
「ゲッ!」
そんな攻撃が来るとは思ってもいなかったアキナはまた後ろに下がりながら、襲い来る凄まじい炎を振り払う為に抜いた聖剣を一閃する。
その瞬間、強大な風のうねりが発現し、荒れ狂う龍の如き奔流が炎ごとジャガー・マリアの巨体を呑み込んでリングの外まで吹き飛ばした。
観客席を守る為に張り巡らされた魔力壁に叩き付けられたジャガー・マリアはそのまま地面へと落ちて倒れる。
「おーっと、これはスゴイ! ジャガー・マリア選手が繰り出した猛虎の如く爆炎をアキナ選手の放った龍が如く暴風が迎撃! 流石の虎も龍には勝てず、ジャガー・マリア選手ごと場外へと弾き出されてしまいました! っと、場外ですのでカウントを取らせて貰います……ワン!」
興奮した口調で実況をしながらも冷静にカウントダウンを始めるロッチに、しかしジャガー・マリアの様子を確かめに近寄って行ったジャッジが首を振った。
「何とジャガー・マリア選手、一撃でまさかの戦闘不能! よって勝者はアキナ選手だ!!」
おおおおおおおおおおおっと歓声が沸く。
どんな戦いであっても勝者を讃えるのがトーナメントの流儀である。
アキナは手を振って応えながらリングを降りる。
「いやー、この剣マジ半端ねえし……確かに今までとはすっぴんのウチと化粧しためるる位違うは……」
聖剣をまじまじと眺めながら、アキナは感心した様子で頷く。
エリーが言うには今使用した〝風〟の他にも〝炎〟〝氷〟〝雷〟〝土〟のモードがあるらしく、それぞれ属性に応じた追加効果があるとの事だった。
「迷ったら〝風〟にしとけ。風は水と共に原初より世界を支配してきた。草木を揺らし、種を運び、雲を散らし、地上に生命を育んできた全ての母だ」
エリーの言う通り、人口的な発火剤によって灯されたちんけな火など大地の支配者たる風の前ではロウソクの火を吹き消すが如きであった。
「それでは中堅戦です! 組み合わせは……レノア選手VSダンプ・サマンサ選手です!!」
リングの上で対峙する二人の体格差は先程のアキナとジャガー・マリア以上に絶望的である。
だが、お互いまったくの無表情のまま睨み合う。
レノアは特に浮かべるべき表情が無い為。
ダンプ・サマンサは今さっきリーダーであるジャガー・マリアが瞬殺されたのを目の当たりにしていたので、これは油断ならぬと気を引き締めている為。
「それでは準備は宜しいですね? 戦闘……開始!!」
開始と同時にダンプ・サマンサが跳躍する。
「その生白い華奢な腕に少女趣味なヒラヒラの羽衣……見た所武器も隠し持ってない。つまりアンタは魔道士! よって先手必勝で行かせて貰うよ!!」
ダンプ・サマンサは両手に装着したオリハルコン製のナックルダスターをぎらつかせながら、容赦無くレノアの側頭部を捉える。
だが次の瞬間レノアの姿が掻き消え、ダンプ・サマンサの体重を掛けた強烈な一撃は空しく空振りに終わる。
「おっとー! 開幕と同時に仕掛けたダンプ・サマンサの速攻の前に、しかしレノア選手は幻の様に消えてしまいました! 瞬間移動でしょうかー!?」
リングの床を砕いただけの拳を引き抜くダンプ・サマンサの遥か後方にレノアが再び現れる。
同時に清流のせせらぎの様に澄み切った声音の詠唱が場内に響き渡る。
「チッ……!!」
レノアの方を振り返りながら、ダンプ・サマンサが距離を詰めようと足を踏み出す。
だが手遅れだった。
「〝氷結30%(ディープ・フリーズ)〟」
レノアの絶対的な命令によってダンプ・サマンサの巨体は一瞬で凍り付いてしまった。
氷塊の中の当の本人は何が起きたのか分かってない表情である。
「今の時代、先手必勝より一撃必殺」
ジャッジがリングの上に上がろうとするが、ロッチがそれを制する。
誰が見ても戦闘の続行は不可能である。
「ダンプ・サマンサ選手の戦闘不能により、レノア選手の勝利と致します! よって第1回戦の勝者は〝世界を大いに救う宮代暁菜の団〟となります!!」
再び沸き起こる歓声の中、レノアは何の感慨も無い澄ました表情で戻って来る。
「うっし、まずは一勝! お疲れ、レノア! でも〝震える大気〟じゃない魔法使うなんて珍しいね?」
「前の戦いと被ると映えない」
「なるほど! ったく、ランダムルールは聞いてなかったけど何とかなりそうで一安心! レノアはまず負けないし、後はウチが勝てば良いだけだもん! だからシェーラは無理する必要ないかんね!」
そう言いながら微笑みかけてくるアキナにシェーラも無言で笑みを浮かべる。
だが、その笑みはどこか悲しげであった。




